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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第七章
81/127

二(前)

この回は別視点です。


最近主人公の影うs(略


「ねえ、ティリオさんってぇ、いくつなのー?」

 細身だがしっかりとした骨格の腕。そこにしな垂れかかりながら問いかけると、頭ひとつ分ほど高い位置にある瞳が優しげに細められた。

「ねえ、いくつなのー?」

 青みが強い、紫。その色がはめこまれた両眼の完璧さといったら、まるで精巧に切り取られた宝石みたい。縁取る肌理も細やかだし、通った鼻筋から唇、尖った耳朶の輪郭までお手本のような麗しさ。肩にかかる程度の金髪の色は豪奢というわけではないが、複雑で緻密なものが織り交ざり、非常に輝かしい。首から上が優男なだけじゃなく、体格だってすらりとしてる。それもなよなよしい細さじゃなく、しっかりと鍛えられ締まっている身体つきだ。着ているものは地味といってもいい色と仕立てなのに、均整が取れ上背のある体躯なので粗末には感じない。

「自分の、年齢ですか」

 そこから響く声も、高過ぎず低過ぎず。

「そうよー」

「さあ、いくつだと思います?」

 総体的に見て、言うことの無い貴公子。

(これが、エルフの純粋種なのよね。そう、主と同じいきもの。つまり、あたし達と同じ)

「えっとぉ、主よりは年下よねー。それで、あたしより上、でしょ?」

 しなやかに締まった腕、そこに胸のふくらみを押し付けるよう抱きつく。

「そうですね、その程度だと思っておいてください」

「え~~教えてくれないのぉ?」

 身体の反対側に手を回し、密着したまま、上目遣いで背の高い男を見つめる。下腹の辺りを撫で擦るおまけつきで。

「秘密、です」

「けーち」

 あからまさにそうしても、この細身の男は動揺の欠片も見せない。目をぎらつかせたり脂下がったりもしない。ただ、優しく微笑んでこちらの手を握り返してくる。

 その気になったのか、と思ったこちらの予想は大抵外れで。

「それよりシルエラさん、カルヴァリオさんからの指示書ですよ」

「え、」

「よく目を通しておいてくださいね」

 そうして、気づいたときには密着していたはずの腕は巧妙に解かれ、代わりに握らされているのは別のもの。結構力を込めて拘束――抱きついていたのに、抵抗すら感じなかった。温度も音も匂いすら感じ取る時間を与えず、するりとこちらの隙間を潜り抜けていった。

 そう、まるでかたち無い大気の流れのように。

(こいつ、結構手ごわい部類のオモチャなのかも)そう感じるのは何度目か。

「――まあ、いいわ」

 いつものようにはぐらかされ、逃げられてからシルエラは考える。

「時間はたーっぷりあるもの」

 赤い唇が妖艶につりあがる。豪奢な色のうねった金髪が、男のいなくなった空間に軽く靡いた。室内だというのに、さほど恰幅が良いわけでもないのに、あいつが通ったあとはなぜか空気が動くのだ。それは仲間内の誰もが持っていない、不思議な現象であった。

 しかし、例にもよってシルエラは深く考えていない。あるじに報告もしなかった。

(きっと純エルフののうりょくのひとつなんだわ。だから、これからあたし達も使えるようになるのよ)

 重要なのは、今の自分が愉しむこと。それ以外はどうでもいい。

「あいつだって壊れるまでたーっぷり愉しませてもらうから」

 なので、いつものように、シルエラは微笑んだ。

(いつもよりちょっと手ごわいけど。所詮は男だし、きっとすぐ「堕とさせ」てやるわ)

 仲間に対するそれと違う、ただの「男」に対する遊戯的な意識。隙間風が吹くように空っぽな思考。

なぜ彼女は弟分や主に対するのと同じ仲間意識を「彼」に抱けなかったのか、それは彼女自身がわかっていた。


 あいつは、あの蒼い畜生とおなじだ。

 あたしを徹底的に無視した、あの騎獣と一緒。

 だから、仲間じゃない。仲間と言って近づいてきたって、あたしは騙されない。


(だって、あいつはほかとちがうもの)

 それは、彼女自身が生涯三度目に抱いた、他者に対する特別な感情だった。本人はやはり無意識であったが。


● ● ●


『ティリオ=セト=ノビレス=ツヴィトークと申します』

 新しい「玩具」はそう名乗った。

『父の名はエヴァン、母の名はシア。祖母はツヴィトーク家十五代目当主・マルゲリータ。祖父はその前夫である純エルフです。ツヴィトーク家はディチナーレ家とも交流していた時代があります。保持されている古歴文献と同載の証書は、そこに』

