第3話:不正ログイン疑惑と、王都のセキュリティホール
「……はぁ、はぁ……。おい、休憩だ。CPU使用率が100%を超えている」
森を抜けて街道に出てから一時間。俺は道の脇にある手頃な岩に腰を下ろした。
「レイジ殿、もうバテたのか? まだ3キロも歩いていないぞ」
セリスが不思議そうな顔で振り返る。彼女の額には汗ひとつない。
「俺のHPとSTR(筋力)は『1』だと言ったはずだ。お前の基準で考えるな。俺にとっての徒歩移動は、動画編集ソフトを起動しながら3Dゲームを最高画質でプレイするようなもんだ。メモリ不足で落ちる」
「よくわからんが……つまり、ひどく虚弱だということはわかった」
セリスは苦笑しながら、腰の水筒を差し出してくれた。
ぬるい水が喉を通る。味気ないが、渇いたシステム(体)には染みる。
俺たちは王都グラン・リデルに向かっていた。
道中、何度かスライムや野犬といった低レベルモンスター(雑魚mob)に遭遇したが、すべて俺が処理した。
具体的には、『敵の視界描画範囲』を『0』に書き換えて盲目にしたり、『聴覚判定』をカットして背後からスルーしたりした。戦闘ですらない。単なる設定変更だ。
おかげで、俺のレベルは18まで上がっていたが、ステータスポイントは相変わらず『INT(知力)』と『AGI(敏捷)』に極振りしている。
HPは依然として『1』。この世界における俺の体は、フェラーリのエンジンを積んだ軽自動車のようなものだ。速いが、壁に擦っただけで大破する。
「見えてきたぞ、レイジ殿。あれが王都だ」
セリスが指差した先。丘の上に巨大な城壁に囲まれた都市が鎮座していた。
西洋風の石造りの街並み。空を飛ぶワイバーンの騎兵。そして中央にそびえる白亜の城。
なるほど、グラフィックリソースを大量消費しそうな豪華な作りだ。
「ほう。レンダリング遅延もなさそうだな」
「レン……?」
「独り言だ。行くぞ。早くしないと日が暮れる(ナイトモードになる)」
◇
王都の入り口である巨大な城門の前には、長蛇の列ができていた。
行商人、旅人、冒険者。多種多様なNPCたちが検問を待っている。
「アクセス集中か。ロードバランサ(負荷分散装置)が機能していないな」
「今日は特に多いな。……レイジ殿、一つ問題がある」
列に並びながら、セリスが声を潜めた。
「王都に入るには『身分証』の提示か、もしくは『魔道具によるステータス鑑定』が必要になる。貴殿はこの国の民ではないのだろう? 身分証はあるか?」
「あるわけないだろう。俺が持っているのは、前世の社員証と保険証くらいだ」
「シャインショ……? まあいい、ないのならステータス鑑定を受けることになるが……」
セリスが不安げに俺を見た。
「貴殿のステータスは、その……極端すぎる。HP1など、呪いを受けていると判断されて隔離されかねない。それに、その魔法とも違う奇妙な力を見られるのもマズイ」
「なるほど。ファイアウォール(検問)で弾かれるわけか」
俺は列の先頭を見た。
鎧を着た門番が、水晶玉のような装置を入国者にかざしている。水晶が緑に光れば通過、赤なら尋問だ。あれがステータスチェッカーだろう。
「あの水晶、俺の正確な情報を読み取ると思うか?」
「わからん。だが、王家の魔道具だぞ? 嘘は通じない」
「嘘をつく必要はないさ。出力結果をいじればいい」
俺たちの番が回ってきた。
「次! ほう、セリス様ではありませんか」
門番はセリスを見ると敬礼した。
「任務ご苦労様です。そちらの連れの方は?」
「うむ、森で保護した。記憶が曖昧なようでな、私がギルドまで案内する」
「なるほど。では、形式上ですが水晶に手を」
門番が俺に水晶玉を突き出した。
俺は無言で右手を差し出す。
その瞬間、視界にコンソールを展開。
【Target: Analysis_Crystal_v4.2】
