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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第八章
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「騎者どの、騎者どの」

「……ん」

「騎者どの。そろそろ起きよ」


 当初の予定通り、我輩は朝陽が山間から顔を出し始めるなりすぐ騎者どのを起こしにかかった。

「んー、あとごふん」

「夜明けを過ぎたぞ」

「まじか」

 かっと瞼を開けた騎者どのは、我輩の胴に預けていた上半身を起き上がらせる。しかし未だ眠気が晴れないようであり、緑の双眸は半眼に近く表情にいつもの覇気が無い。どこか不機嫌そうでもある。

「もーそんなじかんかよ。くそねみい……」

 声にも覇気が足りない。朝靄が立ち込める中、瞼を擦りつつ上掛けを捲る青年。よろよろと腰を上げ、長身は立ち上がる。しかし常ならばしゃんと立つ二本の脚がふらついていた。

「休息が充分でないのなら、今しばし待つが」

「んー? あー、きにすんな。おれ、ていけつあつなだけだから」

 欠伸をしながら一瞬立ち眩んだらしく、またしゃがみこむ。ぱさり、と地面に落ちる上掛け。

「騎者どの、大丈夫か」

「ぅんー。ちがたりてねえだけ」

 我が騎者どのは特殊な体質こそ持っているが根幹は霊力を持たない人間であり、それゆえの脆弱さも併せ持っている。血の巡りがあまり良いとはいえず、寝起きに力が入らないことが多い。総じて朝が苦手なのは、昔から変わらない体質なのだそうだ。なんでも母親譲りだとか。

《キシャドノ、おっきろ~》

 使役ハヤテが眠気覚ましにと悪戯げな冷風を送る。しかしそれにも無反応で、寝癖のついた黒髪は風にそよがれるがままだった。

《キシャドノどした~?》

「……だりーんだよこっちは」

《うっわ~だっせ。人間って弱っちくてだっせ~な、あははは》

 げらげらと少年の姿で笑い転げる使役に対し、蹲った青年は「……あとでしめる……」と怨嗟を呟いた。取り敢えず風精には黙っておくよう思念で促し、我輩は地面に落ちた上掛けを咥えて拾い上げる。そして敷布に重ね置いたのち、かぽかぽと騎者どのに歩き寄った。

「騎者どの、癒しの霊力を使うか?」

 夏とはいえ吹きさらし下の野宿だ。我輩も人型で幾度か試したが、違いを感じたのがやはり、この辺りの肉体感覚である。体毛が短く筋力の弱い二本足の身体は獣より野営に「慣れ」の時間を多く必要とし、「慣れ」ないうちは体調を崩すことが多い。個々の体質を抜きにしても、屋内に慣れた人間の身にとって楽な目覚めではないだろう。

「や、いい。ひさしぶりのやえいだからからだがついてってないだけ。ちょいじかんぷりーず」

「了解した」

 我輩の提案を片手で制し、騎者どのは眠気を無理矢理振り払うように立ち上がる。そして深呼吸をするなり、両手の平で頬を叩いた。

「……ふぉっしゃ!」

 気合と共にかっと見開かれる双眸。朝露で湿った草を踏み分け、昇る朝陽を背景に、二本足の長身は伸びをする。まとわりつくだるさを掃うよう凝り固まった背筋を解し、節々の間接を曲げ、手足の先端まで丁寧に屈伸をして。

 血の巡りが良くなり身体の強張りが解けたところで、次いでおこなったのは確認運動である。荷物と共に置いておいた家宝を手に取り、布を解く。

「リョク」

「うむ」

 騎者どのの声に応え、我輩は数歩距離を取った。

しゃらん。

 鞘から刃が抜かれる、特徴的な音が響く。早朝の静寂のさなか、かたち無き威圧感が限定的に放たれた。

「――」


 時間にして、数分。


 かちん、とまた音が響いたのち、我輩は無意識に潜めていた息をゆっくりと吐いた。久々に見たが、騎者どののそれは実に、素晴らしい。無駄が無く小気味良く、そして恐ろしい動きだと思う。果たして過去、これを戦場で目の当たりにして生き残った者はどれだけいるのか。

――人界有数の武器霊具、そして伝説の武人が武技。

(救いは、これを扱うのが我が騎者であるということか)

 人型での護身鍛錬を嗜むようになって四十余年、多くの界隈で多くの武技を目の当たりにしてきた。しかしこの形状の「剣」にかけて、騎者どの以上の扱い手を我輩は未だ見たことが無い。

