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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第二章
24/127

「久しぶりだね、緑のイヴァ。元気そうだ」

「うむ。主天使どのも息災のようで、何より」


 我が友を伴い、「上層部」に脚を踏み入れる。懐かしい白い建物、かぎ覚えのある匂い、天使にとって心地の良いとされる霊圧。それらを感じながら我輩はかの主天使どのに再会した。

「ざっと七十年か。成獣となるには充分な時間だったようだね」

 最初に逢った頃は目線が上の位置にあったのに、今ではその鮮やかな碧眼が下の位置にある。我輩の体高がだいぶ伸びたのだ。

「最近の捜索状況を話そう。――キュリスの使役、お茶を淹れてくれる?」

「は、はいイオフィ様っ」

 向けられたその声に、直立で返応する我が友。その腰と背に携えられた水色の物体、それに目を走らせた主天使どのの顔に薄く笑みが浮かべられたのを、我輩は感じた。

「……本当に、面白くなってきたな」

 低く洩らされた声も。




 うねった暗い色の銀髪、色鮮やかな碧眼、そして静かながら圧倒的な覇気と威容。我輩の様が変容したというに、彼の外見は変わっていない。しかしその迫力は前にも増して大きくなっているように思う。これは我輩の感覚が鋭くなったゆえだろう。この天使は思った以上に実力者なのだ。

「捜索状況としては悪い意味でも良い意味でも動かずってところだね。新たな失踪者は出ていないけど、失踪したものも見つかってはいない」

 主天使どの長く骨ばった指が湯気の立つ茶器を口元へと運ぶ。

「ただ――ここ五十年、少しばかり変化もあった」

「変化?」

「ああ」

 白い建物の広い部屋、そこに漂う茶の香りと静かな声。

「下層における空間の穴が、増えてきている。それも、人界側から開いたものが数多い」

 かたり、と茶器が置かれた。

「自然に開いた亀裂じゃない。明らかに人為的・意図的な力で、こじ開けられようとしている箇所が多かった。つまり『入ってこようとされている』んだ。人界から、天界にね」

「……それは、」

「詳細はまだ不明だ。見つけた端から取り敢えず塞いでいるし。放っておいたら人界からの侵入者で下層が荒らされてしまうからね。――ああ、貴殿が付けておいた目印部分は弄っていないから安心して。貴殿の霊力で閉じ蓋のような効果もあるし、それ自体は問題でもないから」

「……」

 天から出入り口を開くのは割りと簡単だが、人界からとなると実際は難しい。人界は天と違って雑多な気配で満ち溢れており、霊気濃度の高い場所であっても綻びを見つけ出すのは困難極まりないのだそうだ。運よく亀裂を入れられたとしても、そこから通り抜けられるほどに穴を広げるためには時間と根気を必要とする。すぐに天に移動したいと欲するものには、何よりも天に棲むものの手助けが必要だという。

「人界から移住してきてる妖精の多くが、天下層に棲む先駆者の助けを得ている。そうでなくても相当の時間をかけて少しずつ穴を広げて、苦労しながら移住してきている。そして広げた穴はすぐに塞いでいる。それが暗黙の了解ってものだったからね」

 だが。

「昨今開いていた穴は、どれもが不可解なものだ。妖精の移住を目的としていない、自然に入った亀裂でもない。どう考えても「侵入」の意図で開けられたものだ」

 苦い心地にならざるを得ない。昔、その侵入者によって我輩は哀しい経験をしたから。

「僕が確認するまでもないことだけど。……十中八九、失踪事件に関わりがあるだろうね」

「……我輩もそう考えていた」

 そっと視線を伏せる。背に走る痛みに似た疼きを抑えるように。




 今現在の捜索状況を把握したのち、我輩は友と一緒に中層まで舞い戻った。

「これからどうする? 下層と中層に棲む二本足の輩とは、ほぼ知り合いになったみたいだけど」

 かぼかぽと歩を進めながら、背中に跨る友の言葉に答える。

「天使は不定期に生まれるし、妖精の移住者は年々増えている。それにまだ中層を駆け終えたとは言えぬ」

「そう言ったってほぼ制圧してるようなもんだと俺は思うけどねー……きみはイヴァにしては本当に謙虚だよ。もっとその脚を誇ったっていいのに」

「いや、まだ足りぬ」

 そうかな、との言に、そうだ、と応えながらふと嘆息した。最近は無視出来ないほどに背表の疼きがひどいのだ。これも成獣となったゆえの仕方ない弊害と思いたいが、それにしても気になる。

「……背が、痛い」

「俺が乗ってるのに?」

「うむ。物理的なものでなく、こう、」

 身のうちから湧き出るような、痛み。

 足りぬのだ、と内なる己が吼えている。

 足りぬ、すべて足りない。


(騎者は、どこにいるのだ)


