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夜中になって辺りの街灯以外ほとんどの明かりが見えなくなった時間だというのに、結友は家の外を必死に駆け回っていた。当然、結友がこんな夜中に寝ることなど微塵も考えずに走り回っているのには理由があった。
優希との食事を始めて間もなく、優希の作った料理を口にしたあたりのことだった。急に眠気を感じたのと見た目は普通どころか店に出ていてもおかしくないように見える料理だったがおかしな味が混ざっていた。最初は気にしなかったのだがやはり違和感が抜けきらず、しかしせっかく作ってくれたものを粗末にする気にもなれず食べ続けようとしたのだが途中から眠気に耐え切れなくなり優希の前で作ってくれた料理を食べている最中だというのに眠ってしまったようだった。
そして気が付くと、結友は自室のベッドに寝かされていた。
「あれ?俺いつ寝たんだっけ...」
起きてしばらくは結友は頭が回らず自分が食事中に寝てしまったことに気付きもしなかったのだが、自分が寝ていたことに気付くと優希にまだ話を聞いていないことを思い出しておそらく自分がベッドで寝ていたのは優希がわざわざ移動させてくれたのかと思い、優希を探すために食事をしていたリビングへと向かった。
「優希?」
しかしそこに優希の姿は無く、布団を敷いていたはずの部屋にも優希の姿は無かった。
「優希が...いない......?」
結友は家中を探し回り優希が家の中にいないことを確認すると外のの明かりをつけて玄関から外へ出た。
外へ出たのだが、そこは結友の知っている見知った風景では無かった。玄関の敷石は剥げたり砕けたりしていて、家の壁もところどころが欠けていてとても結友がいつも通っている道とは思えなかった。
だが、こんなことが自然の現象で起きるはずは無いし、そんなことが起きていれば起きないはずはない。
「くそっ一体どこに行ったんだあいつ...」
こんな夜中にひとりで出歩かせるわけには行かない。結友は家の中から姿を消した優希に何かあったのではないかと車庫から高校に入ってからはあまり使わなくなった自転車を引っ張り出して優希を探しに夜中の街へと向かった。
街へと向かったのだが、当然優希を探すためのあてなどあるはずもない、話を聞いていればなにか分かったのかもしれないが話を聞く前に眠ってしまったせいで何も分かっていない。
それでも結友が向かったのは優希と出会った場所であるということ以外に理由はないのだが、理屈でない何かが優希がそこにいると言っている気がしていた。
「優希、どこにいるんだ...」
結友は何度目になるかわからない言葉を吐き出しながら、優希を見つけるためにひたすらに自転車を漕ぎ続ける。優希が行くあてなど分からない、それにおそらく優希はこのあたりの人間ではない。
優希が地元の人間であるなら近くに家があるはずだし、それは優希も否定している。それにこの辺の地理を知っているのなら、わざわざ道路で寝る意味はない。この辺りは基本的に店や住宅が並んでいるが遊具のある公園や、ホテルなどの宿泊施設もある。
そういった場所を探そうともせずに道端で寝ていた理由はわからないが、道端で好き好んで寝るような人間はいない...はずだ。少なくとも優希はそうだろう人の家にもかかわらず家に着くとすぐに風呂に入ってもいいかと聞き出すような人間だ。
そういうことも考えると優希が出て行ったのは風呂に入って食事を済ませたから用がなくなったからということも考えられなくはないが優希は何となくそんな嘘をつくような人ではない気がしていた。
優希が出て行ってからそんなに時間が経っていないのに見つからないのに少し焦りを感じ、周りに人がいない夜中であることもあって全力で自転車を漕いでいた結友の目の前に曲がり角から突然人が現れた。
「うわあぁぁ!!!」
急ブレーキをかけたのだが間に合わず、避けようとしてそのまま派手に転んでしまった。
思いっきり足を擦りむいたがそんなことを気にしている場合でもない。突然現れた人物の無事を確認しようとすると、目の前で驚いていたのは結友のよく知る人物、真夜だった。
「あれ、真夜姉何でこんなところに...あ、そんなことより怪我してない大丈夫?」
「うん、私は別に大丈夫だけど結友君の方が大丈夫?だいぶ派手に転んでたけど...」
「俺も大丈夫だけどなんで真夜姉がこんなところに?夜中に出歩いてるのなんて珍しいね。」
「うんちょっと急いで探さなきゃ人がいてね、結友君よりちょっと身長低いくらいの女の子なんだけど知らないかな?」
なんで真夜姉がその女の子を探しているのかは分からないが心当たりがないこともない。
