二
ひとけり半ほどで到着したのは、修復者どのがすまう小国「アルカリー」である。中央大陸西北に位置する農業国で、その環境から小麦の育成地に適している。東方の地とは違った種類の穀物生産で知られ、輸出産物があまり競合していないので国と国との仲も良好なのだそうだ。ここまで騎者どのの受け売りである。
「ふぃ~めっちゃ涼しいわ。さすがアルカリー。空気乾燥してるだけでこうも体感温度違うとはな。夏の避暑に最適だわ」
我が背の上で、人間の青年は心地良さそうに声をあげている。すんなり同行を許可したのは、この国の冷涼な気候のお陰もあったらしい。
「アルカリー自体は建国百年ちょいのホヤホヤ新興国だけど。元は天災や戦乱からの難民が身を寄せ集って出来た国だから、国の内実も色々自由なトコがあんだよな。農業ばっかで工業発達してねえけど、これから発展してく余地があるっていうか。未開墾部分もまだ沢山あるし。特徴として、魔力の磁場と霊力の自然区域が丁度半々存在してるってのが面白いんだよな」
何より、国土がはっきりと分化しているのだという。東側は霊力の地、西側は魔力の地という風に。そのせいか、棲んでいるものも大雑把に二分化している。
「大体は中央大陸らしく、只の人間が大半。西側はとにかく『魔法師』が多いな。生まれつき魔力行使出来る輩が、西大陸ほどまでとは言わんが結構多めに生まれる。首都部に当たる中間地点を飛び越えて、反対の東側は霊法師が多め。多めっても、他国に比べると格段に少ないんだけど」
なんでも、超古代におこなわれた人間同士の戦で、西北に棲む霊法師は殆ど死に絶えてしまったそうだ。この地方の特徴として、季節風や空風が一年を通して強めである。自然環境においては風系統の霊気が多い。大昔に西北の草原を拠点とした遊牧民族、彼らに端を発した力ある霊法師が世界的にも有名であった。しかし、戦乱による無節操な殺戮で一族の直系は滅亡。血縁による霊力加護が殆ど途絶えてしまったそうだ。
ただし。
「霊力持ってねえけど、一族の家名を名乗る傍流ってのは今でもかしこに細々続いててよ。――実を言うと、俺の先祖にあたるのが、それの一派だったんだ」
シルフィード。騎者どのの、母御の家名である。ちなみに一族は既に「霊具大戦」以前に散り散りとなっており、事実上表舞台から消滅している。今やかの血を引くと世間に名乗っているのは、騎者どのだけなのである。
「まーじいさん曰く?『あれの父も周囲の人間もクズと下衆の集まり』だったんだとさ」
「二本足特有の、選民意識が堕落に繋がっていった例というわけか」
未だ角を傾げたくはなるが、人界に棲む人型種というものはそういうものなのだと取り敢えず自身を納得させてはいる。獣にとってつくづく把握の及ばない事象だ。進化と退化両方が隣り合わせで存在する生き物、それが人間なのである。
「そゆこと。大体想像はつくね。先祖から受け継いだ遺産があんまり豊かだったんでそれに乗っかって、ドンドン内部が腐っていった典型的パターン。俺の母さんの生い立ちもそんな感じだったみてえでさ。家柄はともかく、相当ヤな環境にいたんだろうなあ。まーどっかの暇なエルフがすぐさま天誅食らわせたみたいだけど。よいしょっと」
騎者どのは我が背から降り、含むような笑みをみせた。そのような顔をすると、確かに亡き長老どのの実孫なのだとわかる。造形はまったく似ていなかったというに。
しかし、祖父譲りであるが似合わないその表情は瞬時にかき消えた。
「……じいさんはずっと、母さんを暑ッ苦しいくれえ好いてたな。あの捻くれクソじじい様が俺に悟られるぐらいだから、相当だよ」
代わりにここ数ヶ月頻繁にするようになったとある表情を浮かべ、人間の若者は天を仰ぐ。見えもしない、聞こえもしない大切なものを、それでもたぐり寄せるようとする声。
「まさにイマサラなんだけど。……最近、めっちゃ思うんだ」
母の記憶持たぬ子は、溜息をつくように呟く。
「じいさんがあんだけ愛してた『リラ』って、どんなひとだったのかなって。出来ることなら、覚えてるうちに逢いたかったなって」
