四
「え、教えてくれないの?」
出来上がった昼食を運びながら、若草色の双眸が瞬いた。敷かれた花柄の卓上布、その上にことん、と置かれる幾つもの食器には、細長い麺を加工した食物が盛られている。ぱすた、と称される、ワカバの得意料理のひとつなのだそうだ。
「そゆこと。こっから先は、俺らだけで解決出来そうだし。気にしないでいいよ」
「ううん。事件の当事者が何も知らないわけにもいかないよ。教えて」
騎者どのは手渡された「ふぉーく」を人数分置き、我輩はその脇に硝子の器と茶の入った細長い容器を準備した。最後にワカバが台所からもうひとつ大きな皿を運んだところで、三人揃って席に着く。その中途で、知り得た情報を教えて欲しいと乞われたのだ。
「ね、ワカバちゃん。こっから先はちょいと小難しいし、聞いたってオモシロくないよ~? それよかパスタ食おうよマジ美味そう」
そう言いつつ、騎者どのはさり気なく話題を転換しようとする。しかし、若草色の娘はあくまで眼差し毅く、譲らなかった。
「じゃあ食べながらでいいから、話して」
「え~と……」
騎者どのが渋るのは最もだ。情報を知る分だけ危険にも近づく。当事者ではあるが、か弱い雌である彼女らを巻き込まず解決したいという願望がある。我輩とて同じだ。
しかし。
「雌には危険だって思うなら、テスには話さなくていい。だってテスは只の人間だから。でも、わたしには話して。これでも準備さえすれば並みの獣以上のことは出来るから。肝心の当事者だし、何より、」
瑞々しく清い新緑は、見た目は華奢な雌である。しかし、中身はれっきとした天の獣。そのことを証明するかのように、意志も強かった。
「わたしは、なんとしてでもあの場に戻るの。そして、この脚で仲間を助ける。そう決めてるから」
凛と前を向く双眸は、紛れも無く我が一族のもの。その誇りは、生い立ちも育った場所も関係が無い。
「お願い」
「でもな~」
真っ直ぐな若草に見つめられ、騎者どのは困惑となる。しかし。
「――その言の葉、嘘ではなかろうな」
横合いから出した我輩の声に、新緑と深緑は同時にこちらを向く。そして、淡い色合いのほうが一度瞬いてから力強く頷いた。
「……、うん」
「知るからには、更に襲い掛かるすべての災厄を己自身で振り払い、進まなければならぬ。その覚悟あってのことか」
「うん」
「これより先、我輩と騎者どのは好きに動く。幼仔とて救いの脚はもはや及ばぬ。それでも構わぬか」
「……うん」
どこまでも新緑は揺らがない。わざと酷薄な表情でそういった声音を出しても、ぎゅっと拳が握り締められただけで視線に惑いは無かった。
「――ならば、良かろう。騎者どの、話しても構わぬと我輩は存ずる」
「リョクはそれでいいんか」
「うむ」
「……、なら話すけど」
「ありがとう……!」
ぱっと若草が綻ぶ。表情を揺らさずその様を見つめる我輩よりも、騎者どのの方が戸惑い、こちらを怪訝気に見比べていた。
「新世代の、エルフ……?」
「そ。なんでも、ワカバちゃん攫ったヤツらはそういうたぐいだって」
巻き巻きとふぉーくで麺を取り込みながら、騎者どのが放った言葉。それに反応した若草がぱちくりと瞬いた。我輩は三つの器に麦色の冷茶を注ぎながら、それに続ける。
「かの大戦で人界における妖精は激減し、特に純粋種はほぼ絶滅の道を辿ったかに思えた。しかれど、水面下では少々変わった道程で種の保存が維持されてきた、らしい」
何分、手荒な「尋問」にて無理矢理聞き出した情報でもあるので、客観的視点に欠ける。しかし、あの妖精の少々居丈高な言を第三者にもわかりやすくまとめ直すと、見識豊かな騎者どのにはうっすらと事情が視えてきたそうだ。
なぜワカバが攫われたのか。その背後にあるものらの思惑も。
そして。
我が一族の失踪事件、その全貌も。
「生物の持つ自然な繁殖方法じゃなく人工的に生命を創り出すってゆう研究は、実は大戦以前から試みがあったんだ。俺のじいさんもうんと昔に聞いたことがあるって言ってた」
それは、長老どのが武人として戦場を駆け巡っていた時代よりも遥かに昔。我輩らにとって太古の時代と称される超古代にまで、時は遡る。
□ ■ □
『私が生まれる、百五十年ほど前。私の父が若かった時代だ』
家宝の長剣を手入れしつつ、孫の教師及び話し相手になっていた老エルフ。その会話の一端に、そういった思い出話があったらしい。
