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我輩は騎獣である  作者: KEITA
間章之二
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風の転換 3


 ティリオが嵐の中、風をまとわせ逆走して辿り着いたのは宿から山を二つほど越えた箇所に位置する、小さな教会だった。正しくは、大昔に教会だった建物。

 金属と木、壁部分は塗装を施された土で建てられているそれは、朽ちかけながらもちゃんとした家屋の形を成している。元は周囲に集落が在ったのだろう。自然災害か伝染病か、はたまた戦乱の残り火でか。集落住民は死に絶え、丈夫であった教会だけを残し、今はひとが訪れぬ墓所となっている。

《こっちだよ》

 風の四元精が招く方へと走る。教会自体は小さい建物だったが、周囲のかなり広い敷地に渡り柵が張り巡らされ、内部が墓地となっている。固く閉まったままの門。それを風をまとわせた脚で跳び越える。ざ、と足元で擦れる土の音。雨にさらされた金髪と、びしょ濡れになった旅装が水を滴らせた。

《こっち》

 風が吹きぬける方へと進む。嵐はもうこの場を通り過ぎているようで、周囲はぱらつく程度の小雨と涼風のみだ。周囲は夜半の闇が覆っていたが、ティリオの「目」にははっきりと霊気の位置が視えるので問題は無かった。

 無数に突き立つ墓標に分け入り、目指す場所。

《おうさまのようせい、きた?》《うん、きた》《はやくたすけて》《ぼくらのちからでちはとめてるけど、けがはなおせない》

 幾重にも重なった、風の霊気。それに護られ、その中で倒れ付していたのは。

《このけものを、なおして》


 蒼色の鬣持つ、騎獣イヴァであった。


「――っ」

 小雨の中、打たれるままになっている無残な四肢。身体中に散らばる打ち身の痕が、体表の色をわからなくさせているほどだ。前足の一本と後足首が別方向に折れ曲がっている。豊かな鬣は力なく頭部にかぶさり、腹はぴくりとも動いていない。角は折れてはいないようだったが、根元が土台を無くしたようにぐにゃりとなり、鬣と共に重なって地面に落ちている。

《おうさまのようせい、なおせる?》

「とりあえず、容態を診なければ」

 泥まみれ血まみれの獣。常ならば美しかっただろう身体は嵐のような暴力によって打ち据えられ、汚泥の中に沈んでいる。

 その光景は、凄惨に過ぎた。

(死んで、しまったのか)

 間に合わなかったのか。その思いで唇を噛み締めながら、「目」を凝らす。

(霊気は――失っていない。生きている!)

 呼吸はしておらずとも、精霊族たる霊気が残っているのならまだ回復の余地がある。天界霊獣は人界霊獣に比べて外殻の破損に弱いが、内部の霊気さえ無事で致命傷を負っていないのなら助かる確率は上がるのだ。芳醇な霊力が必要であるが。

 幸いなことに、ティリオは人型精霊族として最高の霊力を持っている。普通のエルフなら無理だったろうが、ティリオはエルフでいう「賢人」たる容量と行使能力を持ちえている。そしてこの二千年余り、癒しの霊力を行使し続けてきた経験もある。これよりもっとひどい怪我も治してきた。

(内在気をなんとか行使すれば、いける)検討をつけ、早速治療に移った。

 手の平全体に霊気を集め、角の根元に押し当てる。角は彼ら一族の生命力の源であり、損傷することは最も避けたい箇所だ。内部の骨格を確かめ、ヒビの入った部分を優先的に修復する。幸い、急所部分は決定的な打撃が与えられていない。きっと人型において最低限庇っていたおかげだろう。

 角の土台を持ち直させると、やっと身体に息吹が通ってくる。風の四元精らが止血をしていたおかげで、身体に残る血液も辛うじて足りている。このまま体表の怪我を治せば命は助かるだろう。その様子にひとまず頷きながら、まだ安堵は出来ぬ心地で風の四元精らに話しかける。

「今から全身の骨折及び打撲を治癒します。合図で、血管を圧迫している箇所を開放してください。意識は無いようですが、かなりの重傷なので少しでも動くと骨が正常に繋がりません。要所だけは風の霊気を解かないでください」