『……確かに、記録には同名のものが登録されている』

 主は「玩具」の差し出した身分証明書と手元にあった書類を見比べながら、呟く。大戦で多くの戸籍文献が失われたが、すべて無くなったというわけではない。純エルフは超古代より稀少であったため、その血統を証す書類は特に管理が厳しかった。彼らの出生記録は遺失や詐称などの保険のため、関連のある貴族全員が複製したものを保持する決まりがあった。すなわち、その家が存続していればこうして今の時代においてもエルフの血筋がある程度確かめられるのである。勿論、人間の界隈に持ち出したら洩れなく歴史的な遺物と認定される代物だ。

『マルゲリータ=シュリ=ノビレス=ツヴィトーク。成人して「騎士」と婚姻、女児を産んでのち離縁し家に戻る。直後に婿を平民から迎えた、とあるな。貴殿の母親は王宮に預けられたその長女、というわけか』

『はい』

『父の血筋こそ、この古歴には記載されてはない。だが、マルゲリータと婚姻した純エルフは有名だ』

『そうみたい、ですね。まあ、文人系である自分とはかけ離れた存在でもあるので、正直ぴんときていないのですが。いったい、どういう方だったのでしょう』

 肩を竦めたエルフの文人に対し、エルフの武人はふ、と鼻を鳴らした。無知な若僧に対し、せせら笑うような風情。

『知らないのか。貴殿の祖父にあたる方は歴代でも屈指の武人とされたオレアード=アーク=エクティス=イヴァニシオン殿だ。騎獣術の名手ともされた「騎士」であり、昨今まで存命だった御人。住まわれていた場所が不特定だったため、存命が知られても我らの手のものがご住居に辿り着けなかったのが残念だが』

 切れ長の蒼色が、うっとりと憧憬を載せた。

『本来ならあの方こそ、我らがエルフの希望。我らの活動をご存知ならば、今頃は一族復興の旗印ともなられただろう、偉人だ』

『はあ、そうだったんですか。なんだか恐れ多いなあ』

 生返事をする「玩具」。無知なエルフに対し、蒼色の視線に侮蔑の光が浮かぶ。きょとんとする「玩具」を見るや、声音だけは慰めるように上から目線の言葉を投げつけた。

『まあ、戦後に生まれた若いものがエルフの「常識」をしらずとも無理は無い。貴殿は古代活躍した伝説の武人、しかも誇り高き騎士の血を「一応」引いているというということだ。貴殿は文人ながら、至高の武人たる流れを汲むのだ。高貴の血筋であること、光栄に思ってよい』

『はあ……肝に銘じます』

 かしこの微妙な強調によるあからさまな軽視を受けても、鉱石のような双眸は穏やかに微笑むだけであった。


『……ところで、確認しておくべきことは他にある』

 反応が薄いとみるやつまらなそうに嘲笑の色を消し、主はいつものように冷徹な表情を浮かべた。切れ長の蒼眼が同種たる男を見据える。

『貴殿が紛れも無い純エルフだということは判明した。しかし、なぜ今の時分、いや今の時代になって我らの前に現れた。祖父御のことを知らないというと、かの存在とはまったくの関わり無く過ごしてきたのだろう。我らの計画は大戦終結より五百年以上に渡り、着々と進められてきた。貴殿は成人して幾ばくか年数を得ているとみえるが、どうしてその長い歳月のさなか、我らの前に姿を現さなかった?』

 頭のいい主は、疑っていた。今や人界にて数少なくなったエルフ、それも純粋種が今になって公の場に現れたその不自然さに。そして、膨大な年月を越えるその復興活動の合間、ちらとでもその操作網に引っかからなかったその鬼没具合を。

 その警戒を受け、「玩具」は毛ほども揺らがなかった。むしろ、その問いは予期していたとばかりに微笑みさえもした。

『なぜ自分が今まであなたがたと触れ合わなかったか? 簡単なことですよ』

 それはまったく温度を感じさせない、見ているものが逆に呑まれてしまいそうなほど酷薄な表情。


『自分は、自分の父と母が心底嫌いだったのです。あのひとたちが、いや、あいつらが死ぬのを待っていたのですよ』


 青紫の双眸は、ぞっとするほど冷ややかに細められる。容姿と同様に爽涼な美声は、まったく揺れもせず肉親への嫌悪を語った。

『誇り高き純粋種でありながらすべてを諦め、人間の界隈に溶け込もうと欲した弱腰のあいつら。そんなものなど一族の面汚しです。エルフはエルフらしく、強者であるべきでしょう。脆弱で俗物的、容姿も平凡なものが大多数、そんなつまらない種族に取り入ろうなど、考えるだけでおぞましい』

