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泣き虫吸血鬼は最後の恋をする〜ミイラを拾って水(血)をやったら超絶イケメンになりました〜  作者: 甲野 莉絵


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51話 戻らない

 意識を失った蒼を寝室へ運び、ベットへ横たわらせ横に腰掛ける。息はしている、まだ大丈夫だ。そう自分に言い聞かせなければ、心が千切れてしまいそうな感覚に陥る。

 

 恐らく蒼は当初、レイラ――名前を呼ぶのも(おぞ)ましいあの女から、呪いを受けた事を隠したまま、俺の前からひっそりと姿を消すつもりだったのだろう。俺を寝かせようとしていた事がその証拠だ。


「頼むから、俺を一人にしないでくれ……」

 

 艶やかな黒髪を指で梳いても、頬を撫でても、やはり蒼は目を覚まさない。まだ充分に若い蒼の命の終わりが、生ける屍のような生活への逆戻りがこれほどまでに早く、唐突に訪れるなど俺は認めない。


 呪いを解く事は、かけた本人であるあの女にしか出来ないが、呪いを弱める方法ならば知っている。聖水を使えば良い。それでも蒼の死を先延ばしにする事しか出来ないが。


 どうにかして蒼の呪いを完全に解く方法は無いのか? あの女からのメッセージカードを何度も擦り切れるくらい読み返したが、言葉尻を捉えて呪いを解かせる事は不可能だろう。


 これは呪いの力を込めた自身の血で特定の人物の名を書き、相手にそれを読ませる事で成立する至ってシンプル且つ、効果の強い呪いだ。やはりあの女を葬り去る以外に、呪いを解く方法はない。


 蒼は俺を優しい人だと言ってくれたが、恐らく間違っている。凶暴で執念深く打算的、それが俺の本質だろう。


 その証拠に今、あの女を殺したくて殺したくてたまらない衝動に駆られている。……もういっそ、今から殺しに行こうか。


 ベッドから腰を浮かせかけた時、手に強烈な痛みが走った。


「――っ!」


 誤って蒼の指にはまる銀の指輪に触れたらしい。


 そうだ、どうにかして心の奥から湧き上がる、このドス黒い感情を抑えなければ。さもないと蒼に嫌われてしまう。


 恐れや軽蔑を孕んだ目を蒼に向けられると想像するだけで、心の底から恐怖が湧き上がって来る。好きだと言ってもらえた今、蒼に本気でそっぽを向かれたら、もう耐えられない。


 しかしこの怒りは、憎悪は、どうにか抑え込む事が出来たとしても、心の中で燻り続け消えてくれない。


 俺は今、怒りに駆られた恐ろしい吸血鬼の顔になっているのだろうか……? 自分の顔に触れてみる。どのような表情だとしても蒼には見せられない。


 蒼に背を向け立ち上がると、ドレッサーに写った自分の姿が目に入った。


 眉間にうっすらと皺を寄せ、目を吊り上げ口を真一文字に結んでいる。平静を装っているが、その奥では冷徹さを隠しきれていない。あの肖像画と瓜二つだ。


 そして温度を失った目は、片方だけ真っ赤に妖しく光を放っていた。ああ、あの女と揉み合った時にカラコンが片方落ちたのだろう。


 やはりこの顔は蒼に見せられない。眉間や頬を指で揉みほぐし、目を閉じ深呼吸した。これで少しは落ち着けただろうか?


 蒼の前でだけはどうにか、蒼が好いてくれる俺でいられるようにしなくては。蒼と一緒にいる事で心安らぎ、自然とそういられるのだと思う。やはり蒼を失う訳にはいかない。


 先ずは聖水を手に入れよう。そのためにはフィンリーの協力が不可欠だ。例え傷心の最中にあったとしても関係ない。朝日が出て吸血鬼が動けなくなったら出かけよう。


 それから歯を磨き、シャワーを浴びて身支度を整えた。カーテンの隙間から朝日が差し込む時間になっても、真っ赤な目は元に戻らない。目を閉じて蒼の頬にキスをした。


「行ってくるよ」


 赤く光る目を隠すためサングラスをかけ、メッセージカードをポケットに仕舞い、家を出た。


 

 *

 


 県立考古学博物館の近くにある、フィンリーの家の呼び鈴を押した。しかし出て来ない。……もしかして居留守か? それとも本当に居ないのか? クソッ、時間が無いと言うのに。呼び鈴を連打すると、泣き腫らした顔のフィンリーがようやく出てきた。


「……吸血鬼が何の用? 二度と顔を見せないでって言ったのを忘れた?」


 死んだ魚のような目でそれだけ言うとフィンリーは勢いよくドアを閉めようとする。


「ちょっ……閉めないでください」


 足を滑り込ませ、ドアを掴んでこじ開ける。だが、力加減を誤りドアを金具ごと引きちぎってしまった。


 それを見てフィンリーは目を丸くする。頼み事をするのに、これでは良くないか。ドアだった物を両手で掴み、壁にそっと立てかける。しかし、はやる気持ちを上手く抑えきれない。


「留守かと思いましたよ? 呼び鈴を鳴らしたら直ぐに出てください」


「居留守を使ってたのよ、普通分かるでしょ? ……で、言いたい事はそれだけかしら? 自らヴァンパイアハンターの家に来たって事は退治――」


「蒼があの女……レイラに三日で死ぬ呪いをかけられました」


「はぁ? それはレイラ コリンズを逃した貴方が悪いんでしょ!? よくアタシの所へノコノコと来れたわね?」


「吸血鬼から人々を守るのがフィンリーさん、貴女の仕事ですよね? お願いです。蒼を助けるため聖水を分けてください。時間はかかるかもしれませんが、働いて必要な金額は必ずお支払いします」


 深々と頭を下げたが、待てども暮らせども何も言わないフィンリーにたまりかね、そっと伺い見る。吸血鬼である俺の頼みでは、頷きにくいのだろう。蒼の事は助けたいが、振り上げた拳を素直に下ろせない。フィンリーはそのような表情をしていた。


「蒼の願いですから退治される事は出来ませんが、銀の短剣でメッタ刺しにされても、日に晒されても、聖水に浸されても構いません。ニンニクも喜んで食べます。ですが聖水は蒼に使いたいので、無くならない範疇でお願いします。フィンリーさんの気が済むまで俺がサンドバッグになりましょう。その代わり蒼の事は助けてください」


 現状俺が差し出せる対価はそれくらいしか無い。フィンリーは気持ちを落ち着かせるように深呼吸すると頷いた。


「……分かった、上がりなさい。その前に歯ァ食い縛って」


 頷いた次の瞬間、左頬に衝撃と強烈な痛みが走った。あまりの平手打ちの勢いに、掛けていたサングラスが吹っ飛ぶ。人間だったら首を痛めていたかもしれない。


 あと引く頬の痛みに涙が滲みかけ、この状況でも涙が出るものなのかと我ながら驚いた。蒼のためだと心に言い聞かせぐっと堪えながら、サングラスを拾い、尋ねる。


「次は……?」


「もう終わりよ。あ、こう見えて無抵抗の相手を意味も無く痛ぶる趣味は無いの。一度で良いからいい男に平手打ちをしてみたかったのよぉ」


 満足気にニンマリと笑う様子は、いつもの少し変な怖さを感じるフィンリーに戻っているように見えた。良かった、これで蒼を助けてもらえそうだ。

お読みくださりありがとうございます。

次回、第52話でフィンリーから無事に聖水を分けてもらった主人公。蒼の呪いを弱める効果はあるのでしょうか? 6/11、09:25頃投稿予定です。

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