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我輩は騎獣である  作者: KEITA
間章
38/127

若葉の巻1


 ドリーの小さな頃の夢は笛吹きだった。絵物語の登場人物に憧れ、こども心に思ったものだ。

『おらも笛さ吹いて動物となかよくなるべ』

 そう、昔からどこか夢見る幼児だったのだ。ロマンチストとも言う。

『動物となかよく、たのしく暮らすんだ』

 その根本にあるロマンチストな部分は、今でも変わっていない。



 幼児の夢は、少し成長してからやや現実的に変容した。

『おらの将来の夢? ……楽隊に入るんだ』

 田舎から出てきた少年は、都でも有数の音楽学校に通った。幼い頃の名残で横笛や縦笛を吹くことが好きだったし、楽器を自在に奏でて妙なる調べを自分の手で編み出したいという一種の職人的な嗜好が絡まり、将来の夢は国のお抱え交響楽団に入って毎日好きな笛を吹くのだというものに変わっていた。

『笛吹いてると、落ち着くんだ』

 元々音楽的な素質はあったし、手先も器用で練習の虫でもあったのでどんどんと笛の腕前は上達した。好きこそものの上手なれという言葉は、ドリーにとっては真実だった。

『もっと練習すんべ。都会は上手なひとが沢山だ。おらも負けねえ』

 努力家の努力が功を奏し、音楽学校をほぼ首席で卒業。念願の楽団にも編入が決定した。

『まだまだ練習すんべ。楽隊に入っても足引っ張らねえようにしないと』

 ドリーの昔から変わらない欠点のひとつとして、自身の限界を考えないことが挙げられる。この時はまだ無自覚だったが。


◇ ◇ ◇


「ふう」

 ドリス=セウ=スペイオは切り倒した木々を前に、一息つく。腰に提げていた布を取り、滴った汗を拭った。丈夫な作業手袋を外して現れた手の平は、分厚く硬い皮が張っている。木肌よりも硬いんじゃないかと誰かに言われたこともある。太くて短い指には、ところどころ絆創膏が巻かれていた。それも指先を切ったから貼っておいたというものでもなく、関節部分をしっかりと覆って保護するように。

(一週間の薪は確保できたべ。かかあのところに帰るか)

 細いものを持ち運びやすいように均等に寸断し、背負える分だけ背負う。残りの部分は少しずつ運ぼうと頭の中で計画しながら、ドリスは帰路についた。

「今日の夕飯はなんだべな」

 長時間の伐採作業で身体の芯には疲労が残っている。背に負う数日分の薪も重量はかなりある。しかし足取りは軽かった。女房の作る飯は美味いのだ。

 道中、兎獲りの罠にかかっていた獲物に手を合わせてから息の根を止める。家に帰り着くまでは生かしておいたほうが衛生面で安心だという意見も有りだが、ドリス的には受け付けない。何が愉しくて動物に苦しみを長引かせようと強いるのか。

(おらに出来るのは、いのちの恵みに感謝して早く楽にさせてやることだ)

 そのことを胸に、脚を縛った獲物を薪木の脇に引っ掛けて山道を下る。途中随所に油断無く視線を送りながら。

「夕飯は兎のソテーがいいべ」

 そんな独り言を発する木こりは、声音こそのんびりとしていたが身のこなしに隙は無かった。


 とある事情により夢破れた男は、都会から故郷の田舎に帰ってきていた。よくある展開とも言う。戻ってきた男は家業の手伝いをしながら自立の道を探し、そしてようやくそれを見出した。木こりという、ハードながら実にシンプルな職業だ。

 ただし、前置きに「密漁取締り」という肩書きがつく多少特殊な杣夫でもある。



 大気内が霊力に満ち、その恩恵で植物の発育が異常に良い場所のことを「自然区域」という。放っておけばどんどん動植物が増え、魔力持つ生き物なら足を踏み入れることさえ出来ない「超自然区域」または「秘境」とされる場所に変貌してしまう。

 霊力というものはこの世の不思議のひとつだ。近代化した人間の機械や兵器などでも到底及びがつかない。下手に手を出せば倍も被害が降りかかるだろう。そのような理由もあり、人間が超自然区域にまで進出するのは滅多なことではあり得ない。良くてドリスの家のように、ただの自然区域周辺にて細々と暮らす程度だ。霊力の恩恵というものは凄まじいので、それだけで充分なのである。