『……なるほど』

 その言葉を受け、主の蒼眼からようやく警戒が薄れる。

『得心がいった。貴殿は今まで、行動を両親によって制限されてきたというわけか』

『両親などと呼ばないでください。自分をこの世に生み出したことに意義こそあれど、相容れたことなど一度も無いのですから。―――ああ、せめてもの義理立てとして、死ぬまで大人しくはしてあげましたがね』

 麗貌を歪ませ、吐き棄てるように嗤う男。それは、主が求めるエルフのすがたであった。遠い昔、血も涙も無い悪鬼と恐れられた一族そのものが本性。

 無表情だった主の顔が、変わる。薄い唇が笑みの形に釣り上がった。

『……さすがは高貴な武人の血を引くだけはある。その意気こそ我らに必要なものだ』

 主の視線も声音からも、最後の強張りが取れた。先ほどの侮蔑の表情と上から目線の言葉も含め、一種の加入試験なる会話だったのである。

『自分はご覧の通り純粋種であるというだけでなんの取り柄も無い若輩、更には脆弱な文人系の身ですから。共に武人系であった父と母には、力で抑えられていました』

『なるほど。理解力の無い輩であったことが貴殿の不運だな。肉親に恵まれず行動を制限され、さぞ歯痒い思いをされたであろう』

『はい。今はやっと「真の」武人に出逢えました』

『言ってくれる。あの大戦を生き残った純粋種が稀少であることなど、とうに周知。ツヴィトーク家自体、王都焼失と共に潰えている。戦火で全てを失った艱難辛苦、察するに余りある』

『ありがとうございます。自分など、昨今まで放浪していた身。戦後より強く清廉にエルフの王道を行かれる方には、心身ともに到底及びがつきません』

『いやいや、そんなことはない』

 切れ長の蒼眼に、優越が浮かぶ。主の癖として、同じ思考を持ちながら自分より無知で従順、低姿勢な輩に対しては目に見えて優しくなるのである。相手が武人としての誇りと選民意識をくすぐり、持ち上げる物言いをしたせいでもあった。

『貴殿のように物分りのよい同族こそ、我らに必要な力。今現在のエルフ人工製造研究所には、貴殿とは正反対の腑抜けが巣食っている。純エルフだということで加入させてやったというに、言っていることはまるで進歩が無い。腑抜けた理屈ばかり捏ね回し、我ら伝統の活動を停滞させているのだ。忌々しいことよ』

 壮年の男の端正な顔が、苦みを帯びる。若者の顔に、いたわりの色が浮かんだ。

『そうだったんですか。同世代のエルフとして、そのような行動力の無さは他人事ながら情けないですね』

『そうだ。何かというと口うるさいあやつを黙らせるために、貴殿のような芯のある若者が加入してくれるのは実に喜ばしきこと』

 酷薄な唇が再度釣り上がった。

『ようこそ、ツヴィトークどの。エルフを復興しようと立ち上がった同志よ。歓迎する』

 そうやって主のお墨付き――危険視する必要ない雑魚認定をもらった「玩具」は、心底嬉しげに微笑んだ。

『ありがとうございます、ディチナーレさん。誇り高き一族が栄光と名誉を、我らの代で必ずや取り戻しましょう』

『カルヴァリオと呼んでくれて構わない』

『ありがとうございます。自分のこともティリオで結構です』

 こうして、ティリオという名の「玩具」はシルエラと共に行動することになったのである。


『よろしく、シルエラさん』

 にっこりと微笑む麗しい男と握手を交わし、シルエラも『よろしく』と笑みを返す。しかし表面的には友好を示しながら、胸中はどんどん冷めていく。

 ああ、こいつは普通ではない、と瞬時にわかったから。だってその瞳に温度はまったく視えなかった。シルエラを見つめる端麗な青紫は、宝石というよりまるで硝子のようだ。ただ、目の前の像を無感動に映すだけ。顔も身体つきも艶美で魅力的な(と自覚している)女に対し、これっぽっちも気持ちを動かされた様子がない。人当たり良く微笑みながら、その視線には不自然なほど熱が見当たらず。抑えている、隠しているというより、本当に興味が無い視線。

