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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第九章
98/127

更新に間が空きましたが、前章からの続きです。


後半はリョク視点でない番外的会話文(しかも少々下品)なので読み流していただいて構いません


 強風が刹那、吹き荒れた。

 生き物の鬣や髪を靡かせ体表を毛羽立たせたそれは、瞬く間に空気を撹乱させる。忌まわしき臭気、その発生たる血だまりや吐瀉物を黒床から掃うようにして吹き飛ばす。伏していた妖精の男、その体表から見る見るうちに打撲傷が消えていった。薄まる血臭、消えていく怨嗟の念。尤も、男が完全に意識を失ったゆえの気休めだったのかもしれぬが。

 冷徹な憤怒と無慈悲な殺意、そして胸の痛くなるような苦怨が幻のようにかき消えたのち、正常な風がその場に戻ってくる。先ほどの強風でない、穏やかな風が。

 またも指先ひとつ触れず複雑な治癒を完了させてしまった「彼」は、空に向けていた顔をゆっくりと下げた。銀がかった長めの金髪は、毛先を風に嬲らせその表情を隠す。ややあって上げられた視線は、無言のまま我輩らを見つめた。正しくは、すぐ傍らの青年を。

 風使いどのは、もはや先ほどまでの風使いどのでなかった。騎者どのを見つめる青紫の瞳は、瞬きを忘れたように像を表面に映し、光っている。笑顔はそこに無く表情も無く、されども満ち溢れたものに呼吸は乱れていた。これがまたも策というなら、我輩は以後妖精という妖精を信じられなくなる。それほどまでに、彼は静かな動揺と混乱を露わにしていた。

 彼は見つめる。特徴的な長剣を携え、特殊な獣を従え、凛とした面持ちで佇む青年を。……黒の髪と澄んだ緑眼でおのれを見つめ返すその人間。

 薄い口唇が、震える。風の声は、口内で小さく零された。

「……賤しい身に、なんて、不相応な、……」

 先ほどの猟奇的な妖精と似た物言い。だが自然と、彼が侮辱を口にしているわけではないと悟る。主語が無いそれを、問い返しも出来なかった。

 微かにわななく、風の音。

「……なんて、なんて、尊い、ものを……ッ」

 至近距離に居る騎者どのにも、彼が何かを言っているのは聴こえただろう。しかし、問い返すことはやはり憚られるようだった。黒髪の後ろ姿より伝わる気配は唯、戸惑いの念。

 それはそうだろう。


 風のさなかに在って尚、乾きを知らない泉がその双眸から湧き出て、静かに流れ落ちていたからだ。




 停滞の時間は長く続かない。ややあって彼を我に還らせたのは、騎者どのが刃を鞘に納めたその音でだった。

しゃらん、かちん、という涼しげな鍔鳴り。

「さて、と」

 剣を腰に佩き直した騎者どのは、くるりと踵を返してこちらを向いた。風使いどのに、背を向けた。

「――、」

「じゃあリョク、取り敢えず戻るぞ」

 何事も無かったかのような風情で声をあげる騎者どのは、黒床を歩いて我輩に近寄る。風使いどのから、離れていく。

「発信機を取り付けてからだいぶ経ってる。そろそろ『網』連中も包囲完了したところだろうよ。警護部もこれから到着する。あの気絶した妖精と武器霊具が何よりの物証にならあ。となると、俺ら部外者が長く居座ってもしゃーない」

 すたすたと足取り乱れなく我輩の眼前に来た騎者どのは、いつものように帯剣を脇に除け、いつものように我輩の角に手をかけた。その瞳に風使いどのを映そうとせず。

「騎者どの、」

「リョク。帰っぞ」

 我輩の声を遮るように、騎者どのは蹄毛に足を載せる。ぐっと握られる角、そしてそのまま重心をあずけ背に跨ろうとし――


ぶんっ、どさっ


 振り払われて、尻餅をついた。


「へ」

 ぽかんとした表情で、黒髪の青年は目を見開いた。咄嗟に受身を取りつつ帯剣を持ち上げていたので家宝に被害は無い、しかし予期せぬ事態に把握が追いつかぬ様子で目を見開いている。