 ただ、未知なる超自然区域の奥には膨大な自然の恵みが存在する。それこそひとつ持ち帰っただけで人間の界隈では天然遺産級、垂涎の的、喉から手が出る程度では言い足りない、至高の宝物とされるような。

 そういった稀少物を求め、古代から狩人らが超自然区域に数多く踏み入った。採取された植物や狩猟により持ち帰られた動物の骨肉及び甲殻が、単品でとんでもない効能を齎すことが知られたからだ。なんでも普通の自然区域には存在しない種の生き物が、秘境の奥に何匹も何頭も生息していたらしい。その場所を知った人間の多くがわれ先にと殺到し、一時期は稀少生物の売買及び関連物品が山ほど取引されていた時代もあった。

 しかし。

 問題は、乱獲されていたその生き物らがこの世界の生き物でなかったことだ。形体からして類を見ない獣、それは「天界」という異世界に棲息していた生命体・霊獣であった。人界の超自然区域・秘境は、霊気に満ちた霊気の界と直接繋がっていたのだ。人間は知らず、侵してはならぬ場所に土足で踏み入り聖なる獣を好き勝手に狩りまくっていたのである。

度を越えた狩猟は、生命の恵みを軽んじる罪に直結する。人間らに文字通り「天罰」がくだったのは間も無くのことだった。


 天界より直々に「始祖霊獣」と称される生き物が降臨し、その絶大無比な力で狩猟人を皆殺しにしたのである。邪魔する者も、すべて粉砕して。


 圧倒的な自然の力というものの前では、人間なぞ只の矮小な生き物に過ぎない。

 いかに賢しい知を働かせようと数でなんとかしようと、大いなる怒りに触れてしまったからには遅すぎる。そのことを痛いほど知らしめてから偉大な獣は人界より去っていった。

 残されたものは人間の死屍累々、滅茶苦茶に破壊された超自然区域周辺の人間集落。始祖霊獣が移動するだけで、天候及び自然現象に影響がもたらされるのだ。その跡をまざまざと見せ付けられた人間らに、もう超自然区域での狩猟を続けようとする意思は殆ど無かったといってよい。


 そのような事象があってのち、時間をかけて人間の界隈は復活した。しかし「天罰」後はさすがに生活様式が変わった。霊力に満ちた場所には殆ど寄り付かなくなった。そうしていくうちますます超自然区域は人間にとって棲みにくい場所にもなっていったのである。

 しかし、時間というものは傷を癒す最大の薬であると同時に、記憶に刻まれた戒めを薄れさせる効果ももたらす。そしてどの世界でも異端児及び違反者は存在するものだ。

 秘境への不審な侵入者、そして霊獣の密猟者。その数は昨今急激に増えつつある。

 詳しい背景は不明であるが、やはり一番の理由は時代であろう。千五百年ほど前に巻き起こった通称「霊具大戦」により自然区域に棲息していた妖精らが激減し、散り散りとなったことが大きい。彼らに最も近い種であった人間にもその余波がもたらされたのだ。

 生き残った妖精らは、生き延びるために人間の界隈に溶け込もうと欲した。そのため人間にとって精霊族及び霊力というものは格段に身近なものとなり、自然区域や超自然区域の脅威めいたものも薄れていったのだ。

 そして彼らの専用棲息区であった場所もじわりじわりと人間の手が入り、今では自然区域のいたる箇所に人間の集落が広がっている。そのこと自体は別に罪でもなんでもないのだが、暗黙の了解であったはずの自然産物乱獲禁止、それを無視して好き勝手する輩が増えてきているのが、新たな問題であろう。

 古代の惨劇。それをうっすらと恐れる人間は、国によるが密猟者を取り締まる法律を作った。それが、ドリスのような動物保護官である。

 自然区域の周辺か、そのさなかに居を構え不審者を監視する。そして区域内を見回りながら生活する。それが簡単な仕事内容だ。国家公務員に近い職だが内実はボランティアに近く、稼ぎ自体は無きに等しいので、動物保護官の多くが兼業である。そしてドリスも、そうであった。

 木こりと兼ねるのは結構効率が良いのだが、やはり多少ハードである。けれど、ドリス自身は粗方満足していた。

(だって動物と仲良く暮らせる夢は、叶ったもんな)

 夢破れた男であったが、夢がすべて潰えたわけではなかったからだ。



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