なんでだろうな。今希望したって意味ねえのに。そう彼は苦笑した。
我輩は黙って聞いてはいたが、脳裏では彼の言葉に応えていた。彼の声音と表情には、覚えがあったから。
(今の騎者どのは、百九十年前の我輩と同様だ)
かつて我輩も、事あるごとに母御のことを思っていた。すぐ傍に天使の我が友がいてくれたというに。彼が、寄り添ってくれていたのに。誰が傍にいても、何をしていても心はここに在らずで。ひたすらに過ぎ去った存在を考えていた。故人を懐かしむとは別の感情で、亡者を恋しく感じていた。かの群れにて養父どのらが迎え入れてくれるまで、ずっと胸中に留まっていた罪作りな感情。
亡き存在が、恋しい。
(それはきっと、)
今あるものでは満たされないから。寂しいから、そう感じるのだ。
国境から歩を進めること数分、とある集落に辿り着く。
「ふーん。東側の州・ベルクァの更に東端の町ね。大きめ集落にしては自然区域にも近いし、リョクにとっちゃこの国で一番相性良い土地でもあるこたぁわかるけど。ここに何か用なん?」
共に人型で市街を歩きながら、騎者どのが聞いてくる。
「――張り込み、だ」
「ハリコミ?」
活気あふるる市場にて、この地域における典型的主食だという雑穀粥を購入する。ちょうど昼から午後にかかる合間の時刻なので、食物の気配充満する集落に馴染むためである。決して食欲をそそる匂いに釣られたわけではない。
「修復者どのに霊具を専属手入れしてもらうため、月に一度この国を訪れているであろう。その都度、周囲の四元精や棲息霊獣と思念でやり取りを行い、自然区域における状況を報告してもらっていた」
「お前はいつだって、俺が知らないうちにさらっと精霊族っぽいことやってるよねー。ま、いいんだけどさ」
冷製粥を口に運ぶ。真夏であるが、空気が乾燥し風が市街にも吹いているため体感温度は低い。体毛が薄い人型では涼しいくらいである。
「で。そのお仲間からの報告に、なんか変わったことがあったっちゅーわけか」
「――うむ」
口に残っていた粥を飲み込む。強めの涼風が吹いたので、頭に深く被っている「ぼうし」を飛ばされないよう、指で更に引き下ろした。我輩の人型外見は人間の界隈において目立つことは判明しているので、人目が多い集落では軽く変装をすることにしているのだ。
「報告を受けたのは、つい先日だ」
今は特に、周囲から浮くわけにはいかない。長い深緑の髪もぼうしに押し込んで隠している。人界に来たばかりの頃は垂れ流していた霊気も、場に応じて抑えることを学んだ。騎者どのと出逢ったことで跳ね上がった霊力、それを巧く行使する術が時間と共につかめてきたお陰でもある。
「なんでも、昨今この集落に定期的に訪れる不審な精霊族がいるらしい」
「フシンなせーれーぞくとな」
「うむ」
報せを届けてくれたのは、市街のすぐ傍に永く棲息している風精である。たまに人型になって街を探索する癖のあるかのものは、ある時期から己の把握していないものが領域に入ってきていることに気づいたそうだ。
「『己と同様、本性は人型でない精霊族。それでいて本性の判別がつかぬほど巧妙に霊気を抑えていて、且つ存在感は並み以上。人間の気配に慣れている風情であるのに、身のこなしは人型らしからぬ稚拙なもの』」
しかしその不自然な稚拙さも、十年もしないうちに徐々におさまったそうだ。そして今では、周囲の人間と並んでも違和感が無いほどに溶け込んでいるのだという。
「? それがなんか不思議なわけ? 人間集落に慣れてない精霊族が、人型に変化してから段々慣れていくってのはよくある話だと思うけど」
「我輩も当初はそう感じたが。風精が感じ取った事実は、もうひとつあるのだ」
雑穀粥の中に匙を入れたまま、低く呟く。
「そのものが持つ気配は、人界のものではないらしい」
「人界の精霊族じゃないってことは」
「うむ」
本来ならば、天にすまう精霊族だということだ。我輩のように。
