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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第二章
22/127

「てめえがエルフか人間だったらなあ」


 そんなことを言いつつ、我輩の傍らで不思議な作業をしている二本足の雄。上層で出逢ったドワーフの男である。

「霊具を扱えるヤツだったら、おいらの宝モンを託してやれるのに」

 不思議な匂いのする銀色の塊、それをこれまた不思議な匂いのする鈍色の塊でぎちぎちと削りながら、物づくりの匠である妖精は嘆息した。

「せめて、人型に変化できるヤツだったらよかったのに。なんで変化できねえんだよ、てめえ」

「済まぬな、妖精どの。我輩は騎者を見つけぬ限り矮小な獣に過ぎないのだ」

「責めてねえよ」

 ぎちり、と作業を終え、細工に溜まった銀色の屑をふっとひと吹きする。無骨な指から新たに生み出されたものは、繊細な造形を持つ「かぎ」という代物だ。

「おいらはもう年寄りだかんな。そろそろ命数も終わりだ。だから誰かに託さなきゃなんねえんだ」

 無骨な手が、丁寧に銀色の「かぎ」を拭う。ぴかりと真新しい光を放つそれは、小さな紙片を貼られてから彼が常備している輪の中に新たに通された。そのひとつひとつに、かつては無かった紙が貼り付けてある。その白い中央にのたくった線が引いてあるのが見えた。我輩にひとが扱う文字は読めないが、「上層部」の建物における部屋の名称が書かれているのだそうだ。

 着々と作業を続けながら、妖精は嘆息した。

「あー誰か手ごろなヤツいねえかな。……おいらの宝モンを大事にしてくれるようなの」

 もじゃもじゃの頭髪から覗くドワーフの瞳は、口調の軽さとは裏腹に憂いを帯びている。



 中層へ戻ってから三十年弱、一帯を駆け終えたというわけではないが目処は大体ついてきた頃合いである。

 身体も完全に成獣というわけではないが、かつての時分よりだいぶ落ち着いてきた。ただ、背の皮の疼きはおさまらず、むしろ日に日に強くなっていっている気がする。

『成獣になったばかりの頃が一番ひどいから、覚悟しておきなよ』

 中層で出逢ったとある同族の言である。これがますますひどくなるのか、と慄きめいたものを覚えた。今更であるが、我らの特性はある意味不便である。

(騎者を見つけぬ限り――我らは、只の獣)

 いや、霊力が極端に低いという点において、並み以下なのかもしれない。人型に変化出来ないという不能要素がこれほどまでに響くとは、群れにいた頃は思いもよらなかった。天の限られた区域に暮らしている限りならば、当然の心境であったが。

 しかし今は違う。目的のために、なんとしても騎者を見つけなければならない。

(見つかる確率は低いとわかっている)

 天に限るなら二本足のものは数少ない。それこそ人界にて駆け回ったほうが余程確立が高いだろう。だが、それをしない理由は多々ある。天の獣である我らの安全性及び確実性を考えるに、まず天をしらみつぶしにして可能性を出来得る限り探索すること、それを終えてからやっと人界にゆけるのだ。例え天において騎者を見つけることが夜空に広がる星屑をすべて拾い集めることより困難であると知っていても、やらなければならないのだ。そうでもしなくてはかの事変を解決することなど程遠い。

 あれから、運の良いことに新たな失踪者は出ていない。中層の群れすべてが団結し、一頭だけで行動しないように気を配っているからであろう。群れが襲われたという話も聞かない。……我輩のいた群れが壊滅したことからまた学習して、群れの拠点には実力ある天使が一人ずつ派遣されたことが功を奏しているのだろう。いくら霊具を手にした妖精とて、翼持つ天使と脚力ある我らを同時に相手取るのは難しいと見える。かの惨劇が繰り返される可能性が薄くなり、我輩としても一安心した。

 ただ。

(焦るな)

 ふとしたことで、駆け出してしまいたくなる。下層に確保してある人界への穴、それを思うたびに。

(焦ってはならない。まだ時期尚早ゆえ)

 そう、ことあるごとに己に言い聞かせる。その毎日である。


◆ ◇ ◆


 ドワーフ。

 人界にて発展した妖精の一種である。古来より、霊具作りの名手としてその名を馳せてきた。妖精の中でも屈指に手先が器用なうえ、身体能力も部分的にだが高いものを持っている。そして、彼ら特有の性質というものも勿論保持している。

