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我輩は騎獣である  作者: KEITA
第二章
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挿入閑話・ある天使の自己満足

エルヴィンの主・大天使キュリスエルと彼女の幼馴染のこと

「キュリ」

 そう自分を呼ぶのは、彼をおいて他にいない。

 振り向いて、返事をするよう彼の名をよばう。「上層部」の建物の隅、暗闇になった場所で壁に顔を寄せている天使を。

「イオフィ」

 うねった暗い銀髪、対比するように鮮やかな明るい色の碧眼、整った眉目の男だ。高位五隊における首席で、ここ上層にて最も力の強い天使である。身のうちに渦巻く霊気は深遠、今はしまわれているが、もっている翼も巨大な二対だ。生まれついての高位天使で闇と光双方の力を併せ持ち、総合的な霊力は最高位座天使に次ぐ。無駄の無い肢体は人型種として最高峰の筋力を秘め、発する覇気も破格、常ならまさに高位天使としての威容に他ならない。

 ただし、今を除いて。

「イオだよ、キュリ。ふたりの時は、そう呼ぶって約束した」

「……そうでしたね、イオ」

 そう呼びなおすと、キュリスの幼馴染である偉大な主天使は、まるでこどものように破顔した。無邪気に長い腕が伸び、銀髪が摺り寄せられてくる。

(また、そんな顔をして。昔から変わらない)



 大天使キュリスエルと主天使イオフィエルは、人間風に言うなら幼馴染というものだ。


 今からざっと二千年ほど前、同時期にふたりは生まれた。キュリスもイオも、生まれついての高位天使である。「親」たる主はふたりとも違い、また基礎となる主属性も反対。ついでに言うなら性別も。共通点といえば、年齢くらいだろうか。

 性質も昔からあまり似てはいない。

 キュリスは自他共に認める真面目一辺倒、そしてお人よしで物腰柔らかでもあった。困っている存在や弱いものを見捨てられず、自ら面倒を見る。そして言われたことを信じつつも悪意をより分け、自分も相手も極力傷つかないよううまく立ち回る。良い意味で鈍感、強かでもあった。生まれ持った霊力が高位にしては若干弱く控えめであったせいもあり、昔から自身が意識して努力するという癖がついたことも幸いした。

 対してイオフィは、とても繊細な性質だった。周囲の意識に敏感で傷つきやすく、なのに頭が非常に切れ強大な力を保持している。有能であるのに強かになりきれず、努力なくとも出来てしまうから、過程のものを認められず非情な態度しかとれない。そのことを自覚していなかった若い頃は、周囲から浮きに浮いて孤立していた。

 昔から、キュリスは繊細で傷つきやすい幼馴染のことが心配だった。彼のことはそれこそ生まれたときから知っている、主こそ違うが生家が近く交流する機会が多かった。その中で見えてきたのは、自分はこのイオフィエルという繊細な天使をとても気に入っているということだった。

(私は、イオのことが好き。たとえイオがただの生まれ年が同じな天使だと感じているだけでも、私にとっては昔から力になりたいと感じるひとりだから)

 霊力やら筋力やらとうに比較できないほど差がついているので、そういった意味で役立つことは無いだろう。でも、彼の心の奥は若い頃からあまり変わっていないことを知っている。


 イオは、いまだひどく繊細だ。

 繊細で傷つきやすくて、席が最高になっても強がっていることがはっきりわかる。

 だから、助けてあげたい。キュリスはイオにとって望む姿で在り続けたいと思う。




「……イオ」

「ん」

 小さく呼びかければ、肩の上に乗せられている銀髪が返事をして擦り寄ってくる。幼馴染の大きな身体に軽く抱きしめられながら、キュリスは自らも抱きしめ返していた。

「かのイヴァは、強かったですか?」

「ん」

「とても美しい緑の鬣の、素敵なイヴァでしたね」

「ん」

 初めて対面したときから感じていた。かの誇り高き美しい霊獣は、きっと彼が気に入ると。

「若いのにとても賢くて。自省することと、それを活かすことを知っていました」

「ん」

「もう少し成長したら、きっと歴史に名を残すほど強い脚を持つイヴァになるのでしょうね」

 それなのにあんな冷たいともとれる態度。それをとらざるを得なかった状況は、彼の繊細な心をいかに傷つけたことだろう。

「キュリ……」

 きゅ、と腰の後ろで組まれた手に力がこもる。少し開いていた身体が引き寄せられ、胸が彼に密着した。すり、と肩から首筋にかけて彼の髪が滑り、形よい鼻梁が押し付けられる。