『当時の人界は私が若い時分よりも更に戦の気配が濃く、無法地帯が土地の大半を占めていた。人間の界隈は国や民族が乱立し混沌となっており、傭兵事業や武器商などもようやく登場し始めた頃合いだ。エルフ間の法律や制度などはあまり変わってはいないが、「騎士」の権限はさほど高くは無かった。始祖たる存在とその周辺の貴族以外、一般市民は特権など滅多なことでは得られぬ世でもあった。そのような閉鎖的環境が、純エルフの更なる減少にも繋がった。異種婚も貴族にとっては野蛮なものとされていた時代だったゆえ、血を残すための義務婚姻及び多夫多妻制、そして奔放な性交渉は、私の若い頃より抵抗無く受け入れられていたらしい』
青紫の双眸は、亡き家族より授けられたであろう識を懐かしむように思い起こす。
『天界にて天使の治安機構が発足するよりも前。今より遥かに空間の歪み及び空洞が多かった時代でもある。天界と人界の間は出入りも多く、騎獣と出逢えた騎者も何人かエルフの界隈に出現していた。そのような中でも、能力優れた父の前には終ぞ騎獣は現れてくれなかったが』
今更ではあるが、騎者と騎獣が出逢えるのは限りなく確立が低いのだ。
『父は、騎獣持たぬエルフではあったが、家名に相応しく騎獣術には優れていた。騎者と死に別れたものや逸れたもの、天に戻りたくも空間の穴を発見出来ないものなどを保護し、一時的に面倒を見てやる仕事――騎獣の世話係の前身たる事業を老いた祖父より受け継ぎ、一人でこなしていた』
イヴァニシオン。それは、エルフ古語で「騎獣の友」という意味合いだ。そして騎獣術とは、ただ単に手綱捌きを指すのではない。騎獣の意を、思いを汲み取る感覚に長け、みずからの意と組み合わせて自在に征ける技のこと。そしてこころ預けてくる騎獣の信頼に応え、その個を慈しむ親愛の心をも指す。騎獣との総合的な相性を指すのだ。
『始祖霊獣が天界最上層より降臨し、超自然区域にて生活していた狩猟人を殲滅した事象は、わたしが生まれる直前に起こった。移動の余波にて自然現象が混乱、多くのいのちが失われた。人界と天界双方、当時の情勢は混迷を極めたらしい。おのずと自戒が生まれ、界と界との穴はほぼ塞がれる運びとなった』
人界の歴史に刻まれている太古の出来事。それは、未だ名残が人間界隈のかしこに残る。伴侶どのの祖父御のように、自然区域を見回る動物保護官などがその一環だ。
『私の父は事態を重く受け止め、世話していた身寄りの無いイヴァを全頭、空間の穴が塞がりきる前に天に還すことにした。されど、その際――』
一頭だけ、行方知れずになったものがいたそうだ。
□ ■ □
「なんでもそいつはイヴァにしちゃあだいぶアウトローな性格だったらしくてよ。ちょいちょいいなくなるのはしょっちゅうだったんだけど、気が済んだら必ず曾じいさんのもとに戻るから、そう問題でもないだろって完結してたらしい。けど、」
ある時、かの獣は世話係のもとへ戻ってこなかった。
「曾じいさんは手持ちのイヴァを全頭天に還したあともギリギリまで粘って、やっこさんの帰りを待ってたんだけど。結局、最後まで戻ってこなかったらしい」
戦乱渦巻く人界にて、騎者どのの曾祖父は武人たる務めで徴兵され、そのまま還らぬひととなったようだ。麒麟にとって生きにくいであろう人界のさなか、とうとう戻らなかった一頭のイヴァを心配しながら。
「じいさんは後事を曾じいさんから託されたあと、自分なりに調査したけどやっぱりなんも掴めないままでさ。いなくなったそいつの性格からして、考えなしに何かに脚突っ込んで戻れなくなったか何も言わず自力で天に還ったか。どっちにせよぶっちゃけ先が視えなかったから一旦諦めたんだって。いなくなったのは中年のイヴァだし、普通に考えれば寿命を終えてるくらい超昔の出来事だし、じいさんも純エルフとしてイロイロ忙しかったし、しゃーないわな」
しかし。
「調査を諦めたその直後。丁度じいさんが自分の騎獣と出逢って、そいつと一緒に戦場を駆け回って、騎士候補の武人として注目を浴び始めた頃。――同時期に、じいさんとは違う武人エルフの通り名が、エルフ界隈で知られるようになった」
「?」
もう一度ぱちくりと瞬いた若草。深い色合いの緑眼はそっと息をつくようにその「名」を口に出した。