「『真具』っていうんだ」

 天使の我が友が、そう教えてくれた。

「ドワーフは霊具作りの達人でもあるけど、霊力自体は低いから霊力の高い他妖精や力持つ精霊族と一緒に行動することが多い。その者の霊力を精巧に加工した道具に組み合わせて、数々の高性能な霊具を生み出してきた。ただ、たったひとつだけ彼らが彼らだけの霊力を使って作り上げる霊具が存在する」

 それが「真具」と称される、ドワーフ最高傑作の霊具なのだそうだ。

「彼らは生涯をかけて、その霊具に自分の霊力を注ぐ。微弱だけど、一体の精霊族が永い時間をかけ自身の霊気を込め続けた媒体ってのは、想像もつかないほど高威力を発揮するんだ」

 その霊具は、製作したドワーフのすべてと言って過言でない凝縮された力があるとのこと。

「ドワーフの固有名はエルフ同様、長いものなんだけど。二番目の名前は、生涯においても伏せられることが多い。それは妖精らの間では『真名』と呼ばれている」

 ジャスティン=A=ドヴェルグ。かの妖精どのの固有名である。二番目の名は「A」としか明かされていない。これはドワーフにおいては普通で、意図的なものなのだそうだ。

「彼らが作った『真具』の名こそ、その『真名』。……それを明かすときこそ、『真具』が他者に託される時なんだって」

 引いては。

「ドワーフは――おのれの死期を悟った際、真具を真名と共に他者に託すんだ」

 そう言った我が友の瞳も、憂いを帯びていた。


◆ ◇ ◆


 人界における争乱は、彼らドワーフの数も多く減らした。

「おいらにゃ伴侶も子もいなかったが、それでも家族はいた。……弟とその嫁、姪っ子と甥っ子もいたんだぜ。可愛かったな」

 年老いた妖精の双眸がふっと和やかになった。追憶めいたものがその瞳に浮かぶ。

「そうこうしてるうちに戦が大きくなって、周りもヤバいことになってな。おいらは一緒に逃げようって言ったんだが、弟たちは聞かなかった――恩義あるエルフやら人間やらを、見捨ててはいけないんだとさ。で、仕方なしにおいら一人でここまで逃げてきた」

 白髪混じりとなったもじゃもじゃの髪の隙間から、軽く溜息。声音に複雑そうな響きが混じった。きっと人界に残してきた家族のことを考えているのだろう。

「とにかく『出来るだけ人界よか遠くに』って念じてたから、下層からいきなり上層に来ちまって死にかけたけど。キュリス様に見つけていただいたから良かったな。おいらは本当に運がいい」

 無骨で肉厚な手の平が、いとおしそうに首にかかった輪を持ち上げる。そこに通されているのはひとひらの羽毛だ。大天使どのに授けてもらったという加護、その証である白い羽。高位天使の加護は、そのものの肉体と証が滅びない限り半永久的に続く。

「なんとかご恩を返したいと思ってな。おいらが役立つのはモノ作りだから、それで貢献することにした。キュリス様たちに喜んでもらえて、嬉しかったな。やっぱりおいらはドワーフだって再確認した」

 加護の証を首元に戻し、物づくりの匠は立ち上がる。ここも彼手製だという妖精の小さな家屋は、中層に建てられた彼専用の作業場だ。寝泊りしている上層と違って、雑多な匂いとやはり彼手製の不思議なもので満ち溢れている。

 無造作に積み上げられた色々なものを掻き分け、しばらく奥に引っ込む。そうしてがさごそと物音を立てながら引っ張り出してきたのは、ひとつの霊具だった。

「おいらの宝モンだ。……これから先、心残りがあるとすんならこれの行き先だけが気になってる」

 我輩はごくりと息を呑んだ。その霊具が、あまりに冴え冴えと静かな迫力に満ちていたから。

「おいらはドワーフだ。そうやって生きてきた。そして、その証であるこれを誰かに託したい。そうしておいらの生きた証をこの世に残したい」

 なあ、緑のイヴァ。老いた匠は、手にしている霊具同様静かな迫力に満ちた声で言った。

「おいらの頼みを、聞いてくれねえか」

「頼み?」

「おうよ」

 もじゃもじゃの髪の隙間から、妖精の瞳が真剣に瞬く。

「てめえの判断でいい。霊具を扱えそうで信用のおける二本足のヤツを、連れて来てくんねえか」


◇ ◆ ◇


 ドワーフの真具は、大抵エルフに託されるのだという。かの種は霊具扱いに優れており、古来からドワーフの良き相棒として交流が多かったせいもあるそうだ。寿命が永いので長期間大切に扱ってもくれるという。他にもドワーフ側の意向にもよるが、霊具を扱える者として他妖精や人型の精霊族や、時には人間にも託されたりしたとのこと。

