第33話:無限ループの商魂と、物理的遮断(ハード・キル)
「金猫商会」の倉庫前は、異様な光景になっていた。
建物全体が青白いスパークに包まれ、窓からはバチバチという破裂音と共に、無数の「幻影のチラシ」が噴出している。
『本日特売! ポーション半額!』
『驚きの洗浄力!』
『今すぐアクセス!』
空中に投影された広告の文字が、雪崩のように道路を埋め尽くしていた。
「な、なんだこれは……! 広告が実体化して、通行人を押し潰そうとしているぞ!」
セリスが盾を構え、飛んでくる「半額」の文字を弾き返す。
「高密度の魔力が具現化してるんだ。データが重すぎて物理ダメージが発生してる。……まさに『重いサイト』の物理版だな」
俺は安全地帯であるセリスの背後に隠れながら、倉庫の中を観察した。
中心にあるのは、祭壇の上に置かれた巨大な水晶球。そこから暴走した魔力が、ネットワークに向けて際限なく情報を吐き出し続けている。
「ひぃぃぃ! 止まってくれぇ! スイッチが! スイッチが燃えちまったぁ!」
倉庫の入り口で、小太りの男がへたり込んで泣き叫んでいた。商会の主人だ。
「おい、あんたがやったのか?」
俺が声をかけると、主人は縋り付いてきた。
「助けてくれぇ! 宣伝魔法を『自動反復』にセットしたら、止まらなくなっちまった! 魔力供給石も加熱して、触れないんだ!」
「再帰処理の無限ループだな。終了条件を書き忘れたか」
初歩的なミスだが、魔力を増幅する装置に繋いだから事態が悪化した。
「レイジ殿、どうする? 水晶を破壊すれば止まるが、あの爆発的な魔力の中で剣を振るえば、衝撃で周囲の区画ごと吹き飛ぶかもしれん」
セリスの指摘は正しい。無理な強制終了は、データの破損だけでなく物理的な爆発を招く。
必要なのは、安全な「プラグの引き抜き」だ。
「破壊はしない。遮断する」
俺は懐から、一塊の金属シートを取り出した。これは前の『404』事件で手に入れた遺失物の一つ――鉛の成分を含んだ特殊な防護布だ。
「セリス、道を開けろ! 俺があの水晶に、このシートを被せる!」
「正気か!? あの魔力の渦の中に、HP1のレイジ殿が入るなど自殺行為だ!」
「俺以外に、この『遮断の角度』は計算できない。電波(魔力波)は隙間があれば漏れる。完全に密閉しなきゃ意味がないんだ」
俺はシートを頭から被り、テルテル坊主のような格好になった。
「これで魔力ダメージは9割カットできる。残り1割は……お前の気合で防いでくれ!」
「気合で……!? 無茶苦茶なオーダーだが、やるしかないな!」
セリスが剣を構え、魔力の奔流へと突っ込んでいく。
「どけえぇぇッ! 邪魔なスパム広告どもめッ!!」
セリスが剣風で広告の嵐を切り裂く。
その風圧で生じた一瞬の「道」。
俺は走った。
小石につまづかないように、だが全力で。
皮膚がチリチリと焼けるような感覚。HPが0.1、また0.1と削れていくのが分かる。
「残り……2メートル!」
目の前には、唸りを上げて回転する暴走水晶。
俺はタイミングを計った。水晶の放つ魔力波の波長を見切り、出力がコンマ1秒だけ落ちる谷間を狙う。
「今だッ!」
俺は鉛のシートを大きく広げ、水晶全体を包み込むように飛びかかった。
「通信遮断……展開ッ!!」
バシュウウウゥッ!!
熱した鉄を水に突っ込んだような音がして、俺の視界は真っ暗になった。
だが、衝撃は来なかった。
「……止まった、か?」
恐る恐るシートの隙間から覗くと、水晶の光は消え、ただの石に戻っていた。
外で溢れていた広告の山も、霧散して消えている。
「ふぅ……。システム・ダウンさせずに、ネットワーク切断完了だ」
俺はその場にへたり込んだ。
現在のHPは……体感で残り0.15くらいか。全身が鉛のように重いが、生きてはいる。
「レイジ! 無事か!」
セリスが駆け寄ってくる。
商会の主人も腰を抜かしたまま這ってくる。
「あんた……俺の商会を、救ってくれたのか……?」
「救ったわけじゃない。ただ、サーバーに負荷をかける迷惑ユーザーをBANしただけだ」
俺は主人の胸ぐらを(力が入らないので優しく)掴んだ。
「さて、社長さん。世界中にご迷惑をおかけした『事後処理』の時間だ。たっぷりと反省文と賠償金を用意してもらうぞ」
その時の俺の笑顔は、魔王よりも怖かったと、後にセリスは語った。