「ん、勘は上々」

 本人曰く「すとれっち」そして「あっぷ」たるものを終えた彼は、ひとつ頷いて我輩に向き直る。ひゅん、と鞘が空を切り、滑らかな動作で腰帯に通される。もう二本足はふらついておらず、頬に赤みが差し表情にも覇気が戻って来ていた。

「うし、こいつも絶好調」

「左様か」

 毛皮も角も牙も持たない二本足の肉体は獣に比べると脆弱であるが、真に弱いというわけではない。「慣れ」の時間――準備運動と確認動作――を有効に使い、然るべき道具を然るべき手順で用いることによりその強さは開花する。騎者どのにとって、祖父御より譲り受けた家宝とそれに追随する技術が、それにあたるのだ。

 深緑の瞳に、もう眠気は見当たらない。

「そっちはどーよ?」

「うむ。霊力は回復し得た。絶好調である」

「そか」

 同様の言葉で返すと、だいぶ高くなった朝陽を逆光に対の緑は満足気に瞬く。ふと穏やかでない喧騒が聴こえ、騎者どのと我輩は歩を進めて眼下に視線をやった。

 小高い丘から市街地を見下ろせば、豆粒のような灯りに照らされた人間集落が薄らと見える。まだ薄暗い早朝だというのに街路に人通りが多い。走り回る人間や灯りを手にする人間、公共家屋に詰め掛ける人間、「くるま」はかしこで渋滞し、目視で確認するだけで相当の人だかりが発生している。

「おうおう、しっちゃかめっちゃかになってら」

「――彼らの生活域に、支障が無ければ良いが」

「ま、だいじょぶだろ。この地域の特性上、風は敵にまわすもんじゃないし。一応『網』の連中にもアフターフォローに出張ってもらう予定だから、俺らが心配することじゃねえよ」

「左様か」

 数刻前に巻き起こった風と霊圧、引き起こされた事象により流通経路が部分的に混乱しているのだ。そしてそれらは、一晩でおさまるものではない。これといった物的被害が無いので深刻な混乱は起きていないようだが、それでも人知を超えた事変である。鎮圧のための人手も少なく、しばらくこの喧騒は続くだろう。

「首都は俺らが起こした風のせいでおおわらわだし、精鋭警備隊は今、西方で足止め食ってる。アジトに駐在エルフは五人から十人、ただ、今日だけ諸々の事情により二人しかいねえとな。襲撃かけるにゃもってこいってわけか」

「うむ。されど各手練の配置状況からして、絶好の機会は午前中に限られる。夜明けよりあまり時間をおくべきではない」

「朝飯食ってる暇はねえか。ま、しゃーないな」

「騎者どの、糧は摂らずとも平気か」

 食物的な糧を取り込まず動くのは、低血圧な人間の身にとって特に辛いはず。いくら手練といえど、あとから活動に支障が出る場合もある。だが、それを十二分にわかっているはずの本人が焦る様子は無かった。そして、空腹の色も見当たらない。

「ああ、へーきへーき。ルシーん家で菓子たらふく食ったし、おいら燃費イイし」

 そう重ねつつ、我が鬣と揃いの双眸が澄んだ色合いにそぐわない表情を浮かべる。

「それよか今、めっちゃ気分良くてさ」

「なぜだ?」

「だってよ、敵地にゃさぞご立派な人外イケメン様がいらっしゃるんだろうなって思ったら嗤いが止まらねえって。けけけ、そいつのおキレイなツラぼっこぼこにすんのちょう愉しみ」

「……左様か」

「早速征くぞーリョク」

「……うむ」

 色々と問い返したいことはあったが、彼にとっては本筋からそう変わらない目的なのだろうと思ったので黙って頷いた。騎獣という生き物は、騎者がやり易いようにするのが行動の基たるものなのだ。

「っとその前に、ちょっくらションベンしてきたいんですけどよろしいでしょうか、リョク先生」

「早めに済ませよ」

「おす! 行ってきまっす!!」

 ただ、そろそろいけめんとやらの正式な意味を教えてくれないだろうか、と思う。




《ハヤテ、我が脚を強化せよ》

《りょ~か~い》

 ともあれ、騎者どのが朝の小用を済ませたのちはすぐ出立である。風の使役に思念で呼びかけるとすぐに呼応し、部分的な強風が巻き起こった。

 後足に密度の濃い霊気が集まり、そこから伝わるよう筋肉が軽くなっていく。騎者どのが握る我が角も、満ち溢れた力を象徴するが如く燐光した。

ちなみに、騎者どのは腰に佩いた長剣以外、荷を身に付けていない。最低限の物品を出し懐に入れたあと、防水布で旅行鞄を厳重に包み地面に埋めている。只人にはわからない目印を立て、「あとで回収する」と言っていた。……騎乗して剣を振るうに、荷は軽ければ軽いほど良いのだそうだ。