他でもない結友も結友より少し身長の低いくらいの女の子、優希を探しているのだ、いつもなら素直に教えてしまうかもしれないが、今日の真夜姉の様子はどこか少しおかしい。
夜中に街を一人で歩き回っているのもあるが、それだけでなく放課後の様子もおかしいし学校での様子もどこか違和感があった。
「いや、知らないかな。」
「そっかぁ、こっちの方じゃないのかもね。」
「そうかもね、俺もちょっと人探ししててまだしばらく探してみるから真夜姉は家に帰ってなよ。」
「いやでも...んやっぱりお願いしようかな。」
「...うんいいよ見つかったら真夜姉のところに行くように言っとくから。」
「いや、どこにいるのか聞いておいてくれたらあとから行くから。じゃあお願いね。」
「うん。じゃあおやすみ。」
「おやすみー。ばいばい」
やはり真夜姉の様子はおかしい、いつもなら人を探すのは止めて引きずってでも結友を家まで連れていくだろう、と結友は必死に真夜を引き留めようと頭を回転させる。しかし、真夜がそんな結友の考えを知るわけもなく
家へと向かって歩いていく。
「ちょっと待てよ。」
やってしまった。いくら止めようとしたからといっても真夜姉相手にこんな言葉遣いをしてしまったのは初めてだどんな反応をされるか分かったものではない。
真夜姉が無言でこっちへと戻ってくる......かなり怖い。時に無言というのは怒鳴られるよりも恐ろしい恐怖を与えるのだということを結友は身をもって実感しながらこの状況をどう言い訳するかを必死に考えていた。
そんなことを考えている間に気付くと真夜姉が先ほど話していた程度の距離まで戻ってきていた。
「結友君が私と一緒に帰りたいならそれでもいいんだけどさ、さっきの言い方なに?」
なんだこの状況、ものすごく新鮮だけどものすごく怖い。
真夜姉がここまで起こるの俺初めて見たぞ、もしかして俺は何かほかにもやらかしてしまったんだろうか
「えーとさ、今日の真夜姉なんかいつもより変じゃない?」
とりあえず言い訳をしようと思ったのだがなにもよさそうな答えが思いつかなかったので思った通りのことを言ってしまった。
「どういうこと?」
やはり気のせいなのか、真夜がまるで心当たりがないふうに言うので結友は少しだけ安心して思った通りに言葉を続けた。
「いやだって今日なんか色々真夜姉変だったじゃん。なんかいつもと様子が違うっていうかまあそれだって何となくなんだけどさ。」
「そうかな?わたしは普段通りのつもりなんだけど。」
普段通りの...つもり...?
結友は真夜の言った言葉が少し気になった
といってもそれも気にするよううなことではないし今の状況が状況だけになにか意識し過ぎているだけのように感じたが、今日の様子の中で気になったことを聞いてみた。
「だって真夜姉今日下校中いきなりドッペルゲンガーの話とかしだすしさ、普段ならそんな現実味のない話しないじゃん。こんな夜中に出歩いてるのも珍しいし、なにかあったのかもって気になって...」
「あれそんな話したっけ?そういう話はしないようにしてるんだけど。」
やっぱり今日の真夜姉の様子は何かがおかしい、いつもならこんなことは言わないたまにおかしなことを話すことはあっても言ったことを忘れるような人間じゃないことは俺がよく分かっている。
結友はさっき自分の言った言葉の中に含まれた気になる一つの単語を思い出した。
「ドッペル...ゲンガー......?」
結友がその単語を発して真夜の表情が少し引きつった暗い夜道ではその表情がはっきりと見えるわけではないが、そんな暗闇の中でも表情が変化したことが分かる程度には真夜の表情が変わっていた。
「真夜ってば、ほんとにその話しちゃったんだね。結友君には気付かれる前に終わらせたかったのに...」
突然真夜の雰囲気が変わって結友は少し怯んだ。
「真夜姉、急にどうしたの?」
少しばかり場違いな質問なのは分かっている。
この時結友はすでに目の前の人が真夜、少なくとも結友の幼馴染で仲良くしてくれていた人物とは別人であることはわかっていた。
「うん。まあずっと隠してるのは無理あるし、今回の件が終わったら話そうと思ってたことだし別に良いんだけどね。
でも予定よりちょっと早すぎたかなまだ対象が見つかってもないし、結友君ちょっとここで会ったことは真夜には内緒にしといてくれないかな?」
「その対象が何かっていうのとお前のことについて説明してくれるなら考えてもいいかな。」
相手が真夜ではないと分かるだけでこんなに態度が変わるということに自分でも軽く驚きながら挑発的に言葉を返した。
「それは事後報告という意味かな?それとも現状を知ってから考えるという意味かな?