 そして前例の多くは、人界の生き物に留まっている。当然であるが天界の生き物には馴染みが薄いのが、霊具だ。

 考えた。

(天における精霊族が霊具を扱ってはいけないという戒律など、無いはずだ)

 我輩は一族の誇りたる脚を持っているゆえ、行動域はそこそこ広い。天における多くの二本足とも顔なじみになった。

 しかし。

(我輩が知る二本足で、最高に信のおけるものなど、)

 そんな者、ひとりしかしらない。


◇ ◆ ◇


「……で、連れてきたのがエルヴィンの兄ちゃんか」

「こ、こんちわ、ジャス。突然で悪いね」


 ドワーフの狭めの作業場に翼を畳みながらいそいそと入ってきた天使の我が友。その姿を見て、妖精どのは呆れたように我輩を仰ぎ見る。我輩は図体がでかすぎるのでこの作業場には脚を踏み入れることすら出来ない。彼と接する時はいつも大きく開いた扉ごしである。そうして外に立ったままの我輩を、小さな匠はぶっきらぼうにだが暖かく歓迎してくれる。先日も我輩が訪れるなり、わざわざ開け放った扉の前で作業を始めたのだ。

「なるほど。てめえの判断としては、エルヴィンの兄ちゃんが最適だと」

「いけなかったか」

「いんや」

 にやり、とドワーフの口角が釣り上がる。無愛想なこの二本足にしては珍しい表情だった。そわそわと見守る我が友の前で、彼は満足そうに頷いた。

「感謝するよ、緑のイヴァ。てめえのお陰でおいらの心残りも晴れそうだ」



「……真具については、どの程度知ってる?」

「頭に詰め込める知識程度には。霊気を一年に一回解き放つ「調整」なら出来そうだけど、物理的に壊れちゃった場合の「修復」は難しいかな」

「そこまでわかってんなら上出来だ。天にドワーフは探せば他にもいるだろ。そいつに頼めばいい。上手くおだてりゃ専属になってくれるぜ、おいら達は単純だからな」

「――ねえ、ジャス」

「ん?」

「ありがとう、俺に宝物を託してくれる気になって。大切にするよ。俺が存在している限り、ずっと大切に使わせてもらう」

「……」

「俺がもし消滅するとしても、他の信用おけるひとに必ず預けるから。そうして、きみの生きた証はずっと残るから。誓うよ」

「……エルヴィンの兄ちゃんよ」

「何?」

「おいらこそ、感謝する。そいでもって頼んだぜおいらの『アトハシス』を」

「うん!」



 ジャスティン=アトハシス=ドヴェルグ。天における「上層部」を建築し、上層における高位天使の住居を建てたことで知られるドワーフである。

 彼が命数を終えたのは、我輩が上層にも出入りするようになってから程なくのことである。同種にしては至極長命であったかのものは、至極満足気に一生を終えたと聞いた。

 上層の霊圧にまだ耐え切れなかった頃、我輩は背に天使の友を乗せて行動していた。その際、友の背には白い翼と共に水色の弓矢も携えられていた。

 翼持つ我が友・エルヴィンの生涯における得物。それはドワーフが作ったとされる武器霊具である。天にすまう御使いが霊具を携えるなど、昨今においては早々無いことだと天でも話題になったそうだ。

 中には「天使のくせに人界の妖精の真似事をするなど、俗物的な」と眉を潜めた輩もいたそうだが、我輩らにとってかのようなことなど関係が無い。

 我輩も友も、ただ知己の形見を大切にしていただけだから。



ジャスティン=アトハシス=ドヴェルグ(ジャス)・・・天界の芳醇な霊気のお陰で享年は千歳オーバー、ドワーフにしては超・長老。大往生でした。真具は水系統の力を込めて作り上げた弓(矢は霊気が尽きない限り無限)。人界にそのまま置いてたら伝説にもなってただろう高性能武器霊具。そんな得物をゲットしたエルヴィンは、知らないうちに普通の天使じゃなくなってるんだけどやっぱり無自覚。まあ、まっちろ天使にとって一番重要なのは「これ持ってたらサリアもかっこいいって思うかな」ってことである。ジャス、こいつ殴っていいよ。

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