「……かのものは、丁度今時分のような『しゅうまつ』に訪れるらしい。そして界隈で人間が必要とするような生活用品を買い込み、速やかに去ってゆくらしい」
「バリバリに天界精霊族っぽいヤツなのに、人界に棲みついてるらしいわけね。しかも超自然区域とかでそれっぽく暮らすんじゃなく、わざわざ人型で人間っぽいことしてると。そりゃ不審だわな」
「うむ」
人界においては不審な天の精霊が人界の人間界隈を堂々と闊歩、しかも己の行動領域に勝手に踏み込んできた。気まぐれな性質を持ち基本的に無干渉を貫く四元精もさすがに訝しみ、かの存在を問い詰めようとしたそうだ。しかし。
「かの精霊族は、どうやら一体のみで生活しているわけではなく、人間と共に生活しているのだそうだ。ふとした行動もその人間と共同らしい」
「人間とワンセットってことか。俺とリョクみてえに」
「うむ。街中においても時折その人間が同行していて、周囲に寄り付く害意ある人間からかの存在を護る役割もこなしているとのこと」
「なんだそりゃ」
「今でこそそういった無防備さは皆無だが、十年ほど前は異性を無節操に惹きつけ、生殖行為を迫られている状態が幾度もあったそうだ。そしてその都度傍にいた人間に護られていたとのこと。どうやらかの存在の人型は、我輩と同様に目立つ類の外見らしい」
「……」
騎者どのは少し沈黙した。そして小さく「人外イケメンがまだいるってことかよ……ッ」と洩らした。荒んだ目つきの舌打ち付きで。彼にとって「いけめん」は未だ根深い撲滅対象なのである。そんなに人型精霊族の雄が嫌いなのか。
ともかく、風精によるかの精霊族への問い詰めは失敗した。影のようにぴったりと張り付いていた人間の手によって、阻まれてしまったとのことだ。
「風の四元精は四元精内においても比較的、人間に最も近い情緒を持つ。そのせいか、人間と交流することを好み、滅多なことでは人間の邪魔立てをしない。かたち在るものに永く執着もしない」
「ナルホドね。いちど拒まれちまったんで、もうそれ以上詮索する気無くなったってわけか。飽きっぽい風っコらしいわ」
そんな風らしい風だが、我輩の思念にはちゃんと応えてくれた。『同じ属性持つ霊獣相手には、なんとなく協力したくなる』せいなのだという。
「ともあれ、かの存在が未だ不審不詳の存在であることは事実。これは我輩自身が張りこみ、調査をすべきと感じたのだ」
「ふ~ん」
中身を食べ終え、空になった器を布の端で丁寧に拭く。心地よい涼風がまた、通り抜けた。騎者どのも、同様の仕草をする。
「それにしたって急だよな。もちっと早く言ってくれりゃ、俺だって準備出来たのによ」
「……済まぬ、アルどの。我輩の計画性の無さによる、突発行動ゆえ」
「もーいいよ。リョクが口より先に脚が出るのはしゃーない」
軽口めいた口調で言いながら、人間の若者は二人分の食器を重ねた。持ち運び式の簡易器を丁寧に畳み、荷物の中に仕舞い直す。新興国の地方市場が特徴として、こういう屋台食品は測り売りであることが多い。器と金銭さえ持参すれば、それに入る分だけ売ってくれるのだ。
「それに――これまでずっと、俺のワガママに付き合わせてたから」
彼が肩にかけている大きな旅行鞄は、ここ数十年ですっかり使いこまれている。突発的な外出に対応出来るように、簡単な着替えと宿泊用品が予め準備されているのだ。
「これからは、お前のワガママに付き合ってやるよ」
一緒に携帯して久しい家宝の剣も、今やしっくりと持ち主の手に馴染んでいる。人間の市民生活において武器を帯刀するのは悪目立ちするので、今は軽く布で覆ってあるが。持ち主曰く「それっぽく包んで肩に引っ掛けるだけで、フツウの剣道青年っぽくなんだよ」とのこと。
「……感謝する」
大荷物と稀少霊具を持ち運ぶことに慣れた青年は、軽く笑んだ。緑の瞳が、いつもの茶目っ気とかたち無き覇気を載せて瞬く。
「いいってことよ。騎獣の頼みだしな」
謎の精霊族及びその同行者が集落に訪れるのは、「しゅうまつ」の一日、午後のある時間帯のみ。人間の方は割かし頻繁に訪れるそうだが、もう片方はしゅうまつにしか現れないそうだ。