《わかった》

 弱々しく動き始める内部の脈を確かめながら、ティリオは全身の霊気を手に集中させた。

「――はッ!」

 吐かれた息と共に放たれる、風の波動。

 偉大な「王」の加護たる霊力が、その場に広がる。青紫の宝石が、風渦巻く闇夜で燦然と光り輝いた。


 小雨が瞬間的に止んだその場で、暖かな風に包まれながら。

 蒼色の騎獣は、息を吹き返した。



――からだが、うごかない。もう、おれはしぬ、のか


『ふん。耐え性の無い畜生が。役立たずが最期は裏切り者と化しただけだったとは』

『主、その獣死んじまったんですか』

『そのようだな』


――そうか、おれはもう、し、ぬ、のか


『どーすんですか。せっかく主の専用騎獣だったのに』

『なに、人型に変化出来るだけでこれといって役には立たない畜生だった。魂の片割れたる忠誠心には期待していたが、それもこのザマだ。むしろ無駄な拘りが消え、せいせいした』

『そうっすか。で。また新しく騎獣捕まえてくんですか』

『面倒だが、そうするしかあるまい。やはり自我の強い成獣よりも、生まれたての幼生か未熟な時分なら躾けやすい。手っ取り早いのは腹の膨らんだ雌だが、前例の如く土壇場での足掻きもある。右も左もわからぬ幼いイヴァなら、赤子と同様だ。良い様に育てられるゆえ、それを重点的に狙うこととしよう』

『へーい』


――ああ、わが、きしゃは、またあやまちを、くりかえ、す


『こいつは背信が成功したつもりのようだったが。所詮は畜生の浅知恵よ』

『へへ、主はホントに頭がいいっすね。逃げ出したイヴァも、まさか自宅にまたやってくるなんざ思いもよらねえだろうな』

『人界に棲んでいた稀少な騎獣の腹、それが戻るだろう拠点を放っておくことなど、あり得ないこと』


――ま、ずい


『向かったのはシーラとディアンっすよね。エルフが二人いれば、いくらイヴァでも人型のままで逃げ出せるわけない』 

『念には念を入れ、人間の界隈で足がつかぬよう手配しているからな。まこと、人間というものは金銭的利益に目が無い』


――お、れは、


『あの雌は、見たところ幼い時分のイヴァだ。共に暮らしていた人間の騎者ともども取り込み、養育し直してやる。抵抗する気なら、か弱い人間の片腕でも切り落とせば大人しくなろう』

『さすが主、ぬかりないっす』


――おれは、


『自身より、他者の血が流れるのを厭う。それがイヴァという畜生の性質らしいからな』


 俺は、一頭の仲間かぞくでさえ護れなかったのか。



「ッ」


 蒼の両眼が、開かれる。

 感じ取った。自身の脈動を。息吹を。生きて、いることを。

(いきている)

 最初に視界に入ったのは、空だ。青い、あおい天空。

(生きて、いる……!)

 蒼い目が、泪に潤んだ。ほろり、と同色の鬣に零れ落ちる。……鬣?

「……ッ」

 身を起こそうとして、すがたが変わっていることに気づいた。いつの間にか、人型が解かれて本性に立ち戻っている。

(感覚が鋭敏な本性に戻っているのに、死臭がしない)

 自分が騎者に殴られ蹴られていたのは、墓所内だったはずだ。その場に漂う死の気配もあり、自分のような生き物にとって佇むだけで内在気が弱る場所。そこで外殻に決定的な損傷を与えられ、自然治癒の余地も無く己は死にゆくと感じていたのに。

 あるのはただ、心地よい涼風と風の霊気、そして草の匂い。

「どうして、だ……」


「自分が、治したからです」


 横合いからかかる、風のような声。

 がばりと起き上がる。横たわっていた腹や脚にも伝わっていたが、周囲はやはり柔らかな草に囲まれていた。場所も移動している。確認するまでもないが、ここはもうあの地獄のさなかではない。

