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短編

炬燵の虫

作者: 棗ひろき
掲載日:2026/03/01

「今日も寒いなぁ…」


 こたつで蜜柑を剥きながら、今日も昭弘は暖を取っていた。部屋にエアコンはある。だが喉の乾燥が気になり使うのを控えていた。


 それゆえに困ったことがある。こたつに入っている間は動けない。お手洗いのときはしょうがないが、飯の準備や漫画を持ってくるときは出るのを躊躇いたくなる。


 喉が渇いた彼は立ち上がろうとするも冷え切った室温に身体が拒否反応を起こす。外界はこんなにも過酷なのか。咄嗟に肩までこたつの中にうずくまった。


 水分補給か体温調節か。究極の選択を突きつけられ昭弘は熟考する。なにかいい考えはないだろうか、辺りを見渡した。


 リモコン、雑誌、ゴミ箱にティッシュ。それと上に置いてある蜜柑3個。蜜柑で水分を得ることはできるが今はその口ではない。水が飲みたいのだ、水が。


 その他の雑貨諸君では正直この状況は覆せないだろう。一瞬で作戦は振り出しに戻ってしまった。だがふとこたつ本体が目に入った。


 ずっと視界に入ってはいたがデカ過ぎてものとして認識していなかった。もしかしたらこれで状況を打破できるかもしれない。


 そう、こいつと一緒に移動すればいいじゃないか。1度身体全体を埋めて顔だけ出す。なかなか奇怪な格好になっていることだろう。


 次に四つん這いになって立ち上がる。背中に押し上げられて4本のこたつの足が浮き上がる。これで移動すれば温かい状態を保ったまま動けるではないか!


 だが、ここで1つ欠点を見つけてしまったのだ。猛烈に熱いのだ、背中が。網越しとはいえ直に熱源が接しているのだから熱いに決まっている。


 案の定、燃えるような痛みを覚えて彼は地面に這いつくばった。ほとんど反射の動きだったので、机の足が地面を叩きつける音が部屋に響き渡る。


 背中を摩りながら悔しさを滲ませる。カーペットに擦り付けている顎がヒリヒリと痛む。もう歩いて行く行かないのか!?


 だが、ここで昭弘は妙案を思い付いた。今度は一石二鳥の名案。電源コードを引き抜けばいいのだ。熱が弱まれば背中を押し付けてても数十秒は耐えられるはずだ。


 それに問題を後回しにしていたが、コードがあっては冷蔵庫まで辿り着くことはできないのだ。目測にはなるがコード長が若干足りていないような気がする。


 マグネットカプラを引き抜き数秒待機する。徐々に電熱線の放射熱が弱まってくるのを感じる。だが毛布の中は冷めにくいようだ。温もりは意外にもそんなに下がっていかない。


 背中を押し付けてみるも熱くはない。準備は万端、これなら行けそうだ。時間との勝負になるため体勢を整えてその時を待つ。


 いまだ、昭弘はこたつを押し上げて四つん這いで走り出す。上でみかんが転がり落ちて行くが知ったことではなかった。こっちは秒単位で競っているのだ。


 冷蔵庫の前へと辿り着く。お茶が入っているのは上の段。100Lの大型家電が最後の砦とばかりに聳え立っている。


 腕だけを伸ばして見るも半分の高さにすら届かない。これでは立ち上がるしかないではないか。だがここまで来たからには引くわけには行かない。


 冷蔵庫に手を付く。こたつが背中から滑り落ちないように慎重になりながら上体を起こして行く。これなら出ないで立つことができる。毛布はかろうじて身体を覆って熱は逃げていない。


 一歩ずつ足を、もとい手を上へと交互に動かしながら目的の段へと近づいていく。ちょうど10歩のところで観音扉の端まで辿り着くことができた。


 やった、これでお茶を飲むことができる。感動で涙が出そうになる。こんなにも達成感を感じたことは初めてだ。


 感嘆を胸に両手で観音扉を開いた。室温と変わらぬ冷気が顔面へと流れ込む。


 そこで予測外のことが起きた。いつもと違う体勢のため、勢いよく扉を開いてしまったのだ。いつもなら足で踏ん張りは効くのだが今回は四つん這い。


 扉を持った両手で体重を支えていたので開いた扉の全体に重心を持ってかれた。前のめりだった状態から後ろへと押される形になった昭弘は完全に体勢を崩した。


 その後は悲惨だった。今回はこたつを背負っている。支えをなくしたそれは重力に従ってて下へと滑り落ちる。下にあった2つの足が最初に床に触れて視点となりこたつの角が作用点となった。


 振り下ろされたこたつの先端は木製の床を力強く叩きつける。うん、この音はクリーンヒットしたな。凹みができたであろう確信を抱いた。


 さらに不安なことにこのこたつの天板はただ乗っかっているだけだ。固定などしていない。そのため横向きになれば天板は倒れるしかなくなる。


 地面と垂直となった天板はゆっくりと傾いていき床を叩きつける。水平となり接地面増えたことにより音量は倍増。先ほどの落下音とは比較にならない衝撃音が部屋中、否、家中へと響き渡った。


 昭弘は耳を塞ぐこともできず肩を上げて耐えた。しばらく音が残り動くこともできなかった。静寂に包まれた部屋。静かに見渡すと入り口前でこちらを見下ろす人影を見つける。


「…何やってんの、バカ兄貴」


「いやぁ、ちょっと寒過ぎてだな」


 呆れた様子で妹が睨み付けている。怒っているのではなく鬱陶しいというのが伝わってくる。だが、昭弘は妹の表情よりも目を引くものがあった。


「来ているそれ、なんで光ってるんだ?」


 ダウンジャケットを着込んでいるが襟元のロゴマークが光っているのだ。蛍光色ではあるがペイントではなく明らかに光り輝いている。


「え、今それが気になる…?」


 もはや苛立っているのを隠そうとしない。だが正直に教えてくれた。


「電熱ダウンよ、中にバッテリーと線が繋がってる。あったかいわよ」


 こたつなんて時代遅れなんだから捨てちゃいなよ、捨て台詞を吐く妹に対して言い返すことが出来なかった。昭弘はその場で通販サイトを開いた。


 ◇


 数日後、商品が届いた。意外にも値段はそこそこだったのでその場で購入してしまったのだ。箱と開くとダウンとバッテリーが収められている。


 親切にも充電は満タンであるようだ。充電メモリが3本浮かび上がる。早速繋げて着込んでみる。


 ロゴマークが緑色に光出し加熱を始める。みるみる温まっていき1分経たない内に寒くない程度まで行った。なんと、心地よいのだろう。


 動き回ってもずっと暖かい。こたつと同じメリットの上、デメリットが見つからない。これはもうこたつなんて必要ないのでは?足元に転がるそれを一瞥する。


 確かにこだわる必要はない。だがそこはかとない寂しさが胸をよぎった。


 暖まるにも時間が掛かるし、動きも制限される。そんな制限があるからこそ、こんな時間が尊いと感じられることをいま知ってしまった。


 ダウンジャケットを脱ぎ捨てて再びこたつへと潜っていく。俺はこれでいいんだ、昭弘は自分を受け入れることにした。


 おそらく何十年経っても自分はこたつに入り続けるんだなと確信した。


 そう、そんな自分はこたつ虫。


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― 新着の感想 ―
こたつから出たくない執念と努力で笑顔になれました。 冷蔵庫は難敵だという面白さも、場面を考えると、確かにと思いました。背中で押し上げて移動すると、高さのある物を相手にするのは難しいですよね。 『いま…
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