 どこかでこういう表情を見た、と感じたのは一瞬で。その擬似感の正体に気づいてからは、シルエラは瞬時に結論付けていた。

(こいつは、仲間じゃない。リュスやディアンみたいなのではない。もちろん、主みたいなひとでもない――)

 そうとわかれば話は早い。

(仲間じゃない男は、あたしにとってただのオモチャ。純粋種とかどうとか、関係無いわ。いつかあたしに屈服させてやる)

 こいつは屈服させないうちに死んだあの蒼い畜生と同じ種類の雄であり、その代わりだ。シルエラの新たな「玩具」。最期の最後まで生意気だった畜生への報復も兼ね、いつか必ず「堕とさせて」やる。主に怒られるのは嫌だから、まずは取り澄ましたその化けの皮を剥がして情けない姿を露呈させ、失望させたうえで滅茶苦茶に壊してやる。

 あたしよりよわいくせに、あたしをむしするなんて、ゆるさない。

『ティリオさんって素敵ねー』

『ありがとうございます。シルエラさんも素敵ですよ』

 そんな表面上の馴れ合いを交わしながら。じゃれ合いめいた駆け引きを繰り返しながら。互いの視線はちっとも甘くならないこと、本人同士がよくわかっていた。


● ● ●


「ティリオさんってー今まで『タビビト』だったって本当?」

「はい」

 新しい玩具たるエルフの男は、優しげに微笑む。憎たらしくなるくらい完璧に。

「世界一周でもしてきたのー? 暇人ねぇ」

「はは、そう言われると身も蓋も無いですね。けど、そういう人生も、いいものですよ」

「自由気ままに一人旅、かー。いいわねえ、そういうひと、あたし好きよ。ジリツしてて、コウキシンオウセイで」

「ありがとうございます」

 ちなみに今日は気安い仲間として、性愛的なものを含まない切り込み方をしている。いきなり迫るよりこういう関係から徐々に距離を詰めていくことにしたのだ。そのやり口が有効だった男も、過去には実に多かった。

「ねえ、どんな国に行ったの? あたし、生まれたときから主に従ってばっかで、あんまり一人で遠出したことないのよね。外国のおはなし、聞きたいわー」

 口調に含みを持たせつつ、好奇と憧憬を滲ませた上目遣い。まるで無邪気な少女のように、曇りなく輝く表情で男を見上げる。案の定、青紫の瞳はわずかに揺れた。

「外国の話ですか」

「ええ。ねえ、だめ?」

「ええっと……」

「だめよね。だってこんなの、任務に関係無いものね」

 落胆したようにしゅん、と俯けば、頭上の声が慌てたようになった。

「ああ、別にそれくらいはいいと思いますよ。ただ、自分の話はシルエラさんにとって面白いかどうかは……」

 内心でにんまりとほくそ笑む。

(なんだ、こういうのに弱いんだ)

 そうとわかればやはり、話は早い。シルエラはいっそう表情に無邪気さを載せ、ぱっと顔を上げた。

「ティリオさん!」

「な、なんでしょう」

 美貌とアンバランスな、少女めいた視線。それを真剣なものに瞬時に転換させた演技力は、我ながら中々のものだ。だってほら、こいつは呆気無く騙されてる。

「ねえ。ティリオさん」

 勿論、瞳を潤ませ声音をほんのり震えさせるのも忘れない。今の自分はさながら決意を決めた健気な少女、といったところか。

「あたし、主の言いつけ守ってずっと過ごしてきたから、ほんとうは外の世界のことあんまり知らないの。だから、ティリオさんみたいなひとに、凄く憧れてる。でも、主に迷惑かけたくないからずぅっと言えなくて……」

 こうして同情と哀れみ、親しみを誘い、お人よしな男の懐に入り込む。

「だからお願い、面白いとかはどうでもよくて、あたし、外の世界のおはなしを聞きたいの。あたしって、ティリオさんみたくホントのエルフじゃないから、出来ないことだってあることわかってる。足りないものばっかりだってわかってる。でも、ちょっとでも主やティリオさんみたいな素敵なエルフに近づきたいの……!」

 そうしたあとですべて奪い、壊してやったが。


「……シルエラさん、わかりました、自分に出来ることがあるならなんでも言ってください。もちろん、外国の話も出来る限りお話しますよ」


(―――かかった)