「――ッ、な、」

 黒髪の青年は一瞬呆けたように地べたに座ったのち、はっと気付き、眉を歪めてこちらを見上げた。

「何しやがった」

「見ての通りだ」

 騎乗を、拒否した。その意が伝わると同時に、澄んだ緑眼にかっと怒りが駆け抜ける。彼はすぐさま立ち上がり、土埃の付いた衣を掃わぬまま我輩に詰め寄った。

「お前ッ」

 騎獣術を心得る彼は、ことの重大さを解っている。角に手を掛けながらこうして地面に振り落とされる無様は、彼にとってあってはならない事象だ。背に跨ることすら騎獣に拒否されるなど、騎者にとって屈辱に他ならない。

「リョクお前、誰が騎者だとッ」

「わかっているのだろう」

「な、……」

 ただ、彼の憤怒は底が浅い。自分がなぜ振り払われたのか、うっすらと自覚があるためだ。そしてこの実直な人間は、幾年齢を重ねようと自身の真実に嘘がつけない。

 肉親を喪って久しい彼は、ここ暫く味わうことの無かったものに突如遭遇し、動揺しているのだ。記憶に残るものと同じかおが感情を隠そうともせず泣いていることに、平常心を保てていない。そして心優しくも臆病な彼は、今になって慄いている。自分が受け取った以上に、相手が受け取ったであろう衝撃を感じて。

 しかし先ほどまで刃を突きつけ滑らかに弁舌していたというに、いざとなって怖気づくとは。面と向かって話すのが怖くて無視をするなど、幼稚極まりないではないか。ふて腐れている今の彼は、ただのこどもだ。

(我が騎者ダチはまったく、世話の焼けるおとこだ)

 先ほどの隙の無い剣士の相とは正反対の表情でこちらを睨む彼に、我輩は呼びかける。

「――アルどの」

 「騎者どの」でなく、敢えて、彼の固有名で。

「我輩は、今のアルどのを背に乗せる気は無い」

「……ッ」

 ぎり、と奥歯を噛み締める音。呆れ以上に、彼の未熟さを微笑ましく感じる。それは、彼の背後にて途方に暮れたよう佇む彼の血縁も、同じたぐいの表情をしているからだろう。まったく違う貌をしているのに、どこまでも近い相似性。

 覚えがある空気だった。時にいびつに歪みながらも切れず、時に捻くれねじれつつも絶えず。我輩よりも格段に永き時を生きてきたはずの二人は今、世間知らずな幼生が如く未熟な覚悟のまま、不安で堪らない面持ちでいる。そしてそれゆえ、誰よりも近い。

 だからこそ、さだめは彼らを出逢わせた。

 細くも長い、妙なる絆が在ったからこそ。

(彼らはそれを、わかっているのだろうか)

 きっと、わかっているようでわかっていないのだろう。だからこそ、今優先すべきは他にある。

「アルどの。為すべきが、まだあるだろう」

「……」

 その背に突き刺さる視線を。物言わず、訴えかける念を。流れ落ちる、そのなみだを。拒否するにせよ、受け入れるにせよ、彼はなんらかの形で反応しなければならない。無視などもってのほかである。

「アルどの」

「……」

 何も返さず、軽く俯く若者。我輩はそこで初めて、歩を進めた。角で、彼の肩を軽く押しやる。

「っ」

 さほど力は込めていないが、青年はよろけたように後ろにたたらを踏んだ。それでも彼はまだ、背後を振り返ろうとしない。まるで振り向いたら世界の終わりかのように、頑なにそちらを見ようとしない。

 まだ、迷っているのか。それとも、今更になって、

「こわくなったのか」

「こわくねーよ!」

 弾かれたように顔を上げる彼に、ふっと笑ってやった。表情筋など無いが、雰囲気として。

「ふむ。ならば我輩がいなくて平気だな」

「たりめーだろ! …って、え」

 緑眼が唖然とする。

「かの組織の者がここまで到達するに、まだ時間はあろう。それまでにアルどのなら身を隠す手段を講じること、造作も無かろう。あとは任せた」

「まあそうだけど……って、はい?」

 象牙色の滑らかな頬が、嫌な予感を感じ取り見る見る青くなっていく。

「ことをなし得た今、移動手段を我輩に頼らずとも良い。人間が使用する公共『ばす』とやらがこの近くにあるのだろう? それで伴侶どのの住居まで戻ってくるがいい。『かね』は最低限持ち合わせているだろう」