返答次第ではこのまま返すわけにはいかないんだけど、色々真夜から話聞いちゃってるみたいだし少なくとも事が済むまでは黙っておいてもらわないといけなくなるかな。」
さっきまで真夜だと思っていた人物が明らかな脅しをかけてきて結友は少し怯む。
「その前にお前は誰なんだ?真夜姉じゃないならなんで俺のことを知ってる?」
少し怯んだ結友は相手側のペースに引き込まれないよう少しばかりずらした質問を強気で返した
「そういうことは質問に答えてから聞くもんだよ、結友君?」
「でもお前がどういう立ち場にいるのかは把握しておかないとそれによって質問に対する答えも変えなきゃいけないお前が真夜姉として活動できるってことは少なくとも真夜姉の動向を把握しているか真夜姉の協力を得ているかのどちらかだろう。」
「ふん、何を言うかと思えばお前はすでに大凡の察しはついてるんだろう?」
結友としては割とまともなことを言ったつもりだったのだがあっさりと返されてしまった。
たしかに大体の予想はついてるけどそれでは真夜姉がこの話とどういう関係があるのか全く分からないじゃないか、などと結友が考えている間に話は進んでしまう。
「真夜のドッペルゲンガーってことで間違いではないよ、正確には違うが今回の件には関わりもないし事後報告でも構わないだろ」
「勝手に話を進めるな、大体俺が知りたいのは真夜姉の立場とお前の言う対象とやらについてだけだよ。
それだけ話せばお前に協力するか決めてやる。どっちになるかは話次第だけどな。」
結友は相手の正体が分からないため下手なことを口走るわけにもいかず適当に挑発するように言った。
「なんだか平行線じゃ話が進まないし仕方ないから少しだけ教えてあげるけどあたしはさっき言った通り信道真夜のドッペルゲンガーだよ。
あたしのことを話すとドッペルゲンガーっていうのがどういうものなのかっていうことから話さなくちゃいけなくなるんだけどそんなことより今は急いで探さなきゃいけないものがあるし省かせてもらうよ。
そしてあたしが探してる対象っていうのは優希っていう女の子だよ、知らないかな?」
真夜のドッペルゲンガーだというこの女の台詞に結友は動揺してしまった。
ドッペルゲンガーなどという単語を普通に使ったというのもあるが、それよりも予想はしていたとはいえ優希という名前が相手の口から出たことに動揺してしまっていた。
「ちょっと待って、お前が探している子の名前は優希っていうのか?」
「やっぱり知ってるんだね、さっきは嘘ついてたんだ。でもそれは許してあげるよあたしはお姉ちゃんだからね。」
目の前の人物の表情から笑顔がこぼれるあまり見ていて気持ちの良くなるようなものではない不吉な笑みだった。
「あ、そういえばあたしの名前がまだだったね、あたしは小夜だよ。短い間だとは思うけどよろしくお願いするよ。」
いや、最早名前などどうでもいい。この小夜と名乗った少女の口から優希の名前が出た事の方がこの場合は大事だ。
この後どうするべきか結友は考える、優希が追われている理由がそもそも分からない。
ただ、優希が結友の前から姿を消したことの理由は現状から大体予想できた
おそらく優希は自分がこの小夜という少女に追われていることに気付いていたか、もしくは最初から知っていたのだろうそれで自分から他人に助けを求めて迷惑をかけることを恐れて誰にも話すことができず寝る場所などを選ぶこともできずに路上で寝ていたのだろう。
しかし、迷惑をかけないためというなら俺の誘いを断らなかったことに説明がつかないけど、大体こんなところだろう。
そんなことを結友は考えていたが目の前には小夜という優希を探すことに対して協力を求めている少女がいる。
この少女の目的が分からない以上優希を探すことに協力していいものなのか、結友は判断を迷っていた。
「協力するべきか迷ってる?」
「なに?」
「悪いけど結友君に拒否することはできないと思うな、だって真夜がこっち側に協力してるからね、こうなると結友君は断れないよね?」
「!?」
小夜の口から衝撃な事実が告げられる。
真夜がそんな女の子を探したり自分のふりをさせてまで夜中に探し回ることを許すということは相当な理由があるのだろうこれでは小夜の言う通り少なくとも今のところは小夜と真夜の側につくしかない。
「でも真夜姉には今日会ったことは内緒にしたいんだろ?協力することは難しくないか?」
無い知恵を絞ってさっきの小夜の口から出てきた言葉でせめてもの抵抗を試みる。
「もう仕方ないでしょ、関わっちゃったことには変わりないしこっち側についてくれるのならばれても問題ないでしょ。」
「そうか...」
考えて出したせめてもの抵抗をあっさりと受け流される。
「でも探してる理由は話せないんだろう?俺も優希は探してるんだ、お前らが優希を探す理由を話さないなら俺も話すことはできないがそれでかつ優希を見つけるまでなら協力してやる。」
「うん、まあとりあえずはそれでいいよ。とりあえずは真夜のところに行こうか、協力関係のこともだけどドッペルゲンガーについての説明も必要でしょ?」
「あぁ、そうだな。」
『ドッペルゲンガー』
非日常的なこの言葉が普通に使われている出会ったばかりの少女、小夜とのさっきまでのやりとりに多大な違和感を感じながら、結友は小夜とともに真夜の家へと向かった。