表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/33

第4話:喫茶店のバグと初めてのデバッグ依頼

扉を押すと、鈍い木の軋む音とともに店内の空気が変わった。外の喧騒がふっと遮断され、薄暗いランプの光がテーブルを淡く照らす。カウンターの向こうには、笑顔の店主――中年の男がエプロンを汚しながら立っていた。彼の胸には「珈琲屋マンドラゴラ」と刺繍された名札がある。


「いらっしゃい! 初めての客かい? おすすめは本日の煎じ物だよ!」


店主の声は元気だが、どこか電子音が混じっているように聞こえた。俺は鼻をすする。確かに、ここにはコーヒーに似た香りがある。しかしそれは、焙煎豆の香りではなく、土と薬草と――微かな電気臭が混ざったものだった。


カウンターに腰を下ろすと、店主は手際よく小さな薬研を取り出し、黒い粉を湯に溶かして差し出した。湯気の向こうで、液体が淡く青く光る。


「どうぞ。初めての方にはサービスで一杯。効きますよ、目が覚めます」


俺は一口含んだ。熱さと苦味が舌を刺し、次いで脳内に鋭い覚醒が走った。だがそれと同時に、視界の端で小さなアラートが点滅する。


【Warning: Unknown Item Detected】


コンソールが反応した。俺は無意識にカップを置き、視界に浮かぶウィンドウを確認する。


[Item: Mandragora_Brew]


[Type: Consumable / Unknown]


[Effect: +? / Flags: BUG_ITEM, TRACEBACK]


「……これ、ただのコーヒーじゃないな」


店主はにっこり笑い、肩をすくめた。


「うちのは特製だよ。マンドラゴラの根っこを煎じてる。眠気も吹き飛ぶし、創造力も湧く。冒険者にも人気さ」


創造力、か。俺の中で何かがピクッと反応する。管理者権限のログが、微かなノイズとともに振動した。どうやらこの世界にも、例外的なアイテムが存在するらしい。バグアイテム――仕様外の副作用を持つオブジェクトは、デバッグの対象として興味深い。


「一つ質問していいか。これ、どこから仕入れてる?」


店主の目が一瞬だけ曇る。


「仕入れ? うーん、森の奥の農家からかな。夜にこっそり採ってくるって話だよ。まあ、詳しいことは知らない。うちのは安全だって、村の長も言ってたし」


俺はカップをもう一度持ち上げ、ゆっくりと飲み干した。効果は確かに強い。AGIに微かなバフがかかるのを感じる。だが同時に、視界の片隅に小さなログが流れ続ける。


【Traceback: Source Unknown】


【Stack: WorldKernel -> ItemSpawner -> ExternalModule?】


「外部モジュール……か」


店主は気にする様子もなく、別の客に声をかけている。だが俺の中で、デバッグ欲求が疼き始めた。HPが1でも、解析と修正なら死なない。むしろ、こういう「仕様の穴」は俺の得意分野だ。


「ちょっと、君。いいか?」


俺は低い声で店主に近づき、コンソールを展開したまま画面を見せた。店主は目を丸くする。


「な、なんだそれ……魔術か何かか?」


「魔術じゃない。これはこの世界の内部を覗くためのツールだ。君のコーヒーに『外部参照』が混入している。どこか別のモジュールからデータが流れ込んでいる可能性が高い」


店主は眉を寄せ、手を擦った。


「外部参照? そんな難しい話はわからないよ。うちのは昔からのレシピで……でも、最近、夜に変な客が来るって噂はあったな。黒いローブの連中が、根っこを大量に買っていくって」


「黒いローブ……それは危険なフラグだ。情報をもっと集めさせてくれ。代わりに、店の宣伝をしておく。客が増えれば君の売上も上がるだろう?」


店主は目を輝かせた。商人の血が騒いだのだろう。俺は内心で苦笑しつつ、条件を提示する。


「まずはこのアイテムのサンプルを一つくれ。解析して安全性を確認する。もし問題があれば、修正パッチを当てる。報酬は後で相談だ」


店主は少し躊躇したが、結局うなずいた。


「わかった。だが、あれは高価なんだ。一本で結構な値段になる。持っていくなら気をつけてくれよ。夜に来る連中は、ちょっと怖いから」


俺はサンプルを受け取り、インベントリに格納した。ウィンドウには新しいエントリが追加される。


【Quest Accepted: 咲かぬ根の調査】


【Objective: Mandragora_Brew の出所を突き止める】


【Reward: 店主の信用 + 初期資金(交渉次第)】


クエスト名は地味だが、内容は面白い。外部モジュールの痕跡は、この世界の「正規の運用」から逸脱した何かを示している。開発者の残したゴミコードか、あるいは別の管理者が仕込んだバックドアかもしれない。


「ところで、君。店の裏口はどこだ?」


「裏口? ああ、倉庫の方だ。夜は鍵をかけるけど、昼間なら開いてるよ」


「昼間に行く。誰にも見られたくない」


俺は立ち上がり、スーツのポケットに手を入れた。HPは1だが、頭は冴えている。解析と改変――それが俺の武器だ。喫茶店のカウンター越しに店主が微笑む。彼の笑顔は純粋で、どこか哀愁を帯びていた。


「ありがとう、助かるよ。終わったら一杯奢る」


「奢りなら大歓迎だ! あんた、いい人だね!」


店を出ると、外の光が眩しく感じられた。王都の雑踏が再び俺を包む。だが、胸の奥には小さな期待が芽生えていた。バグは修正されるためにある。俺はそれを見つけ、直し、そして――利用する。


歩き出す前に、ふと背後を振り返る。店の窓越しに、店主がカップを拭きながら俺を見送っている。その目の端に、ほんの一瞬だけ、青い光が走ったように見えた。


【Notice: Administrator Probe Detected】


コンソールが囁く。誰か――あるいは何か――が、俺の動きを監視しているらしい。だが今は気にしない。まずは倉庫だ。情報は足で稼ぐものだ。


俺は歩を進めた。王都の石畳が、俺の靴底に冷たく響く。デバッグは始まったばかりだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