「まあ小銭くらいは……って、ちょい待て。なにお前が俺のアシ勝手に決めてんだよ、俺は、」

「暇があるなら、中途で伴侶どのの『だいがく』に寄ればいい。きっと彼女も喜ぶであろう」

「お、おう、逢いたいのはモチロン帰ったら即効でモノにするけど……ってだから待てよコラ、」

「ではな」

「おい待て待ちやがれリョク、お前それでも騎獣か、あの、いや、どうか一緒に帰っていただけませんかリョク先輩、」

 途中から焦燥混じりの懇願に替わった言葉を耳に入れない風情で、我輩は蹄を進める。かぽかぽと到達したのは、金髪を風にそよがせ佇む妖精の男の前。

「風使いどの。――否、ティリオどの」

 彼にも、呼びかける。悄愕とした瞳がこちらを映し瞬いた。尖った耳朶の先が、ひくりと動く。

「そういうわけで、我輩は先にこの場を離れる。慌しくはあったが、ひとときに意義はあった。礼を言う」

「……いえ」

「アルどのを宜しく頼む」

「……いえ、自分は、……」

 何かを言いかけ、言葉に詰まるように口唇を噛んでいる。反応は薄いながら、感じるものすべてを受け入れようとする彼に、我輩は微笑んだ。


「貴殿の泪から察するに。どうやら永らく、待たせたようだからな」


 青紫色の双眸が、また一つ瞬かれる。ほろり、また新たな筋を作った頬は、そこで初めて笑みらしき形となった。当初のそれと比べると、だいぶぎこちなかったが。

 続く風の声も。

「……はいっ」

 まるで、初めて生き物の体温に触れた幼子のように、あどけなく、響いた。

 彼の表情に益々の安堵を覚え、我輩は一つ頷いて蹄を鳴らす。西北より正常に吹き降ろす風は、進行方向を妨げなければどこまでも味方をしてくれる。我が脚と角に集い始めた風の霊気、見る間にその場に満ちていく「生」の気配。

 角が燐光する。深緑の鬣が艶を放って大気に靡く。ああ、なんと快いことか。ここは芳しき風が吹いている。

「ではな」

「……また後ほどお逢いしましょう、緑の偉大なイヴァ。……挨拶も、その際に改めて」

「うむ」

「おいコラ俺は納得してねえよ待ちやがれ、ナチュラルに無視すんな、俺を置いてくな、」

「騎獣の友が未来に、この先も芳しき風が吹くよう願っている」

「……本当に、ありがとう、ございます」

「おいリョク、」

「うむ。騎者どの、西北の土産を楽しみにしているぞ」

「お前騎者の話ちったぁ聞けよ!!」

 このクソ騎獣がぁあああ、と遠く絶叫が聴こえる。彼の声が鼓膜に届いたとき、既に我輩はひとけりの軌跡の中に在った。背に騎者がおらずともこれほどまでに脚が軽いのは、一体幾年ぶりであろうか。

 ここ数日の出来事に、改めて感謝したくなる。

(なんともめでたき循環よ)

 我が騎者がつがいを見つけ、そして血縁者とも再会出来た。なんと素晴らしき巡りあわせ。なんと得難い幸の連鎖であろうか。

 そして。


(我輩ももうすぐ、手に入れる)


 霞む淡い緑に、いとしき残影を重ね、鼓動が高鳴る。騒動がひと段落したのち、我が胸中に浮かんだのは一体だけだった。

「ワカバ、」

 名を口にし、尚も高鳴るもの。

「ワカバ……!」

 浮かぶすがたに、甘美な期待に、身を焦がされる。今一瞬もこの時間を、距離を縮めたい。あと数分で辿り着くというに、急かすものが後から後から押し寄せ我輩を追い立てる。

 伝えたい。

 この芳しき心地を、今しがた見聞きしたすべてを知らせてやりたい。

 与えたい。

 この風を、ひとときを、共に分かち合いたい。

 触れたい。

 この想いを、ひたすらに滾るばかりのものを、受け入れて欲しい。

 欲しい。

 きみが、ひたすらに、恋しい。


(待っていろ。――我が、つがいよ)