 脳内で会心の笑みを浮かべ、シルエラはそれとは正反対の満面の笑みを浮かべる。自分の勝利を確信したのだ。

「ありがとう、ティリオさん! ……きゃ、」

 勢いで抱きつこうとしたら、タイミングが外れたらしくするり、と身体がすり抜ける。「ああ、大丈夫ですか」と差し出された骨ばった手に、すかさず縋りついた。

「ティリオさん、だいすき!!」

 その言葉を受け、鉱石のような美貌はほんのりと頬を染め、照れ臭そうに、微笑ましげに頷いた。


 上機嫌であったシルエラはつい、男の表情をいつものように観察するのを忘れていた。なので青紫の瞳が笑みを浮かべながらもやはり硝子玉のようであったこと、気づいていなかった。



「ディアンがまだ戻らない?」

 きょとん、とする。主に久々に呼び出されたと思ったら、そのようなことを詰められたのだ。しばし考えを巡らし、ああ、と思い当たる。そういえば数日前の任務時、弟分に後事を託して先に帰還したのであった。

「畜生の背信行為により計画が頓挫したのは予想外だったが。より確実な捕獲がため、『騎獣の腹』と騎者である人間双方を確保すべく、お前達を派遣したはずだが」

「あたしたち、ちゃんとあの雌を捕まえたわ」

「しかし、拠点に戻ってきたのは実際お前だけ。ディアントゥスは確保したイヴァごと、既に一週間以上消息が途絶えている」

「えっと、先に報告したとおり、なんだかヘンなケッカイ?が張られててその人間の家が見つからなかったの。辿り着けなかったのよ。逃げてきたイヴァが丁度やってきたから、そこを捕まえたの。取り敢えず一番重要なそいつを確保出来たから、あたしは報告のために……」

「しかし、そこで粘っていれば更なる動きがあったはず。野営など、造作も無いだろう。なぜ自分のみ戻ってきた」

 主の切れ長の瞳は、冷徹に眇まった。

「人界において稀少な『騎獣の腹』をまた失わせるつもりか」

「ま、まって。あいつのことだから、きっとどっかで寄り道してるのよ」

「多少の息抜きは許容してやっている。ただし、任務に支障が無ければの話だ。ディアントゥスはリュビリスと違い個人単位での揉め事は少ないが、同様以上に手癖が悪い。諌め役としてお前をつけたのに、なぜ別行動を」

 低い声が、更に低くなっていく。こちらを見つめる視線もどんどん温度が低下していくのを見て、背筋に悪寒が走った。

「ご、ごめんなさい、あるじ。ちょっとあの雌がうるさかったから、ムカついて、」

「もしや、暴力をふるったのか」

 ぎくりとする。あからさまに動揺を見せてしまい、蒼眼は忌々しげに細められた。失望の色が主の顔に広がっていく。

 フラッシュバックのように脳裏に蘇る、薄暗い記憶。ぼんやりとした視界、映った無機質な研究者たち。淡々とした声。試験管の中から見た、自分と同様のかたまりが瞬く間に動かなくなる光景。悪寒が、明確な恐怖に替わっていった。このままではまずいと直感し、必死に言いつくろう。

「あ、あるじ、仕方なかったのよ。あんまりあの雌が暴れるから、大人しくさせるためにちょっと蹴っただけ。手加減したし、殺してないわ、ホントウよっ!」

「……かの生殖器を損傷させる事態に陥ってはいないだろうな」

「そ、そんなことは無いわ。それは一番しちゃいけないことだし、あたしはそこで離れ……、」

 必死に考えを巡らせながら、良い言い訳を思いついた。

「そう、あたし、自分からはなれたの。あ、頭を冷やす、ために」

「ほう」

 嘘はついていない。当時の本心と実際の行動を付け足すなら、「面倒くさくなったから荷物運びは弟分に任せて男漁りに行った」のが真実であるが。

 我ながら中々の物言いだ、と胸を撫で下ろしながら、多少滑りの良くなった口で言い繕う。

「ディアンは、だいじょうぶ。あの子、リュスとちがってレイセイだし頭イイ、から。時間はかかってるけど、必ず戻ってくるわ」

「それほどに言い切るなら、猶予をやろう。一月、待ってやる」

 あからさまにほっとした表情を浮かべたシルエラに、主はなおも冷たく言い重ねた。

「今月中にあやつが騎獣と戻らなかったら、もしくは連絡が無かったら。責任はお前に取らせる。覚悟しておくことだ」

 脳裏に再度蘇る、あの光景。主に逆らった肌色のかたまりが、一瞬にして沈黙し動かなくなった様。覚えている、だって生まれたその瞬間から見せ付けられたものだから。刷り込まれた、逆らえない強者に対する絶対的な本能。