 そして。

「誰だ」

 問いかけに答えたのは。

「自分は、ティリオと申します。ティリオ=シル=イヴァニシオン」

 眩い頭髪、至上の鉱石を思い起こさせる両眼の。

「『騎獣の友』の名を持つ、しがないエルフです」

 騎者と同じ種族であり、まったく違う表情持つ二本足だった。



《かぜのけもの、なおったね!》《よかったね、かぜのけもの》《おうさまのようせいの、おかげだよ》

 鼻づら付近を上機嫌で飛び回る風の精霊たち。人型では視えなかったものだが、本性の姿でははっきりと確認できる、この地域の「住人」たち。

「お前たち……」

「彼らに感謝をするべきです、蒼色のイヴァ。彼らが嵐のさなか、自分に急を報せてくれたのですから」

 青紫の双眸と尖った耳朶持つ、二本足の雄が言う。その言に嘘は含まれていないと直感した。風の四元精はその男にも纏わりつき、その髪の隙間を楽しげに通り抜けているからだ。慣れた様子でそれをいなす横顔、雰囲気からして力持つ霊力使いなのだろう。それも、風と抜群に相性の良いたぐいの。

「……そうだったのか」

《ありがとう、風よ》

 思念でそう囁けば、なおもきゃらきゃらと嬉しそうに鬣を躍らせる無数の風。その様子に心和ませながら、命の恩人に向き直る。

「貴殿にも。俺の怪我を治癒してくれたことに礼を言う。ありがとう」

「――いいえ、」

 鉱石の瞳は、なぜか心苦しげだった。

「自分には礼を言われる筋合いはありません。あなたに暴力行為を働いたのは、自分と同じエルフですから。むしろ、もっと早くに気づき凶行をやめさせるべきだったと感じているところです」

「どうして、それを」

「風が思念を送ってくれたお陰です」

 ふと思った。この二本足は、思った以上に高実力の霊力使いなのかもしれない。本性の状態なら生命体に渦巻く霊気を感じ取れるが、雑多な器の人間や妖精に限っては、その深遠を読みにくい。彼が持つ気配は確かに高霊力を保持していることはわかる、だがその程度まではわからない。

(なにはともあれ)

「ここは、俺がいた場所ではないようだが」

「少し、移動しました。あの場はあなたにとって消耗するだけの地獄でしょう」

「ああ」

 少々血を失ってはいるが、極普通に立ち上がり歩ける程度には回復している。ゆっくりと首を巡らすと、周囲は一面柔らかな草地であった。蒼色の鬣を涼風がまた撫でてゆく。嵐はとっくに過ぎ去っているようだ。

「あの教会からひとつ山を越えた草原です。恥ずかしながら、自分の残る霊力ではここまであなたを運ぶのが精一杯でした。風精たちが助けてくれたお陰もあります」

《おうさまのようせいも、かいふくちゅうなんだよ!》

 長い睫毛を伏せ、指先を掠める風を見つめるエルフ。死の縁にいた自分を完治させたばかりか、その余った霊力でここまで移動したというのだろうか。

「……もしや、貴殿は、」

「なんでしょう」

 こちらに向き直る至上の鉱石に、確信事項を問う。


「人界の二本足としては、最高の霊力使いなのではないか?」


 風は、そよかぜのように微笑む。肯定の笑みであった。



 嵐が過ぎ去ったあとの空気は、どこまでも穏やかだ。

「――そういうことだったのですか」

 簡単な自己紹介と状況説明を終えた直後、最高の霊力使いたる妖精は得心がいったように頷いた。

「あなたはやはり、望んで移住してきたわけでないのですね」

「ああ。俺の群れはエルフに潰されて、それから一頭だけで生活していた。そのさなかで騎者に出逢い、かのものが拠点とする人界に渡った」

 思い出したくもない、忌まわしくもかなしい過去。長い間自分の胸の内に仕舞いこみ、封印していた思い出。しかし今は、なんの躊躇いも抵抗も無く、こうして他者に素直に喋ってしまえている。そのわけにも、気づいていた。

「長い間、我が騎者の言いなりに過ごしてきた。それが当然と思い、最も生きるに楽な方法だと思っていたから。しかし、久しぶりに同族に逢って彼女に諭され、それが狭き視野だったと気づいた」