 その時の我輩は、そのことしか考えられなかった。それだけで充分であることを、わかってもいた。

 騎者と騎獣、共に幸福を勝ち取ろう。



「……」

「……」


 深緑の麒麟が去り、どの程度沈黙を挟んだろうか。


「……あの、」

「……んだよ」

「国の警護部に見つからないうちに身を隠すおつもりなら、そろそろ取り掛かったほうがいいかと。あと数十分ほどで、第一手が近くに現れます」

「……わかんのかよ」

「はい」

「……あっそ」

「……」


 しばしの後、夏の陽炎の上、てくてくと歩く二つの影。


「……」

「……」

「……あのさあ、」

「……はい」

「……なんでついてくるんだよ」

「たまたま、進路方向が同じなだけです。自分も公共バスで移動する予定なので」

「……あっそ」

「……」


 長い沈黙の後、二つの影は小さな日陰にたどり着く。


「……」

「……」

「……あんたさあ、」

「……はい」

「バス乗る金持ってんの?」

「恐らくは」

「おそらくって」

「金入れを持っていないのでよく紛失するのです。先ほど大立ち回りをした際、気を配っていなかったのでまたやらかしたかもしれません」

「マジか」

「マジです。……あ、やっぱり無い」

「~~ぁにやってんだよ」

「お恥ずかしい」

「おはずかしいって……、ッしゃーねーな、ホラ!」

「ありがとうございます」

「どーいたしましてーってなんで俺が無一文野郎に金貸さねえといけねえんだよってかなんでアンタ当然のように受け取ってんだよちったぁ遠慮しろよ遠慮」

「恐縮です」

「一 言 で 済 ま す な」


 慌しいサイレンの音が、近くを駆け抜ける。それを横目で眺めつつ、片一方の男は懐から小さな箱を取り出した。


「煙草ですか」

「吸う?」

「いえ」

「あっそ。欲しいってもやらねえけどな」

「……」


 しゅぼっと点火の音。爽やかな風が、白煙を押し流していく。


「あークソ暑ィ。こんな炎天下の中、歩かせやがってあのクソ騎獣」

「暑いですか? 風の霊気で一応、体感温度を低くさせていただいていますが、もう少し強くしたほうがいいですか」

「うるせえまた勝手しやがって俺はそういうの嫌いだって言っただろクソイケメン殴るぞ」

「……」


 涼風が心なしか、弱まった。


「……あーホントによ。俺の周囲のイケメ……顔が無駄にいい野郎ってのは、ホントわかってねえ。人がせっかく色々気遣ってやってるってのに、最終的にはぜーんぶ無かったことになる。顔が良ければ正義かよ。チート能力持ってれば勝者かよ。平凡なフツメンのセンサイな気持ちなんかお構い無しか。本当親切ダナー」

「……」

「どいつもこいつも、こっちの把握の外で勝手した挙句、したり顔で『感謝しろよ』とか抜かしやがって。性悪しかいねえのか、精霊族ってのは」

「あの、こちらとしても勝手にやっていることですので、特にお礼を強要はしておりませんが」

「うっせえ黙ってろクソイケメン殴るぞ」

「……」


 ぷはあ、と吐かれる煙。


「あの甘党麒麟野郎、タバコの煙にむせるようなおこちゃまなんだぜ? だからなるたけあいつの前で吸わないようにしてやってんのによ、普段から感謝のかの字も出てこねえ。腹立ったから今度からスッパスッパ吸ってやる。甘いもん食ってる横で副流煙垂れ流してやる。分煙のありがたみを思い知りやがれおこちゃま麒麟」

「……」

「じいさんもじいさんだ。家ん中じゃ一歩間違えば死ぬようなスパルタ教育して、家ん外じゃ死ぬ方がマシレベルのいじめ放置しやがって。トンデモ武器勝手に押し付けて、トンデモな家継がせやがって。挙句、結構な爆弾落としてから『死に逃げ』だもんな。天晴れだよ。天晴れなクソじじい様だよ。俺の人生、じいさんのせいで滅茶苦茶だ。ホント、いい迷惑」