「……っ、は、い」

 恐怖が、喉奥の悲鳴を飲み込ませた。



「シーラぁ、この前紹介してくれた女の具合、正直イマイチなんだけどよー」

 腹をぼりぼりと掻きながら、だらしない姿で弟分のひとりが声をかけてくる。

「やっぱ人間の女つまんねえな。顔はブサイクだしすぐ壊れるし。なーもっと丈夫なのしらねえ?」

「……」

「なあシーラぁ、」

「うるさいわねッ! あたし、それどころじゃないのよッ」

 振り返ってぎっと睨み付けると。弟分はびくりっと肩を震わせる。

「なんだよー、おっかねえ」

「あんた、ディアンしらない?」

「ディアン?」

「確保したイヴァの雌ごと帰ってきてないのよ。あいつ、ちゃんとやれって言ったのに……ッ」

「ふーん?」

 ぴんと来ていない表情で肌蹴た胸元を掻くリュス。享楽主義で物覚えの悪い彼は、数日前の事象も覚えていないことが多い。

「リュス、ディアンが寄りそうなところ、しらない?」

「うーん。しらね」

 心底どうでもいい、と言った風情で応える弟分に、シルエラは青筋を立てた。

「真剣に考えなさいよッあいつが戻ってこなかったら、あたし、あたし……!」

「?」

 きょとん、と弟分は首を傾げる。彼はわかっていないのだ。シルエラの直後に「生まれた」リュスは、すぐ上の姉貴分たるシルエラの右に倣い、無難に過ごしてきた。なので自分たちと同じ試験管から生まれた生き物の「最期」を見たことが無い。主の意向に反したらどうなるのか、具体的に想定したことすらない。反する意思も、自立心も育っていないからだ。そしてそれは、シルエラも一緒だった。主に逆らってはいけない、と刷り込みで判断しているだけで、他人に説明出来るほど考えはまとまっておらず、忠告してやる甲斐性も持っていない。戻ってこない弟分を心配しているわけでもなかった。

「~~っ、もういいわ」

「ふーん。でさシーラ、新しい女は……」

「うるっさいわね、能無しの猿が、黙ってな!」

「――ッんだよ!」

 ただ、目の前の事象に夢中になるだけ。自分のことのみが、大切だった。

 非常時には、ひとの器が顕れる。もう少しシルエラが賢かったら、説明も無しにリュスを怒鳴りつけず「主が困っていてリュスの力が必要だ」などという物言いをして上手く彼を扱えただろう。そうして、自身の失態を取り戻すべく有効に動き、また取り戻すことが出来ただろう。しかしその辺りが出来なかったのが、彼女の不能さであった。ただその場の勢いで自分の苛立ちをぶつけ、みずから道を閉ざした。

「先に生まれただけでいい気になんなよクソビッチが!」

「くたばれ猿野郎ッあんたなんかの力、借りたくもないわっ」

 そして。



「―――大丈夫ですか、シルエラさん。そんな苦しそうな顔をしないで、ひとりで抱え込まないでください」



 数少ない気を赦せる相手と喧嘩し、断絶状態に陥ってしまったことが。彼女の更なる落とし穴でもあった。


「言ったでしょう? 自分に出来ることがあれば、なんでも言ってくださいと」

「ティリオ、さん」


 精神的に追い詰められた状態で、差し伸べられた手。格好の時間、不自然なほどのタイミングで現れた、優しい男。

 その存在と優しさに疑問を抱くほど、彼女は強くなければひねくれてもいなかった。


☆ ☆ ☆


 複雑な色の金髪、青紫色の瞳持つエルフが新しく組織に加入してきて一週間。シルエラはまだ、こいつを「堕とさせ」ずにいた。


 「玩具」は、話し上手な男だった。外の世界のことを喋って欲しいとはシルエラが男の気を引くため適当に持ちかけた事であったが、彼女の想像以上に彼は豊富な経験をしてきているようで、その都度飽きない話題を取り出してみせた。当初はたるい気持ちで聞いていたシルエラだったが、あっという間にその内容に引き込まれた。ひと同士の駆け引きについては百戦錬磨(だと自分で思っている)シルエラにとって、実に不可解で予想外である。

(こいつ、なんなの。こんな出来すぎた作り話で、あたしを釣ろうとしてるわけ)

 なのに、実際の内容が面白いので口を挟めない。ちょうど主に任務の滞りを詰められた挙句、弟分と喧嘩した頃合いである。苛立ちと閉塞感が募っていた時分、衒いの無い語らいが現実のしがらみを忘れさせてくれた。

