第32話:魔導帯域の渋滞と、ボトルネックの所在
王都の通信インフラを支えているのは、街の中央塔にある巨大な『共鳴水晶』だ。
こいつが各端末からの魔力波を受け取り、宛先へと中継している。いわば、王都のサーバーだ。
中央塔への道中、街は軽いパニック状態だった。
「おい、俺の店に大量の『求婚の手紙』が転送されてきたぞ! 俺は既婚者だ!」
「ギルドからの依頼書が文字化けして読めない!」
道行く人々が端末を叩いたり、空に向かって怒鳴ったりしている。
「酷い有様だな。情報伝達が原始時代に逆戻りだ」
セリスが顔をしかめる。
「むしろ逆だ。情報過多で処理しきれてないんだよ。……ほら、あれを見ろ」
俺は塔の上空を指差した。
常人には見えないかもしれないが、俺の目にははっきりと映っていた。水晶から放たれる光の脈動が、不整脈のように乱れ、どす黒い紫色に変色している。
「パケットロス(情報の欠損)どころじゃない。処理遅延が限界を超えてる。あの光り方は、熱暴走寸前だ」
「熱……? 石が熱を出すのか?」
「情報ってのはエネルギーだ。処理しきれない魔力は熱に変わる。あそこで火災が発生したら、王都の通信網は物理的に死ぬぞ」
俺たちは塔の入り口に到着した。管理担当の魔導師たちが、慌てふためいて右往左往している。
「だ、ダメだ! 通信量が減らない! 冷却魔法が追いつかない!」
「誰だ、こんな大量のデータを送り続けているのは!?」
俺は担当官の肩を叩いた。
「どけ。素人が触ると余計に絡まる」
「き、君は『ソースコード』の店主? いや、元英雄の加賀見レイジ!?」
「元SEだと言ってるだろう。状況を見せろ」
俺は制御盤(という名の石版)を覗き込んだ。そこに表示されているトラフィックグラフ――魔力の波形――は、天井に張り付いたまま動いていなかった。
「……DDoS攻撃(大量アクセス攻撃)か? いや、悪意ある外部からの攻撃波形じゃない。これは内部からのアクセスだ」
俺はログを指先でなぞった。かつてのような『管理者権限での解析』はできないが、エンジニアとしての経験則がアラートを鳴らす。
「特定の送信元IDから、異常な頻度で同一のメッセージがブロードキャスト(全方向送信)されている。1秒間に……500回?」
「500回!? そんな速度で詠唱できる魔導師がいるわけがない!」
担当官が叫ぶ。
「人間じゃ無理だ。だが、自動化された魔道具なら可能だ。……誰かが、通信魔道具の仕様を悪用して、『自動拡散』のループを作ってやがる」
俺はログの送信元アドレスを逆探知した。
マップ上の光点は、商業区の一角を示していた。
「場所は特定した。『金猫商会』の倉庫だ」
「金猫商会……新興の魔道具屋だな。最近、派手な広告で有名だが……」
セリスが呟く。
「原因はそこだ。奴らは『広告』を全市民に一斉送信しようとして、設定をミスったんだ。『全市民に送信』じゃなく、『無限に送信し続ける』コマンドを組んだまま、放置してやがる」
これはバグというより、人為的な設定ミス(ヒューマンエラー)。しかし、それが引き起こしているのは都市機能の麻痺だ。
「行くぞセリス。クリスタルの熱が臨界点に達する前に、その暴走した『スパム送信機』を物理的に止める(シャットダウンする)」
「物理的に……つまり、破壊か?」
「いや、電源(魔力供給)を引っこ抜くだけだ。……ただし、暴走した魔道具周辺は魔力の嵐になっているはずだ。俺が近づいたら消し炭になる。お前の盾が必要だ」
「承知した。レイジ殿のHPは私が守る!」
俺たちは塔を後にし、情報の濁流の中心地へと駆け出した。
デジタルな問題を解決する最後の手段は、いつだってアナログな「現場への突撃」なのだ。