「――騎者どの」

「ん」

 呼びかけると、背中の相棒は短く応える。

「ひとけりで向かう。だが、ここより先は西方の過疎地域ゆえ、風は逆向きとなる」

「おう」

「西方の地は霊気乏しく、ハヤテ以外の風精は実質、我輩の使役となり得ぬ。――目的地に着いてのち、何が起こるか判別がつかない。相手方の実力がハヤテの霊力を上回るものであった場合、我輩個獣としての勝機は五分以下と言える」

「――」

 正直な不安の吐露にも、手綱を握る手に惑いは無い。逆に、力強く握り直された。ちゃき、と金属が鳴る音。

「覚悟はあるか」

「――当然」

 声に宿るは、見栄でも無謀でもなく。ただ純粋な、堂々たる自信であった。


「リョクだけだと勝機が五分以下なら、五分以上俺が補ってやるよ」

 誰がお前の騎者だと思っているんだ、と。


「……よくぞ言った」

 伝わる意思と体温に、やはり励まされたのはこちらであった。騎者に惑いが無い以上、騎獣も惑う必要は無い。それを確かめ、全身に力を込めた。後足を曲げ、前足の蹄を踏みしめ。角が乗り手を護るよう側面に張り出し、鬣がびょうと逆立つ。

 我輩は、再度「駆ける」ための言霊を発した。

「《ハヤテ》」

《ほ~い、じゃ、いっくよ~》



 二身一体の気配が小高い丘から消えた際――強風がまた、かしこを吹きぬける。軽やかで楽しげな、少年の声と共に。


《ん~なんかオレもワクワクしてきたわ~》


 新しくも懐かしく、冷たくも暖かな、不思議な風であった。


◆ ◆ ◆


 のちに、騎者どのは語った。

『あの朝、本気でメシ抜きでも大丈夫だったんだよな』

 人間の身にとって、物質的な糧は動きを鈍らせないためにも重要なものだ。我が一族のように大量摂取は必要としないが、それでも活動を維持する上で食物は欠かせない。過酷な運動をする身ならば特にそうである。

 だが、あの日だけは。なぜか、朝から全くと言っていいほど空腹感を覚えなかったという。常ならば血の巡りの悪さに手間取り時間がかかるはずの準備運動も、あの朝に限っては身体がはやめに温まったので手早く済んだ、とのこと。

 騎者どの曰く、冷風に吹かれた直後、急激に心身が冴えてきたらしい。

『最初はテンションのせいだと思ってたけど、どーもそれだけじゃねえことにあとから気付いてさ。……あれだよ、あの風っこのせいだった。あいつ、俺にこっそり霊力送ってやがった。完全には無理だけど、身体を活性化させるための栄養素だとかは人界の生き物にとって霊気ひとつで事足りる場合が多いんだよ。あの生意気なガキ、リョクに指令されたわけでもねえのにそういうこと理解して勝手に俺らを援助サポートしてやがった』

 人間の若者は悔しげに、そして不思議そうに洩らした。

『あのハヤテっての、やっぱタダの風っこじゃなかったんだな。いや、風は風なんだけど、霊獣の使役になる四元精にしちゃ自我が最初っから強すぎてた。それはお前も感じてただろ』

『うむ。霊力はともかく、あの二本足のすがた、色、容、そして思念の強度は、いずれも我が把握の外にあった。実害は無いものゆえ、好きにさせてはいたが』

『おう。……俺さ、なんとなーく思ってたよ。こいつがあの場でリョクの使役になったこと、それ自体が意味あったんだなって』

 母親譲りの緑の瞳は、感慨深げに細められた。


『だって、あの風がちょっかい出すたびずっと感じてたんだ。青嵐ん家でも感じてた、あの感覚』


 あの日吹き抜けた、不思議な風。新しくも懐かしく、冷たくも暖かなそれは、未来の転換を我輩らに予感させていた。目に見えないのに、形を感じ取れなかったのに、それでも確かに遠くから存在を伝えてきた、何かの気配。

(今、それに敢えて理由をつけるならば)

 悠久の時を流離ってきた罪びとが、ようやくその罪を赦される。その、前触れでもあったのかもしれない。



――疾風ハヤテと名付けたかの風。二本足の少年の姿したそれは、この先も重要な役割を果たすこととなる。




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