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我輩は騎獣である  作者: KEITA
間章
41/127

若葉の巻4


 時が経つのは遅いようでいて案外早い。不思議な生き物からワカバを託され、我が子と一緒に我が子同然に育ててから更に歳月が重なった。

 その間、ドリスの実子は大人になり結婚もした。ドリス自身もだいぶ老いた。しかし四本足の娘は見かけが小型の馬程度の体躯のまま、成長が殆ど停止し老化もしないようだった。

(まあそういう種なんだべな、多分)

 そういうものとしてドリス達は受け入れたが、ほんの少し懸念要素も残った。

(このままだと、ワカバが『てんにかえる』までおらは生きていられるかどうか)

 自分はしがない木こりであり、命数の短い只の人間に過ぎない。対してワカバは命数が計り知れない霊獣であり、どうやって生きてゆくのかさえ把握出来ず、見届けられない。姿かたちからして人界で一頭のみで生活するには不安が残ることは当初から知れていた。なのでドリスは家族以外にはワカバの存在を報せていない。なぜだか、彼女を本性のままで世間一般に知らせてはいけない気がしたのだ。しかし、そのせいでワカバはドリス一家と離れては生活出来ない。

(……まあ、おらが死んでもコーラたちがなんとかしてくれるべ)

 今はただ、そう思うことにした。



 しかし、万事はそううまくはいかないものだ。かつてドリスの夢が呆気無く破れたように、悲劇不運というものは限りなく未来に待ち受けている。


 人間の命数と言うものは、短い。そしていのち自体、不定期且つ儚いものだ。そのことをドリスがつくづく感じ取ったのは累計にして三度である。一度目は両親が死んだとき、二度目は女房に先立たれたとき、そして三度目は。

「嘘だ……ッ、そんな、そんな、」

「とうさま、」

 慰めるように角を摺り寄せてくるワカバに縋りつき、老いた木こりは号泣した。旅行に出かけた娘夫妻の事故死、その報せを手にして。

「あああ、コーラ、なんでおらより先に……ッ」

「―――」

 もうひとりの娘は、何も言わず慟哭するドリスに寄り添ってくれた。



 何年が過ぎ去っただろう。ドリス自身も、己の命数を終える時期となっていた。


 老齢となり、さすがに木こりを続けることこそ出来なくなったが稼ぎはちゃんとあった。長年続けてきた動物保護官の功績が国に認められ、年金がおりるようになったのだ。そして培った経験を元に霊獣の生態や自然区域内での生活の仕方を解説し出版した書籍も世間に好評で、それによる印税も暮らしの助けとなった。人間、なんでもやってみるものだ。

 それに、愛する女房と実子に先立たれたドリスであったが、独りになったというわけでもない。


「お爺ちゃん、ただいま」

「ああお帰り、テス」

 集落での買い物を済ませ、家に帰ってきたのはドリスの孫娘である。娘夫妻は旅先で不幸となったが、忘れ形見を遺しておいてくれたのだ。遠出をするからと、生まれたばかりの娘をドリスの元へ預けていた。これが結果的に彼女の命とドリスの心を救うこととなった。

「本当にやんなっちゃう。街の連中は今日もワカバに付きまとって鬱陶しいッたら。蹴りつけてやったわ」

「ははは。ワカバはモテるべなあ」

 談笑しながら買い物を卓上に置く孫娘。その背後から、若草色の髪の毛をした娘が顔を出す。――孫娘と引き合わせてから、なぜか人型に変化出来るようになったワカバである。

「ただいま、とうさま」

「お帰り、ワカバ」

 ひとの形に転じられるようになったお陰で、ワカバの生活可能区域も広まった。孫娘が近くにいるだけでどうしてだかワカバは気分が良くなるようで、更に血臭にも強くなり、人間の込み入った界隈の中でも平気になった。この分だと、ドリスが死んだあとでもちゃんと生きてゆけるだろう。

(なんでテスとワカバがこんなに相性がいいのかはわからねえが……いい方向に向かってるってことだけで、御の字だべな)

 そう思うことにした。ドリスにとって大切なのは、娘と孫娘が平穏無事に暮らせることのみだからだ。

「ワカバ、脚が疲れたわ。冷湿布貼ってちょうだい」

「うん。……テス、ちょっと太った? 太腿むちむちしてる」

「な、言ったわねッ! ワカバこそ、最近二の腕たぷたぷしてるじゃない」

「えーそんなハズ無いよ。ちゃんと運動してるもん」

 年齢差はあるのだが、まるで同年代の友人同士のような会話をする少女たち。佇むだけでドリスの家も心も華やかにしてくれる。

 夢は破れはしたが潰えてはいない。宝物は減りはしたが無くなってはいない。そのことを噛み締めながら、老いた元木こりは微笑んだ。



ドリス=セウ=スペイオ(ドリス/ドリー)・・・只の人間だけど、住居が霊力に満ちていたため結構長生きしました。順当にいけば優秀な奏者となっていただろうに、よくある練習のし過ぎ、笛の吹きすぎで唇を壊してしまったタイプです。通常生活には支障が無いのに、楽器咥えただけで痙攣しちゃうくらいになってしまったので泣く泣く夢を諦めたひと。けど根本的な願望は叶えられたのでそんなに苦しい人生でもなかったっぽい。良かった良かった。

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