【Type: Input/Output Device】
解析開始。
この水晶の仕組みは単純だ。対象の魂からデータを読み取り(SELECT文)、それを光の色と、門番の手元にある石板に文字として表示する(PRINT文)。
まともに触れば、『HP:1』『MP:Error』『Skill:管理者権限』などというバグ全開のログが表示され、即座にエラー落ちするか、異端審問官を呼ばれるだろう。
なら、やることは一つ。
サーバー(俺の魂)からのレスポンスを偽装する。
「――【パケット・インジェクション(偽装応答)】」
俺は指先が水晶に触れる0.01秒前に、コードを割り込ませた。
[> Inject Data: Status]
[Name: Reiji Kagami]
[Job: Merchant (商人)]
[Level: 5]
[Skill: Calculation (計算)]
[Condition: Healthy]
門番が石板を覗き込む。
「ふむ……名前はレイジ・カガミ。職業は『商人』。レベル5……スキルは『計算』ですか。無害ですね」
水晶は美しい緑色に輝いた。
オールグリーン。認証クリアだ。
「商人でレベル5? あのケルベロスを倒しておいてか?」
隣でセリスが小声で突っ込んでくる。
「実効権限(root)を持ったままログインするのはセキュリティ上好ましくないからな。ゲストユーザーとして入るのがマナーだ」
「何を言っているのかさっぱりだが……とにかく、通れたな」
「よし、通っていいぞ。……っと、待て」
門番が急に俺を呼び止めた。
心臓が少し跳ねる。コードにミスがあったか?
門番は俺のスーツ姿をジロジロと眺め、眉をひそめた。
「お前、その服……どこの国の商人だ? 見ないデザインだが」
「……これは極東の島国の、社畜族の伝統衣装だ。過酷な労働に耐えるための戦闘服でな」
「シャチク族……聞いたことがないが、世界は広いな。よし、行け」
門番は納得したように頷いた。チョロいAIだ。
◇
門をくぐると、そこには活気あふれるファンタジーの街並みが広がっていた。
露店が並び、肉を焼く匂いと、何かのスパイスの香りが漂っている。
NPCたちの動きも滑らかだ。バックグラウンド処理もしっかりしているらしい。
「ふぅ……なんとか入れたな。レイジ殿、まずはどうする? 騎士団の詰め所に来るか?」
セリスが安堵の息をつく。
俺は首を振った。
「いや、まずは情報の確保だ。宿も探さなきゃならないし、当面の資金も必要だ」
インベントリにはケルベロスの素材が入っているが、これをいきなり騎士団に持ち込めば「レベル5の商人」という偽装設定と矛盾が生じる。まずは換金できる場所を探さねばならない。
それに、何より優先すべきタスクがある。
「それに、俺には今すぐ摂取しなきゃならないものがある」
「なんだ? ポーションか?」
俺は鼻をひくつかせた。
この世界に来てからずっと感じていた、オゾン臭と獣臭さの中に、微かに混じる芳ばしい香り。
俺の『嗅覚センサー』が正しければ、この香りは……。
「カフェインだ」
俺は街の通りにある、一軒の古びた喫茶店らしき看板を指差した。
「あの店に入るぞ。コーヒーがあるなら、俺の全財産を払ってもいい」
「こー……ひー? 泥水みたいな苦い飲み物のことか? あんなのが好きなのか?」
「泥水結構。今の俺の脳は、覚醒作用のある黒い液体を渇望している」
俺は早足で店に向かった。
HP1の虚弱体質でも、カフェインのためならAGIにバフがかかる気がした。
だが、この時の俺はまだ知らなかった。
この世界の『コーヒー』が、俺の知るそれとは似て非なる、とんでもない代物であることを。
「いらっしゃい! 新鮮なマンドラゴラの根っこ、煎じ立てだよ!」
店主の元気な声に、俺は入り口で硬直することになる。