「それが、『無垢を堕とすもの』。当時の世代で最低最悪の悪鬼とされる、武人エルフ。俺のじいさん――『瑞獣と征くもの』の、宿敵だよ」
■ □ ■
『あれは純エルフのようでいて純エルフではなかった』
手入れし終わった家宝を卓上に置き、それを静かに見下ろす青紫の双眸。その視線には追憶と、わずかな苦味がある。
『年代としては、私よりわずかに上程度の男であったはずだ。さほど若くもないが、年老いてもいない。扱うに難しい毒霊具、しかも二本以上で形を成すたぐいのものをいとも簡単に操り、自滅することもなく自在に扱っていた。自身はそれほど練達した年代でなかったというに』
むしろ、かのものの精神年齢は幼いといって良いほどだった。しかし、その武技は不自然なほどに完成されており、純エルフである彼がまともに仕合ってもついてゆけぬほどだった。
『当時は把握する余裕も無かったが、今ではわかる。奴は、純エルフではなかった。純エルフたる身体能力と行使能力を持ちえているように見せかけ、内実は更に――私が及びもつかないほどに――強かった』
エルフの純粋種として一般以上の教育を施され、「騎士」の称号を戴くほどに優れた能力もつ彼を圧倒するほどに、戦闘能力が高かった。我流で得た技にしては、その痕跡が見当たらない。永き歳月をかけた努力というより、元から備えていた能力のような。
それは、「エルフ」としての枠をも超えた生き物。
『奴の精神がもう少し練達していたら、恐らく勝機は無かっただろう。騎獣に跨っていない私が勝てたのは、奴が油断していたこと、そして戦友の助けあってこそのことだ』
戦友の名は明かさなかったが。その双眸と声が無言で語っている。今も尚、老エルフの胸中に大切に仕舞われた思い出のひとつであることを。
『ともあれ、かの者をなんとか斃し、妻のもとへと生還してのち。退役を申し出るため王都へ赴いたさなかだった。不穏な噂を耳にしたのは』
それが、当時文人エルフの間で広まっていた「人工的生命」の噂である。
■ □ ■
「『人工的生命』……」
「うん。動物が繁殖するに必要な行為とかなんとかすっ飛ばして、人工的に純エルフを『生産』するやり方。その方法さえ確保すれば、純エルフがこの先絶滅したとしても種の確保は出来るんじゃねえかって云われてたんだと」
「そんなことが、可能なの?」
「じいさんは文人じゃなかったし、詳しいことはやっぱ意味がつかめなかったらしい。でも、当時のエルフの都じゃあそれが結構話題になってたとさ」
「……リョクはその話を信じたの?」
「二本足が持つ技術と知識は我輩ら獣にとって底知れず、奥深いということだ」
我輩も、それを聞いたときは耳を疑った。生物の持つ生殖機能、それに匹敵する機能を自分達の手で創り出してしまうなど、つくづく二本足は通識に捉われない考えを持っている。自然に属するはずの精霊族、その一種たる妖精なれど、知能が発達した先に待っているのはその自然に属さない道だ。これまでの常識を覆す科学文明の発達ともいえる。
しかし。
「人工的に『生産』されたエルフは、確かに強くて優秀だけど、イロイロと問題もあるっていう注釈つきの噂だったんだ」
彼らはある程度完成された身体で生まれるので、長命種たる妖精にとって長く面倒な成長期を省略することが出来る。それは一見良点のように思えるが、内実は逆だ。
「生まれたときから強いってのは、生き物にとっちゃマズい。成長を経験しない動物ってのは、まず頭が悪い。特に知能持つ生き物にとって、苦労も無しに元から強い力持ってるってのは、自分の能力を過信して他者を軽んじる傾向に繋がる。つまり、人工純エルフは全員DQNになっちまうらしい」
「どきゅん?」
「頭悪い上に俺最強と勘違いしてる、タチの悪いお子ちゃまってこと」
妖精が持つ二面性は、精神の未熟なものほど発揮されやすい。こころが発達していない未熟な妖精に武器霊具を持たせ、戦場に放ったとしたら。
「まあ、想像はつくよね」
「もしかして、」
「おうよ。じいさんの宿敵たる『無垢を堕とすもの』ってのは、紛れも無くその一体だった。じいさん曰く、多分試験体かなんかで戦場に放ったのが、悪いかたちで独立しちまったんだろうって。そいで、その遺体がこっそりエルフ中心機関に引き取られて、目撃談から噂が広まっていったんだろうって。だから初っ端からメリットとデメリットを風潮しておかざるを得なかったんだろうって。あのじいさんがそう確信してたんだから、大体違わねえだろ」