 吐息は、小さく震えていた。

「……辛かったですか?」

 何も言わず、こくりと頷かれる。また腕に力がこもった。

「あんなに素敵で賢いイヴァに、ひどい言葉を投げつけてしまったことが?」

 こくり。

 よしよしと銀髪を撫でてやりながら、彼の背に腕を回した。

「彼に暴力を振るってしまいましたね。それも?」

 こくり。

「本当はやりたくなかった?」

 こくり。銀髪が頬にこすり付けられ、腕にこれ以上無いほど力が込められた。吐き出される吐息はもう、泣きそうだ。

(ああ、やっぱり)

 少し苦しかったが我慢して、キュリスは落ち着かせるようにとんとんと背を叩く。しばらくすると呼吸はおさまってきたようだ。

「でも、ちゃんと伝えられましたね」

 そうかな、とでも言いたげに銀髪が傾ぐ。

 そうですよ、と頷き返し、キュリスは自ら彼の頬に擦り寄った。そこにある温度も感触も、昔からずっと変わらないのだ。

「彼は今、エルと一緒に待合室にいますよ」

 ぴくりとイオの広い肩が震え、怖がるようにキュリスの肩にくっついてきた。よしよしと宥めながら、言い添える。

「手当てをしてもらっているようですが、あなたのことを厭っていないようだと、シャティが言っていました」

 する、と銀髪が擦れて顔が上がる気配がした。

「本当ですよ」

 至近距離でかの表情を覗き込む。わずかに潤んでいる碧眼に微笑みかけてから額を合わせた。

「彼はちゃんと、イオの真意をわかっていてくれました」

 よかったですね、イオ。

 色鮮やかな碧眼が、今度こそ派手に潤んだ。

「―――キュリ、きゅりすっ」

 こどもそのままの声で、態度ですがり付いてくる大きな彼。それを抱きしめながら、キュリスは目を閉じた。

(大丈夫、私はあなたの味方だから)

 それが少しでも伝わっているといいな、そう思う。


 イオは、いまだひどく繊細だ。

 繊細で傷つきやすくて、非情な態度の裏の強がりがはっきりわかる。

 だから、助けてあげたい。キュリスはイオにとって望む姿で在り続けたいと思う。


 こういったやり取りは、彼と自分が同じ席にいた頃から変わっていない。若い頃はもっとひどかった。小さなことで逐一落ち込み、傷つき、キュリスを暗がりに引っ張りこんでぎゅうと抱きしめたまま何時間も離さないことすら、ざらだった。ときに自分勝手に慰めを必要とされながら、それでもキュリスはイオの望むままにさせていた。イオのことが大切だから。好きだから。それは今でも変わっていない。

 数百年あまりの期間、多くのことが変わった。イオは出世して席を進め、上層において並ぶものの無い存在となった。

 対して自分は出世もせず、生まれついた席から動いてすらいない。これは実力がというより、ただ単にキュリス自身が望まなかった部分が大きい。

 自分にとって、大切なのは出世ではないから。最も重視しているのはイオであり自分を慕う使役達であり付随する事象でもあった。キュリスはただ、自分が愛するもののために動きたかった。

 イオが慰めと抱擁を必要とするなら、応えたい。エルヴィンが褒めてとねだるなら、いくらでも褒めてあげる。他のかわいい使役たちが望むことも、出来る限り叶えたい。ただ、自分がその様を見て満足したいから。笑顔を見れば、それだけで高揚し幸せな心地になるから。

 ひどく利己的で欺瞞的であっても、根本にある思いは大切にしたいとキュリスは感じる。周囲も巻き込んでプラスとなり得るように動けば、きっと自己満足もただの自己満足では終わらないだろう。そう信じたい。

 このような性質は、きっと使役達にも受け継がれてしまったのだろうなと苦笑する。エルヴィンが麒麟の仔を保護すると聞いたとき、真っ先に感じたことだ。

(私達の自己満足は、ひどく他者を巻き込む自己満足なのでしょう)

 くすくすと笑いながら、キュリスはイオを抱きしめた。自己満足が他者も満足させるとしたら、最高ではないか。

 傲慢で結構。利己的とは褒め言葉。

 願わくば、この自己満足に巻き込まれる他者が、少しでも幸福を感じてくれればいい。もっとここにいたい、巻き込まれたいと感じるくらいに。

(……私は、罪深い天使なのかもしれませんね)

 真っ先な被害者であるイオの銀髪に、キュリスは顔を埋めた。ひどくいとしい罪悪感だった。


 暗闇で彼を抱きしめていたせいだろうか。彼女は終ぞ気づかない。

 男の口角が密かにつりあがっていることに。



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