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我輩は騎獣である  作者: KEITA
間章
36/127

風の巻3


 がちゃっ!


 扉が勢い良く開く音がした。次いで、外の嵐が吹き込む音も。

 そして。

「何をやっているのですか」

 静かな怒りを込めた声。高すぎも低すぎもしない、爽涼な男の声。

「――状況からして聞くだけ野暮というものですね。彼女からすぐさま離れなさい」

「なんだ、お前は」

「……!?」

 赤諷が被さっているので、嵐瑛には玄関扉に立っているだろう人物がわからない。状況がつかめない。声からして、知らない相手だ。

「聞こえなかったのですか? 彼女から離れなさいと自分は言いました」


びゅおうっ


 小さな玄関の扉から、勢い良く吹き込んできた嵐。――いや、風。

「おあっ」

 低く悲鳴をあげ、赤諷の大きな身体が上から退いた、いや退けられた。

「うぁあああぁぁぁ……」

(なにが、)

 何が、起きたのだろう。すべては一瞬のことだったので、嵐瑛には全部を把握は出来なかった。しかし、吹き込んできた強風に雨粒は含まれていなかったこと、木枯らしが舞い戻るかのように一回転した風に、大の男の身体が木の葉の如く躍って外へ引き戻されたこと、悲鳴がつむじ風のように遠くへ消え去っていったこと、貞操の危機を自分は間一髪で救われたということ、そして、今度新しく入ってきた男は――

「大丈夫ですか、エルフの末裔さん」

 爽涼な美声と共に、手がそっと差し出される。襲われかけたその直後で、しかも男の手だったのにさほど抵抗無く広くて温かな手の平を握り返してしまった。

「あ、はい、だいじょうぶ、です」

「無理はなさらないで下さい。立てますか」

「は、い」

 肌蹴られただけだった前を合わせ、手を貸してもらいながらよろよろと立ち上がる。まだ震えが根底に残ってはいたが、温かで労わりの感じられる手の感触に徐々に落ち着いてゆく。

「怪我は」

「ない、です」

「それは良かった」

 まるで鼻先を擽るそよかぜのように。男は声音と目元だけで軽く微笑んだ。凛々しくも厳しかった眼差しがふわっと解け、物柔らかな空気が玄関内を満たす。

(なんなの、このひと)

 嵐瑛は未だ完全に状況把握が追いついていない。だというのになぜか強制的に気分が鎮静してしまったのは、どうしてだろう。まして、男に恐怖を抱いた直後なのに。

 ちら、と背の高い訪問者を見上げ不意に納得がいった。このひとは男性だが、あまりに外見と雰囲気が現実離れしているせいだな、と。




 嵐瑛を救ってくれたのは、昼間道を尋ねてきたあの旅人だった。

「自分は先日この国に入ったばかりの者です。この地域のご領主に挨拶をと思ったのですが、お茶をいただいてつい隣国の話に夢中になっている合間、時間を忘れてしまいまして。今夜いっぱいは荒れる天候だということで、一宿させていただけることとなりました」

 涼やかな風のようなのにどこまでも落ち着いた、丁寧な口調。青紫色の両眼は室内の明かりを反射して優雅に瞬く。分厚い布に隠されていた頭髪は複雑な色合いをした金髪だった。基本は金なのに灰色がうっすらと表面にあるような、光の加減によって銀色にも感じられるような。肌は黄味と乳白色が絶妙に織り交ざる色で、陽に焼けているようなのに表面にシミなどはひとつも見当たらない。

(やっぱり、異国の方だったんだ)

 顔立ち自体もこの国のものではない。ただ異国人だからという説明では追いつかないような存在感を持っている。

(それにしても……、すごい、美男)

 目の形といい、鼻や口の造形といい、布を取り払った彼の顔は凄まじいばかりに整っていた。まるで至高の鉱石を名工が丁寧に削り、極上のかたちに仕上げて命を吹き込んだかのような美貌だ。無機質な感じがしないのは、その視線が静かでいて強い光を帯びているせいだろう。そして全体に漂う凛とした空気とそれに違わない美声が、普通の人間とは一線も二線も画しているように感じる。

 そして、やはり彼の耳は細く尖っていた。

「在宅のはずの息子さんらにも挨拶をと思いましたが、どこにもいらっしゃらないということが判明しまして、」

 使用人らが探し回った結果、使っていない穀物倉庫の奥に簀巻きになって転がっている三男坊を発見したとのこと。よほど抵抗したのか身体中が打ち身にまみれ、特に頭の傷が大きく、そこから流れた血で周囲が赤く染まっていたそうだ。

「そ、それで! 青風は……ッ、簀巻きになってたひとの、怪我は!?」

「落ち着いてください、彼は大丈夫です」

「でもッ」

「すぐに自分が『癒しの霊力』にて応急手当を施しましたので打ち身は完治されてますし、流血もおさまりました。ただ、血を多く失っていたせいで動くこと叶わず、只今は輸血と安静の最中です」

 青くなって玄関の扉を開けかけた嵐瑛を落ち着かせるよう、旅人は静かな声音で言った。髪と同色の存在感ある睫毛が翻る。

「屋敷の方々がもう一人の息子さんを探しておられるなか、彼は切れ切れにあなたの名を呼んでらっしゃいました」

「―……」

 胸が詰まる。あのぶきっちょな幼馴染が、精いっぱい嵐瑛を護ろうとしてくれたのが目に浮かぶようで。

「もしや彼はお兄さんの行き先を知っておられるのかと思い、意識が戻られてから聞いてみたのです」

 青風は、嵐瑛の家に行ってくれと言ったそうだ。屋敷のものは領主の指示で長男捜索に駆り出され、他に彼の言葉を受け取るものはいなかった。血液不足で朦朧とする身体でなおも起き上がり嵐瑛の家に向かおうとしたので、自分が向かうからと言い聞かせ、領主の屋敷からこっそり飛び出してきたとのこと。

(青風……、ごめん、ごめんね)

 嵐瑛は唇を噛む。自分があの長兄を食い止めろと発破をかけたばっかりに、あの平和主義者に無茶をさせてしまったのだ。襲われた自分のことより、実際に被害を被ってしまった青風のことが胸に痛かった。それでもなんとか泣きそうになった顔をこらえ、恩人に頭を下げる。

「どうもありがとう、ございました。あなたのお陰であたしは助かったし、青風も助けていただいたみたいで」

「いいえ。むしろもっと早く来れればよかったと、後悔しているところです」

 青紫色の宝石めいた瞳が、軽く伏せられる。己の内部にある深遠を見つめるように。零された声音は、低く苦かった。

「望まない相手に好き勝手に触れられること自体、嫌なことでしょう。特に、女性にとっては」

 外は一段と雨足が強くなったようだった。



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