「ぶっちゃけ週末に限定しなくても、風っコに同行者がどんなヤツか教えてもらって、その人間と話せば精霊族の正体もわかるんじゃねえか」
「風の四元精が、只の人間の特徴を記憶していると思うか」
「……とっくに忘れてるだろーな」
「そういうことだ」
せめてと教えてもらっていた、場所。その精霊族らが必ず訪れるらしい、日用雑貨売り場の入り口にて待機する。大の男(しかも揃って体格が大きい)がふたり、小さな店の前に陣取っているのは悪目立ちするとの危惧を受け、そこから少し離れた箇所にてさり気なく休憩を装いながら。
(我輩と同じ、天にすまうもの)
かの存在が、人界にて生活しているという事実。それは地味ながら尋常なことではない。
(なぜなら、)
人界は、天に比べて格段に過ごしにくい場所だからだ。雑多な気配、生き物の臭気やそれ以外の様々な匂いがところ狭しと充満し、霊力だけでなく相反するちからである魔力も幅を利かせている。このような場所にすまうものは、それなりに適応している生き物だ。そして、本来なら天にすまうべきものは、生まれつき人界に適応しているとは言い難い。長期に渡り滞在するとしたら、それなりの準備期間が必要なのだ。それこそ、最低でも人界の空気に「慣れる」時間が。我輩のように。
(かの精霊族は、どの程度人界にて暮らしているのだろう)
風精の報せからして、最低でも十八年は人界に留まっている。人型に変化している時期も、それなりのはずだ。
(一体、)
「如何ような、存在なのか」
「お? やっぱ気になるか、天の獣としては」
「そうであるな。我が一族の事変に、必ず関係があるとは断定し辛いが。それでも、話は聞いてみたい」
「そだな。……んじゃリョク。俺はちょっくらオシゴトしてるから」
「うむ」
騎者どのは家宝を傍らに置き、鞄から書類を取り出した。道の脇にあった平たい木枠の上でがさごそと作業を始める。こういった突発的移動の際でも、ところ構わず物を書く作業に移れる辺り、やはり慣れたものだ。
「ねえそのひと。何やってるんですか」
「あ、ども。ルギリアから来ました訪国研修生っす。各国市街地における出入り人口を調べてまして、カウントしてるんです。あと簡単なまとめもしてます。邪魔だったら言ってください」
「なーんだそうですか。邪魔じゃないですよー、学生さんがんばってねー」
道行く人間の訝しげな視線は、彼の害意の無い笑みと口八丁で霧散した。雰囲気だけで安心させることが出来る性質は至極、得がたいものである。我が相棒の長所のひとつだ。
張り込み時間は短くは無いだろうことは判明しているので、我輩としても楽な姿勢で見張りを再開した。
・
・
・
どのくらいの刻が経っただろうか。
「……」
「……」
我輩らは、沈黙していた。雑貨店の入り口を変わらず見つめながら。いつの間にか、騎者どのの書類作業もとっくに終わりを迎えてしまっていた。視覚的に文字を追いづらくなったせいとも言う。
「……」
「……」
周囲は、暗くなりつつある。既に夕刻となっているのだ。
「……なーリョク」
「……なんだろうか、アルどの」
雑貨店から、店主らしき人物が出てきた。からからと店の扉を閉め始める。
「……ホントにこの店に確実に来るって情報なの? 風っコの勘違いじゃなく??」
「……その、はずであるが」
ぴしゃり。扉は完全に閉められてしまった。
「……」
「……」
「ッて待て! そこのおじちゃん!!」
騎者どのは突如叫び、雑貨店の方へと駆け寄った。今まさに店の奥に引っ込もうとした男に、話しかける。
「店じまいんとこ悪いね。あのさ、知りたいことあんだけどいいかな?」
「ん? なんだい兄ちゃん」
ひょい、と振り返る人間の店主に、人間の若者は畳み掛けた。
「この店に週末になると来るらしい、えっと、なんつうかフツウの人間じゃなさそーなヒトっている!?」
「は?」
「~~なんて言ったらいいんかな、」