「……あの、」

「クソイケメンは黙ってろ殴るぞ」

「……」


「――あの甘党麒麟もクソじじいも激ムカつくけど。けどもっとイラつく野郎は。いっちばん腹立つクソイケメンは、」


 吸殻を押し潰す指。


「やっぱり俺のタネ野郎だな」

「タネ、……」

「種族の意識相違? 異種の根本的問題?? そんなん知るか。そいつのやったことはただのキモい近親相姦だよ。しかも相手の気持ちお構いなし、母親の信頼踏み躙っててめえの慾通しやがって。戦地で死ぬ思いしてた父親の信用裏切って好き勝手しやがって。挙句、勝手に家おん出たとな。何も知らない母親がどれだけ哀しんだのか、すべてを呑み込んだ父親がどんだけ苦しんだのか、わかってねえんだろうなそのクソ息子は。そんな奴だから、今の今まで、自分だけが不幸と思ってたんだろうな。一番苦しいのは自分だとでも勘違いしてたんだろうな」

「――」

「だから」


 風は短い黒髪をそよがせる。長身は、立ち上がった。


「だから、俺はあんたを父親だとは思わない。『父さん』なんざ死んでも呼ばない。俺にとっての『親』は、死んだ母さんとじいさんだけだ」

「――」

「だから――だから、」


 澄んだ緑眼は、いつしか泉となっていた。目の前の青紫の瞳と同じように。


「だからッ。……俺は、あんたのこと、『ティーさん』って呼ぶ、から。ぐすっ」

「……ティーさん」

「だって、ティリオってのは、呼びにくい、し。わ、悪ィかこんちくしょう。い、嫌だっても、よ、呼ぶからな。ひっく」

「……いえ、いや、ではない、です」


 笑顔が、浮かんだ。両方の顔に。


「では、自分はあなたのことを『リラ』と呼んだほうがいいですか。呼びやすいので」

「……っ、うげぇえっそれカンベン、まじ、カンベン」

「冗談です。こんな可愛らしい呼び名、男には似合いませんしあなたはリラと似ても似つかないですからね」

「うるっせえな俺が女っぽかったらキモいだろ! それとも何、あんたそういう趣味でもあんの? うえ、どうでもいいけどノンケ巻き込むなよっ」

「ご冗談を。自分もそういう嗜好は持ち合わせていませんよ。――アルセイド」


 途方に暮れた子供たちは、泣きながら笑い合った。


「……どうしてでしょうか」

「ん?」

「……先ほどから、感情の制御がつきません。情けないですね。涙が止まらないのです」

「……」

「かなしいわけでないのに、どうしてだか……」

「なんだティーさん。知らないのか」

「え?」

「涙ってのは嬉しいときにも出るんだって教わらなかったのか」

「――」

「ハハハッ痛ぇなーおい。じいさんもそうだったけど、エルフってのは肝心なとこが抜けてるね。人間ならガキでも知ってる当たり前のこと知らねえの、痛くて超笑える」

「――何やら馬鹿にされた気分ですが」

「あったりまえだろ。全力でバカにしてんだから」

「要領の悪い不出来な人間に言われると、余計応えますね……」

「なッ、てめ、じいさんと同じこと言いやがってこのクソイケメン……やっぱ殴る、殴らせろ!」

「お断りします。自分より滂沱となっている情けない風体の男には、ことさら殴られたくありません」

「くっそぉおイケメンやっぱ撲滅されろぉおおおおお」







 ティー。


 今はわたししか呼ばないこの呼び名。あなたは他の人がそう呼ぼうとすると、いやがるわね。


 ティー。


 でも、いつか。いつか、そう呼ばれても構わないという存在があなたに新しく出来たとしたら。そういうひとが、あなたを「呼んで」くれたら。


 ティー。わたしの、大事な、大樹ティー



 未来はきっと、その場に芽吹く。




「――アルセイド。ひとつだけ訂正させてください」

「なに」

「自分は生まれてから今まで、一度も不幸を感じたことはありません。家を出た直後すら、ずっと幸福でした」

「やせ我慢かよ」

「いいえ」

「嘘こけ」

「嘘ではありません。だって、


 自分はリラの息子です。そして、オレアードの末子でもあります。


彼女に生み出し育んでもらったこの命、この身体。彼に鍛えてもらった技と、受け継いだ志。なんら卑下する点は見当たりません。……あなたも、そうでしょう」

「……ティーさんよ」

「はい」

「あんた、キモい近親相姦野郎だけど、本物なんだな。ホントに、母さんのこと好きだったんだな」

「『好きだった』ではなく、『好き』なのです」

「……あっそ」

「あと、キモいは余計です。これでも一応あなたのタネですよ」

「タネとか自分で言うな。……タネだけど」


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