いっときは話題になった人工的生命の創造方法ではあるが、「付随問題が多すぎる」ことを理由に一旦は打ち止めとなり、生み出されたらしき何体かも「すべて処分」された、というのが公式発表だ。そうして、噂もおのずと廃れていったらしい。
そして、今。
「大戦が起きて、妖精が激減して。エルフ自体がばらばらになったあと。生き残った文人エルフ達が、焼け残った機具を掘り起こして、『人工純エルフ』を水面下でまた生産し始めてるんだと」
麺を巻き取る銀色の食器、ワカバのそれは未だ動いていない。騎者どのの話を聞きつつ、頭の中で考えを纏めているのだ。
「……あの、ちょっと訊いてもいい?」
ややあって、切り出された言葉。騎者どのはもぐもぐと麺を頬張りながら返応する。
「ん、なに?」
「わたしを攫ったのがその『じんこうてきにつくられた』?エルフ、つまり新世代の妖精ってのはわかった。考えてみれば、当てはまることが結構あるし。けど、」
どうして、そのひと達はわたしを――イヴァを攫ったの。
最もな疑問である。ワカバや我輩、引いては我が一族にとって大きな問題たる失踪及び拉致事変。それが、新世代たるエルフの台頭とどういう関係があるのか。
「――」騎者どのは一旦沈黙する。手にしていた食器を置き、口元を拭って。
「こっから先、ワカバちゃん達イヴァが知るには、とってもキツくなるよ」
「わたしなら、大丈夫。だって、リョクも耐えたんでしょう」
「まあ、そうだけど」
ちら、と緑眼がこちらを見る。持つ口調よりも心優しい性質持つ彼は、雌を傷つけることを恐れている。不安そうなその視線に、我輩は頷いた。
「騎者どの。我が一族は確かに争い及び負の感情を厭うが、志自体はさほど弱いというわけでもない。まして、騎者を見つけた騎獣なれば、こころは折れない」
「うん、そういうこと。今はこころの準備も出来てるし、大丈夫。だからお願い、教えて」
続く娘の同意に、若者は嘆息する。ふ、と力の抜けた、穏やかな表情となって。
「……そだな。そうだった」
緑の瞳は、若草に向き直る。そして、悟った真実を語った。
「命の人工的『生産』方法はそう簡単なことじゃねえんだ。特に、曲がりなりにも精霊族をイチから生むってのは並大抵のことじゃない。捕まえたあのエルフ曰く『我らの生命の源となるべくして一定以上の霊力源が必要』なんだと。それは形在るものだったらなんでもいい。中でも効率が良いとされているのが、単品で凄まじい霊力を持つ天界霊獣の甲殻だ。特に麒麟の角は、それとわかるほどの弱点であり命の源。全生物を合わせたとて垂涎ものの貴重品だ」
「……」
春の若草が、一瞬動きを止めた。
「ま、さか」
賢い雌は、悟ったらしい。
「――このところのイヴァの失踪は、そういう目的だったらしい。天界でちょくちょくいなくなってたイヴァは、新世代エルフを生産するために人界に拉致されてた。角を切り落として、それを基にエルフを『生産』するためだけに」
「な、」
「我が一族だけが重点的に狙われたのは、麒麟種の中で最も総数が多く、性質が闘争向きでなく霊力も低かったゆえだ。行動域がつかみやすい一族の性質も把握されていた」
「――」
「リョクの家族も、仲間も。そうやって、エルフの手前勝手な目的のために潰された」
「……」
若草が、例えようも無い感情を載せて我輩を見つめる。大丈夫だ、と無言で微笑む。いまだこころに傷は在るが、それが深刻な影響を及ぼすことは無い。逃れ得ぬ過去として、苦痛も悔恨も郷愁もすべて受け入れているからだ。その意を汲み取ってやや和やかになった新緑に、ほっとしたように緑の双眸が続ける。
「じいさんの過去の証言と組み合わせても、改めて一致点があったんだよな。イヴァが失踪したあと、その数だけ新世代エルフが出現する。かなり前に聞いた話だから忘れかけてたんだけど、あいつの話聞いて瞬時に思い出せてよかった」
緑の瞳が、心持ち陰りを帯びている。今の今まで気づかなかった己を責めるように。
「天界からいなくなったイヴァは公式記録で全部で十頭。うち最後の一頭は、多分ワカバちゃんの母さんだろうな」