言葉に詰まり、がしがしと黒髪を掻く騎者どの。そういえば、彼にはかの精霊族の外見的特徴を伝えていなかった。
さり気なく周囲に目を配る。街中には昼間と比べるとひと気が少なくなっており、夕食どきということもあって道ゆく人間も急ぎ足だ。うっすらと夕闇で視界が暗くなりつつもある、顔を見せる程度であったら目立ちはしないだろう。
「店主どの」
騎者どのの背後から一歩進み、ぼうしを頭から取る。肩と背に流れ落ちる、長い深緑の髪。
「若草色をした髪と同色の両眼持つ人物が、ここの常連のはずだ。――我輩と同様の髪の長さ持つ、かのひとが」
「……!! あ、ああそうだけど」
こちらを認め、瞳を驚愕に見開きつつ返応してくれる雑貨店の店主。見た目より動じない人間のようである。……いや、もしかしたら、人型精霊族を見慣れているせいなのだろうか。
「突然の問い、礼儀を失していることを詫びよう。しかれど早急に把握したい事柄があるのだ。若草の髪持つかのひとは本日、ここには訪れていないように見受ける。よろしければ、かのひとがいつこの店に訪れるのか、知りたいと存ずる」
「え、どうしてだい? まさかとは思うが、君たちもワカバちゃん狙いなの?」
ワカバ。
「それが、かのひとの御名であるか」
「ああ。――知らないってことは、君たちはワカバちゃんの知り合いじゃないんだね。ナンパ目的? だったら気の毒だけど望み薄だよ。悪いこた言わないから諦めときな」
一旦把握がつき、安心したのか、べらべらと喋り始める雑貨店の店主。
「なんせワカバちゃんには昔っからずぅっと専属ボディガードさんが引っ付いてるからね。たまーにひとりで来てくれるときもあるけど、ホントにたまーにだから。いくらワカバちゃんが超絶可愛いからって、そこらの男じゃナンパは無駄だよ。下手に手を出したらボディガードさんに蹴り飛ばされるよ、冗談抜きで」
人界に来て久しいが、またもや我輩の知らぬ言葉が登場したようだ。
「アルどの、『ぼでぃがあど』とはなんだ」
「あー直訳すれば、護衛ってこと。……どーゆーことだよ、只の人間が天界精霊族の護衛って。フツウ逆だろーが」
後半は低く呟いた騎者どのは、訝しげに緑眼をしぱしぱとさせている。それも束の間で、瞬時に気を取り直して店主に向き直り、聞き込みを再開した。
「おじちゃん、俺らはワカバちゃんとやらを(今んところ)ナンパする気はねえの。でも、ちょっとした都合によりどうしてもそのコのこと知りたいだよね、どんなコか知ってる? 知ってたら教えて欲しいな」
「なんだかカッコ内に不吉な予感がしたんだけど」
「まーまーそゆこと気にせずに」
「気にするって」
ぽんぽんと会話する人間ふたり。初対面でも友人同士のように気軽に会話の出来る騎者どのは、つくづく羨ましい性分だと思う。こういうところも彼の長所である。
瞬く間に気を赦したらしい店主が、でっぷりとした腰に手を当ててこちらを見やった。
「う~ん、見たところ、ナンパじゃないってのは嘘じゃなさそうだね。けど、お客さんの個人情報をおいそれと流すわけにはいかないからなあ」
「おじちゃん、それ今更だって。ワカバちゃんの名前もおじちゃんから話しちったじゃん」
「そうだっけか。ああそうだったな、今更かー」
「今更さー」
「「あはははははっ」」
どうやらこの人間ふたりは、波長が合う性分らしい。
「まあ君たちはなんとなく、悪いひとじゃなさそうだね。――それに、」
店主の視線が、不意にこちらに移された。余談ではあるが、人型時の我輩と真正面から視線を合わせても動揺を引き摺らない人間というものは、稀少である。そしてそれは。
「そっちの緑の髪のひとは、きっとワカバちゃんと近い種のひとだろうから。悪いようにはしないよ、ね」
同じような外容の生き物を見慣れているという、証だった。
そしてこの時が。我輩がかの名を知り得た、最初の瞬間だ。
『ワカバ』。
長き年月を跨ぐ、我が一族の失踪事件。それに関わる同族の一頭であり、巻き込まれた当事者でもある、雌の名だ。
そして。
我がつがいの、呼び名でもある。