 見つけなければ。そうしなければ、我輩は前に進めないのに。


● ● ●


 幾多の経験をした。出逢いがあり、別れもあった。

 すべてが、我輩の糧となった。

 しかし、まだ足りぬ。

 世界は、かのように広いのだ。まだ、我が決意たる目標に近づいているどころか、目当ての場所にすら到達していない。

(人界へは、まだ行けぬ)

 騎者に、我が魂の片割れに出逢えぬ限り、我輩は只の獣のままなのだ。そのことを痛く感じつつ。



 成獣となってから更に数十年の歳月が流れた。天は広く深い場所なので、駆け回っているだけであっという間に過ぎ去ってゆくのだ。


 久方ぶりに再会した黒き天使どのは、顔と声を引き攣らせながら言っていた。

『しばらく見ないうちに無駄にデカくなって……』

 ぜんっぜんかわいくない、と言い添えて。仔どもの時分ならともかく、成獣の雄である我輩に可愛らしさを求められても若干困る。

 何はともあれ、彼女とも長く付き合いが重なり。

 そして、冒頭の序に戻るのである。


● ● ●


 焦るなと己に言い聞かせること早百年。そろそろ背の疼きも限界に近くなってきた。

『気持ちのせいかもしれないね』

 あまりに痛くて眠ることすら出来なくなり、同族に相談したらそのような答えが帰ってきた。身体的なものに精神的要素が加わり、相乗効果が生まれてしまっているらしい。

 日常生活にも負担があるので、とにかくその分誤魔化すように駆けることを習慣付けるようになった。背が痛いと感じたらすぐに、脚を動かせる場所にて思い切り地を蹴った。そうしてがむしゃらに駆け回った。そうしているうちに中層一帯はほぼ駆け終えていた。特に層を渡る際、霊圧の変化にわずかながら身体の苦しみが紛れると気づいてからは幾度と無く下層と中層を往復し続けた。

 幾度も往復するうちに身体が層越えの負荷にも慣れてゆき、脚もそれなりに発達した。独り立ちしたばかりの頃は半日弱ほどかかっていた時間が、今では半刻もかからず到達出来るようになった。そしてその気になればひとけりで層越えも可能となっていた。

『いい加減きみは誇るべきだよ……その佳き脚を』

 友は苦笑いしながらそう言ってくれた。同族も何頭かは世辞を述べてくれた。

(だが)

 我輩自身、識っている。まだこの脚は真なる意味で「佳い」とは言えぬことを。

(足りぬと身のうちの己が叫ぶ限り、我輩は『佳き脚』足り得ない)

 自分が満足しない限り、道に終わりは無いのだ。そのことを、ここまでの道のりでわかってしまったから。

(我輩はまだつよくなりたい。つよくなれる。そう、信じることが出来ているから)

 だから、前を向き続ける。脚の許す限り駆け続ける。

 先が見えないほどに遠くとも。

 唯ひたすら、駆ける。



 麒麟の一生からすれば幾星霜とまではいかぬが、探しものを求むるに真に長い、永い歳月が過ぎ去る。

 そして。

 その時はとうとう、訪れた。


 いつものように中層にて所用をこなし、水場に向かっていたさなかのことだった。

「……」

 偶然、といっていい。ふと思いついて、下層に行ってみようと欲した。なんの気なしのことであった、久方ぶりにかの目印を確かめてみようと。そのついでに下層も一巡り見回ってこようと。

「――」

 本当に偶然の思いつきだったのだ。





 どんな場でもひとけりで、到達する。それこそ我が一族の誉れである。

 距離たるものは関係が無い。強き脚なら無駄な動きひとつ無く、ひとけりでいかな場所へも征く。

 どんな場でも。

 如何様なときでも。


 魂が、呼ぶのであれば。




「――~っだ! いてえええっ」



 どさ、ばきばきと木を折って地面に落ちたかたまり。頭を抱えている二本足の若者がそこにいた。

 我が霊力で練った護りの霞は、晴らされていた。内側からこじ開けられ勝手に結界が破られ、無効となったのだ。

 そしてそんなことが出来る生命体は、我輩自身を除けばたった一体しかあり得ない。

「あ~~~頭打った、脳細胞死んだ、ヒットポイント減った、クソマジいてえ、しかもなんだかつめたっ…………ん?」

 頭を抱えながら、その長身がふと周囲を見渡す。

「お、ここが天界ってトコか、すげえ。超空気澄んでやがる」

 ゆっくりと、立ち上がる。顔を拭って雫を払い、体高のある上背がしゃんと伸ばされた。そして。

「――あ」

 こちらを振り返り、その双眸が大きく見開かれる。


 我が鬣と同色の、瞳。


 それに出逢った瞬間だった。


 肉体が。四肢が。我が脚が。角が。

 身のうちの、霊気が。生命たる根源が。

 魂が叫んだ。





―――騎者きしゃだ!!





