第5話:倉庫の裏口と黒衣のトレース
裏口の扉は薄い鉄板で補強され、鍵は古びていた。昼の王都の喧騒から一歩離れると、空気は静かに冷え、石畳に落ちる影が長く伸びる。俺はコンソールを小さく開き、倉庫の扉にかかるアクセスログをスナップショットした。
【Access Log: Mandragora_Warehouse】
【Last Access: 03:12 (夜)】
【User: Unknown / Token: ExternalModule?】
ログには断片的なハッシュと、見慣れないプロトコル名が残っている。外部モジュールの痕跡だ。俺は息を吐き、鍵穴に手を伸ばした。物理的な鍵は不要だ。ローカル環境の読み書き権限があれば、電子錠の認証テーブルを書き換えるだけでいい。
「――Update Auth: Guest -> Allow」
鍵は静かに回り、扉が開いた。中は薄暗く、木箱と麻袋が積まれている。だが、匂いは店内よりも濃く、土と薬草の混じった強烈な芳香が鼻を突いた。箱の一つを開けると、そこには乾燥した根が束になって詰められている。マンドラゴラの根だ。
サンプルを取り出し、解析を開始する。表面には微細なルーンのような刻印があり、普通の素材とは明らかに違う。コンソールが解析を進めるにつれ、画面に新たな行が浮かんだ。
【External Reference: /dev/foreign_patch/alpha】
【Signature: UNKNOWN_ADMIN】
「管理者署名か……別の誰かがこの世界に手を入れている」
背後で物音がした。振り返ると、影が二つ、倉庫の入口に立っている。黒いローブに身を包んだ人物だ。顔はフードに隠れて見えない。彼らは静かに、しかし確実にこちらへ歩み寄る。
「そこにいるのは誰だ。店主の許可はあるのか?」
低い声。だが、声の端に機械的なエコーが混じっている。単なる人間ではない。俺はコンソールを閉じ、平然を装って答えた。
「配達人だ。昼間の検品だよ」
嘘は簡単に通る。だが、相手は一歩も引かない。黒衣の一人が手を上げ、掌から青白い光が漏れた。光は空間を切り裂き、短い間に小さなウィンドウを開く。
【Probe: Administrator Scan】
警告が瞬時に点滅する。誰かが俺をスキャンしている。だが、俺は先手を取った。指先で即席のフィルタを挿入し、応答を偽装する。
[> Inject: Response = "No Admin Activity Detected"]
スキャンは一瞬で通過した。黒衣は眉を寄せ、互いに視線を交わす。どうやら彼らも外部モジュールの存在を気にしているらしい。だが、敵意は露骨ではない。むしろ、取引の匂いがする。
「その根はどこで手に入れた?」黒衣の一人が問うた。
「森の農家だ。夜に採れるらしい」店主の言葉を繰り返す。黒衣は少し考え、やがて低く笑った。
「興味深い。ならば提案がある。我々は買い取りたい。大量に。条件は後で話そう」
取引。裏で何かが動いている。俺は一瞬、選択肢を巡らせた。ここで干渉して暴露すれば、店も客も危険に晒される。だが、放置すれば外部モジュールは広がる。俺は冷静に答えた。
「まずは安全性の検証をさせてくれ。問題があれば君たちにも被害が及ぶ」
黒衣はしばらく沈黙した後、頷いた。彼らは根を一つ渡すように指示し、俺は解析用のサンプルを差し出した。だが、手が触れた瞬間、根から微かな電流が走り、俺のコンソールに新たなログが流れ込む。
【Handshake Initiated: Foreign_Admin -> LocalKernel】
画面が一瞬白くなり、遠くで誰かが笑うような音が聞こえた。背筋が冷たくなる。外部の管理者が、こちらに手を伸ばしてきたのだ。俺は深呼吸をし、静かに言った。
「面白くなってきたな」