 今は、思う。

「魂の片割れが望みを叶えることが、ひとつの道ならば。その過ちを正すこともまた、ひとつの道だ」

「……あなたはもう、決意しているのですね」

「ああ」

 たなびく草の中で、蒼色の双眸は凛と前を見据える。


「俺は、我が騎者のもとへまた戻る。そして、命に換えても仲間かぞくを助ける」


 それを受けて。鉱石はゆっくりと瞬いた。

「その決意はわかりました。しかし、」

 風はまた、風のように微笑む。

「あなた一頭では、無理でしょう。そのことをあなたもわかっているはずです」

「……」

「しかし、あなた方は気高き一族だ。他種族に助けを求めるなど、滅多にしない。そのような選択肢は、相当に切羽詰まったときでしかあり得ない」

「……貴殿は、我が一族についてだいぶ詳しいようだな」

「家族があなたの同族と永年関わっていたものですから。生態及び付き合い方も、把握しております」

 悪戯気に双眸を瞬かせる妖精。その周囲で、風が笑いながら躍る。

《おうさまのようせい、しかえしする?》《おうさまのようせい、やっちゃう?》

「そうですね――エルフの恥さらしを放っておくこと自体、問題ですから。現代において数少ない『賢人』の端くれとして、」

 おイタするこどもには、お仕置きをしましょう。そう茶化す声で続け、浮かべた微笑みは秋風の如く爽やかだ。しかし、双眸はこちらが把握出来ないほどの深遠を湛えている。うっすらと思う、彼は我が一族に関して理解力が限りなく高い。殺気や負の感情すら、感じ取れないようにしてくれている。

「なので、自分にも手伝わせてください。きっと楽ですよ?」

「……」

 その気遣いに満ちた笑顔に、蒼の双眸は同様の感情を込めて微笑み返した。

「ああ、頼む」

 彼は謎が多い妖精だが悪人ではない。風が好む『ひと』に、悪なる存在はいないと識っているから。


 草原には、風が吹いている。嵐のあとの、澄んだ空気。そこに流れるのは、穏やかなのに、どこまでも毅く確かなものだ。小さくとも、強くも、激しくも、広くも、大きくも。そのまた逆さえもあり得る、かたち無くすがたも無い、ただの大気の流れ。


 風が転換した先、その結果は誰もまだしらない。風の名前など、付けがたい。

 在りのまま、先を征くだけだ。おのれがおのれであるために。存在を、魂を示すために。

「自分」を伝えるために、進むだけなのだから。


 形無き、思いを繋ぐ運び手。それは、かつての「王」たる少年が悟った心地に似ていた。



ティリオに風の加護を授けた「王」については、「Lila2」と「丁香花の君」にその顛末を載せてあります。


※騎獣は基本、騎者には服従する。ただし絶対というわけでもなく、個々の行動は個々の相性による。騎獣は魂の片割れたる騎者の傍にいればいるほど霊力は上がり、またこころも折れないため強くなることは確かだが、そのちからをすべて発揮するかどうかは彼らの意向次第。騎獣が癒しの霊力を使えることすら知らずに終わる騎者も存在した。蒼のの騎者はその典型(騎獣に好かれてなかったパターン)。

※共に過ごす時間が長く、精神的絆が強い騎者と騎獣は、もの言わず思念を伝え合えることが可能とされる。有名な例が、東大陸の新興国女王とその騎獣たる白い麒麟である。彼らは戦中の光明であったと同時に、阿吽の呼吸で繰り出す騎獣術で敵方を圧倒した。それはやはり、思念で会話が出来ていたからだったらしい。


アルセイドのじいさんは思念で会話は出来なかったみたいだけど、手綱取りが絶妙&無駄な殺生を好まない乗り手だったので、騎獣からは(ビジネスパートナー的な意味で)絶大な信頼を得ていました。流血ダメな麒麟が戦場を耐え抜けるのは、やはり魂を預ける騎者の性質にもよるのです。






まあ本人は嫁さん以外どうでも良かっただけなんだけどな!

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