「すげ、もしかして……イヴァか。実物初めてみたわ」

 かのものが近寄ってくる。

「よ。ああ、逃げなくていいぜ、俺は敵じゃないから。っつってもアヤしさ満点だわな、ごめんごめん」

 騎者が。

「俺は人界から来たんだ、えっと、」

 我が終生の乗り手が、ここにいる。


「アルセイドってんだ。フルネームはアルセイド=リラ=イヴァニシオン。しがねえ人間だよ」


「――」

「ふ、ふぁ、……ぶえくしょいっっ」

 沈黙している我輩の前で、彼は派手にくしゃみを放った。

「……」

「あ、あのさ。どっかあったかいトコロ無い?」

「……水気の少ない箇所ならば」

「う~この際そこでいいや、取り敢えず超さびい。火。火ィ欲しい」

何はともあれ、そうやって我輩は魂の相棒と出逢ったのである。




 広がった穴をまた亀裂程度に塞いでから、結界を張り直してのち。我輩らはそこから少し離れた地面の乾いた場所に移動していた。

「ぅへえ……俺がホントに騎者なの?」

「うむ」

 ぱちぱち、と眼前で燃えているのは小さな焚き火である。若者が天に入ってきた際、木立の隙間に落ちたせいで草露にぐっしょりと濡れてしまったのだ。人間は妖精に比べても身体が弱い。肌寒い頃合いだったので風邪を引く前にと、彼は火を熾していいかと聞いてきた。勿論、我輩に否やがあろうはずもない。

 若者は、だいぶ天に関して知識があるようだった。周囲を手早く歩き回り、落ちていた枝を拾い集め、四元精やらが隠れていないのを確認し、もう完全に死んだ乾木なのを確かめてから火を付けた。霊力を使ったわけでもないのに、懐から取り出した不思議な棒を近づけただけで火が勝手に灯ったのは不可思議な光景だった。「ちゃっかまん」という人界の道具だそうだ。霊具ではないとのこと。

「で、それにしたってすげえ偶然だな。俺はたまたま超自然区域に開いた穴見つけて、ちょっくら入れるかな~って試しただけなんだけど」

 衣を一枚脱ぎ、薄着となっている若者が我輩に言う。我輩の鬣と同じ深緑の色をした瞳が、火に照らされきらきらと光る。

「まさかそこに騎獣が居たなんて。マジ運がいいんだな、俺」

「運がいいのは我輩のほうだ」

 本当に、心からそう思う。

「感謝する――騎者どの」

 我が前に現れてくれて。


 我が霊力で張っておいたはずの結界は、いとも簡単に破られていた。この若者によって。

 本能的に、悟っていた。

(我が霊力が通じないのは、我が魂の片割れである騎者のみ)

 そう、我輩の目印を目印たるものにし、目印でなくするのはかの存在のみなのだ。

(騎者どの)

 緑の双眸、黒い体毛、象牙色の肌を持つ人間の若者。

 それが、我が騎者どのである。そしてここからやっと、我輩は前に進めるのだ。


 身のうちの霊力が増大している。今までに無いほどに気分も良い。これも本能的に理解している、我輩は霊気容量でいうならつい数刻前とは比べ物にならぬほどの生き物になっている。今ならば、天使の我が友がおらずとも上層にて駆け回れるだろう。

 そして。

「騎者どの、疲れているところ悪いが是非我が背に乗ってくれぬか」

「ん? ……ああ、聞いたことあんな。騎獣ってのはそういう生き物だっけか」

「うむ」

 彼は至極、理解力が高いようだ。

「あのクソじじいのスパルタ教育も、たまには役立つな。――うし、服も乾いたし、ちょっくら天界散歩としゃれ込むか。案内してくれんだろ?」

「勿論だ」

 火を消して、衣を纏い直した若者がこちらに向き直った。緑眼が好奇に瞬いている。

「さあ」

「おう」

 背を差し出すと、ひらり、と跨る二本の足。

(ああ!)

 長い間我輩を悩ませていた疼きが、ぴたりと止まる。そして襲ってくるのは今までに無い高揚だった。


 駆けたい、この者を背にどこまでも征きたい!!


「じゃあ、頼むぜ」

 騎者が角を掴む感触。それを感じる寸前、勝手に角は柔らかくなって彼の前にたなびいた――まるで手綱のように。手綱そのままに。

「これ、持ってていいんだよな?」

「うむ」

 ぐ、と蹄を踏みしめる。

 声が重なった。


「「こう」」


 その日、一頭の騎獣が誕生した。



アルセイドがこれほど物分かりいいのは、エルフの祖父に色々と知識を叩き込まれているからです。

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