「ねえ、それでどうなったの」

「続きはまた今度で」

「えぇっズルイわー! また途中じゃない!!」

 現実味の無い会話に不快感を抱かなかったのは、内容の濃さもあるがそいつの喋りが非常に巧みだったせいも大きい。言葉の速さ、間合いなどを含む語り口は勿論のこと、会話の繋ぎ目が絶妙なのだ。

「この案件をシルエラさんが片付けた頃に、また語りましょう」

「なによーそれってやっぱり明日に持ち越しじゃないのっ」

「そういうことになりますね」

 まるで、御伽噺を面白おかしく聞かせる語り部のように。盛り上がった箇所、丁度良いところで話を切り上げ、続きはまた明日と微笑む。それは毎度腹の立つことでもあったが、次回に持ち越された話の続きは更に面白くなっているので、文句が言えない。

「……ゼッタイ忘れないでよー」

「はい、勿論」

 何より、こいつの言うとおりにすると任務が非常にやりやすい。面倒な雑務もかったるい作業も、終わったら楽しみが待っていると思うと目に見えてはかどる。移動のペースも違う。主からの評判も上々で、たまに褒められもするようになった。「ティリオ殿を加入させて良かった。作り物の『馴らし方』を非常に心得ている」とも言っていた。主の言っている後半部分はわからなかったが、前半部分はわかる。シルエラ自身、この男が「玩具」であることを忘れたわけでないが、利用価値は他にもあるのかもしれないと思い始めた。

(あっけなく壊れるオモチャも、つまらないわよね。もうちょっと遊んで、ユウイギに使ってから壊すのも悪くないわ)そう考えるようにもなっていった。それくらい、こいつの話すことは面白かった。こういうのが長く続くのだったら、性愛的なものは後回しでもいいか、と思えるくらいに。

「あたしが帰ってきたらすぐ、話すのよ。約束だからね!」

「ええ。あなたは素晴らしく有能なかたですから、きっと自分が思った以上の早さで、この案件を終わらせることが出来ますよ」

 そう柔らかい声音で言って、にっこりと微笑む男。端正な目元が柔らかく下がり、薄めの唇が弧を描いている。眼差しに攻撃的なもの、威圧感などは皆目見当たらず、態度も至って穏やかなものだ。

(そういえば文人系とこんな近くで過ごしたの、初めてかも)

 思えば、シルエラはこういう雰囲気のエルフと意識的に馴れ合ったことが無かった。人間に限るなら同じように柔らかな雰囲気持つ男はいたことはいたが、自分達より劣る種族という差別意識が根底にあったせいで、遊戯物以上に意識したことが無かった。

(もしかしたら、こいつの無感動さは元々なのかもしれない。あたしに対してだけじゃなく、女全般に対してそういう態度なだけなのかも。だとしたら、あたしが警戒する必要って――)

 そこまで考えて、内心首を振った。なんでこんな気分になるのだろう。いくらなんでも得体の知れない相手に気を赦し過ぎではないのか、と。

 同族においても、文人系の者は大体が疎遠だ。生まれたときに周囲を取り囲んでいた研究者らは碌な付き合いも無かったしもう大半が記憶の彼方にある。今のエルフ人工製造場所の中心研究者、つまりシルエラが今現在交流のある文人エルフは主と仲が悪い。主よりだいぶ若いくせに生意気な奴で、「今までの霊媒確保方法では純エルフ製造に効率が悪い」ことを主張し、何かというとこちらの行動に口を出す。そいつのせいで事実上、霊媒確保が制限され、活動当初よりだいぶ動きづらくなったと主は忌々しげに零していた。シルエラも以前ちらっとだけ逢ったことがあるが、顔も身体もエルフにしては貧弱で「玩具」にしてやる価値も無いと判断した。そういうわけでシルエラ自身、文人系のエルフは良い印象でなく好みでもない。

(そうよ、こいつはなよなよしい類の男。見た目以外ゼンゼン面白くないし強くない。ただちょっと手強いだけの「玩具」の一種でしょうが)

「当然でしょ」

 ふん、と鼻を鳴らしながら見上げると、正面から視線が合う。青紫色の形よい瞳が瞬き、薄い唇から爽涼な声が洩れた。

「シルエラさん」

「――なによ」

 一瞬見惚れていた事実を隠し、素っ気無く見えるように返応をする。こいつの見た目が仲間エルフ内でも極上の部類に入ることは認めるが、今更ながら、ちょっと気安くなりすぎたと思ったのである。