「……うん。唯一の身篭った雌だったそうだし、橙色の鬣持ってたってことも、とうさまが言ってたことと一緒。間違いないとわたしも思う」
「ん。それで、ワカバちゃんの母さんが拉致されるまでは九頭が犠牲になった。そいで、九人の新世代エルフが誕生したんだと」
「……ひどい。いのちの誕生を恨みたくないけど、そんな理由で罪も無い獣を家族から引き離して、更にそんな目に遭わせるなんて、ぜったい間違ってる」
「そだな」
「どうして、エルフは途中で考え直さなかったのかな。関係ない命を犠牲にして成り立つ命なんて、そんなの精霊族じゃない。人工的に種の保存を試みたって、自然の理に反してる以上、自分の理にも反してるのに」
「……そだな」
「ひどい、よ」
「――」
ぎゅ、と噛み締められたワカバの唇。我輩がこの事実を知った当初と同じ感情が身の内に渦巻いているのだろう。それでも、こうして自分の思いを声に出すことで極力負の感情を湧き出させないようにしている。如何様な場面でも生じる、我が一族のかなしい生存本能ゆえに。
それがわかっているので騎者どのも我輩も黙って彼女の言を聞く。我輩も知ったときは憤りと理不尽さにしばらく言葉が出なかったほどであったが、おおよそ言いたいことは彼女の言に集約されていた。
発達した科学文明が、悪いこととはいわない。されど、生命をただの「霊力源」と称し、いのちの尊厳を無視し突き進み得るその思考は、もはや同じ生き物のそれとは思えない。かつて自然と共に生き、いのちの恵みを感謝し、その中での生活を慈しんでいた妖精なれど、時代の流れに飲み込まれ、これほどまで堕ちてしまったのか。騎者どのがワカバに言いにくそうにしていたのは、自身もその流れを汲むゆえの無意識の恥があったのだろう。黙って麺を巻き込む緑の眼差しにはうっすらと苦しみがあった。
しばらくその場には沈黙が下りる。
「――転機になったんは、ワカバちゃんの母さんが拉致される直前だ」
ぱすたをいち早く食べ終えた若者は冷茶を飲み、喉を潤してから続けた。
「実は、天界からいなくなったんは、十頭の他にもう一頭いたらしい。しかしそいつは少々特殊だった。なんでもいきなり人型に変化して、自分から人界に付いていったんだと」
「……そのひと、」
「察してる通り、それがワカバちゃんが出逢ったっつう蒼色のイヴァだよ。なんの運命の悪戯ってヤツか、イヴァを攫ってたエルフのひとりが、そいつの騎者だったらしい」
「……」
「それからだよ。エルフ達の行動が変わったのは」
「……どう、変わったの」
「警戒の目が多くなった天界にわざわざ移動してイヴァを引っ攫ってくるよか、手元で確実に『繁殖』させた方が手っ取り早いってんで、そういう方針になったんだって」
「……まさか、」
ワカバの顔が、見る間に青くなった。
「あのひと、自分から……?」
「恐らく、想像通りだ」
空になった平皿にことん、と銀のふぉーくを置き、我輩は騎者どのの言に続けた。
「我が幼馴染――蒼のは、みずからを犠牲にして妖精らの意識を変えたのだ」
あの日、生き別れた幼馴染。彼はやはり、人界にて生きていた。そして自分なりに、同族を救おうと必死だったのだ。そして、長い時間過酷な状況に置かれ、苦しんでもいた。いや、今も苦しんでいる。
そのことを、我輩は長く知らずにいた。風と若葉に教えられるまで。
後悔など、今更だ。あの優しいばかりの紅色が草地を包んだ日、我輩と蒼のの道は分たれてしまったのだから。
ただし、この道は行き先が定まってはいない。眼前には岐路が幾つも視えている。そして幸運なことに、岐路までの道筋は光明が導となってくれた。そう、今ここにいる、春の若草色をした小さな雌が、みずからの脚にて彼の思いを繋いでくれた。それを更に繋ぐため、我輩は岐路から先を進む。これよりは真の暗闇なれど、進んだ先は確かに存在しているはずだ。遠駆けの果て、彼の脚運びに我輩が追いつけないとは確定していない。彼が進む道と我輩が進む道、それらが永劫に交わらないなど、一体誰が決めた?
(我が目的は、ふたつとなった)
ひとつは、我が一族の失踪事件を解決に導くこと。
そしてもうひとつは。
(仲間を地獄より助け出し、新たな居場所を――幸せを与えなければ)
その思いを、新たにする。そしてこの決心こそ、新たな始まりの一歩だったのかもしれない。