「何か悩み事がありますか?」

「え」

 なので、思っても見なかったその言葉に間の抜けた声が出てしまった。

「シルエラさんは有能なかたですが、くれぐれもおひとりで悩まないでくださいね。自分で良ければ、いつでも相談に乗りますから」

 青紫の視線も、爽涼な声も真面目であった。それを受け、なぜかシルエラの胸の内側が不可解な音を立てた。だって――そんなことを同族に言われたのは、生まれて初めてだったから。文人系の男に真剣に見つめられたことすら、今まで無かった。研究対象として無機質な観察をされるか見下されるか、もしくは眉根をしかめて視線を合わせないか、そうでなかったら濁った欲情の瞳であからさまな誘いをかけてくるか。しかし、眼前の男はそのどれでもない。

「よ、よけいなおせわよ」

 反応に困ったせいで、咄嗟に返した声が無意識に上ずった。

(なに、なんなの、顔が熱い)

「あたしは、ユウノウなんだから。あと、ちゃんと名前で呼んでよっ」

「シルエラさん?」

(そうじゃなくて、)

 どうしてだろう。こいつは弟分らと同じでない、あるじとも違う立ち位置にいる、ただの「玩具」たる男なのに。

 その今までに無い心地に促されるよう、口から自然に出た言葉。

「……シーラ。シーラでいいわ。『さん』もいらない」

 眼前の青紫は、きょとんとしてからもう一度微笑んだ。そうして、爽涼な声は紡いだ。


「わかりました。では、遠慮無く呼ばせていただきます―――シーラ」


 その音を。

「――」

「どうしました、シーラ」

「な、なんでもないわっ……、そ、れじゃあ任務に行ってくるから、約束は守ってよ!」

「はい、いってらっしゃい」

 シルエラが今まで、弟分らにしか許さなかった呼び名。なぜこいつにすんなり許してしまったのだろう。なんで自分から、そう乞うてしまったのだろう。親しい仲間じゃない、従うべき絶対強者でもないとわかっているのに、どうして。

「……っ」

 背後に見送るそいつの気配を大きく感じながら、シルエラは一人で部屋を出る。顔が、熱い。外は曇り勝ちの空、いつものように風が吹きつけ涼しい。しかしまるでそこだけ場所が違ったよう、シルエラのからだは熱かった。どくんどくんと、脈拍もいつもより大きく激しかった。あの優しく細められた青紫を思い起こすごと。そして、あの音を脳裏に反芻するごと。

 これも、しらなかったのだ。

『シーラ』

 聞きなれていたはずの呼び名が、あんなに優しく響くこと。弟分らがだらけた風情で「シーラぁ」と呼びかけるのとは大違い、ふわりと包み込むような温度としっかり確かめるような高さの声。発するひとが違っただけで、自分の愛称がこんなに違ったふうに聴こえるなんてこと全然知らなかった。

『シーラ』

 顔どころか、全身が熱い。

(あたし、ヘン。ヘンなっちゃった)

 変で、不可解なのに。どうして、この胸の高鳴りは不快でないの。

「……これも、純エルフのちから、なのよ」

 不可解な部分は、そういうことだ。きっと、これから判明していくことだ。あいつが――あのひとが、教えてくれる。だって、あのひとはあたしに微笑んでる。力になると、相談に乗ると、そう言った。言って……くれた。

 あいつは、あたしをむししてない。

「てぃりお、さん。ティリオさん。……ティリオ」

 その名を、口内で転がすごと。身体は不可解な熱に踊らされていった。先ほどまでシルエラを映していた青紫、それはやはり無感動な硝子玉のままであったのに、そのことなどもうとうに意識に無く。

 その日をきっかけとして、シルエラは彼に対し今までに無い特別な態度で接するようになる。当初は「玩具」であると判断したことなど、やはり記憶から消え去っていった。


 如何に悪運の持ち主であっても、時と状態が絶妙に組み合わさったそのときは呆気無く大事なものを失う。ただしそのとき、普段から気構え心構えをしているかどうかによって、失うものを最小限に抑えることが出来る。他者を踏みつけ、食い物にし、生まれる負の産物を糧にしているとの自覚がある輩にとっては、特に。

 殺すものが殺される覚悟を負うように……騙すものが騙される可能性を想定していなければ、きたる衝撃には耐え切れない。待ち受けるものに応対も抵抗も出来ず、崩れ落ちるのみ。


 シルエラは、覚悟も想定もしていなかった。今まで奪う立場であった自分が、奪われる立場にまわることなど。



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