第26話:喫茶『ソースコード』の開店準備と、激辛スパイスの例外処理
王都の復興が進む中、中央広場から一本入った路地裏に、新しい店がオープンしようとしていた。
看板には、この世界の住人には解読不能な文字(英語)でこう書かれている。
『Café Source Code』
店主は、救国の英雄でありながら、段差で転んで全治一週間を宣告された「最弱の男」、加賀見レイジである。
「……よし、水平器は完璧だ。看板の傾き角度、誤差0.1度以内。これなら落下事故は起きないはずだ」
俺は脚立の下から、恐る恐る看板を見上げた。脚立に登って釘を打つ作業は、高所落下リスク=即死判定のため、セリスに丸投げした結果だ。
「レイジ殿、本当にこんな店名で客が来るのか? 『ソースコード』など、料理の『ソース』と勘違いされるぞ」
セリスがエプロン姿で腰に手を当てる。鎧を脱いでも、その立ち姿は武人そのままだ。
「それでいいんだ。この店は『情報の交差点』だ。客が持ち込む噂話を解析し、美味いコーヒーと引き換えにアドバイスを提供する。……ま、半分は俺の道楽だがな」
「道楽にしては、命懸けだけどね」
奥の厨房から、煤だらけのミナが顔を出した。
「ちょっと! 『火竜の激辛スパイス』の調合、あんたの指定した配合だと全然辛くないわよ? こんなの、ただの赤い砂じゃない」
「バカ言え。俺の今の耐久値(HP)を忘れたか? スパイスの刺激は、俺にとっては毒ダメージ判定なんだよ。致死量ギリギリの調合を計算した結果がそれだ」
今回の目玉メニュー『英雄カレー(仮)』の開発は難航していた。
この世界の住人――特にセリスのような脳筋騎士や冒険者たちは、味覚の刺激耐性が異常に高い。彼らが「ピリ辛」と呼ぶものは、俺にとっては生物化学兵器に等しい。
「味見してみる? ほら、あーん」
エルダがスプーンに真っ赤なカレーをすくい、悪戯っぽく笑いながら差し出してくる。
「やめろ、エルダ。それは『攻撃』だ。粘膜への直接ダメージは防御力を無視して……」
抵抗も虚しく、スプーンが口にねじ込まれた。
瞬間。
俺の脳内コンソール(現在は脳内妄想のみ)で、緊急アラートが鳴り響く。
【Warning: Intense Heat Detected】
【Damage: 0.1/sec (Continuous)】
「ごふっ……!! ぐ、あぁああ……ッ!?」
俺は喉を掻きむしり、カウンターに突っ伏した。
食道が焼ける。胃袋がマグマに変わる。たった一口で、全身の水分が汗となって噴出していく。
「レイジ!? いきなり顔が真っ赤になったぞ!?」
「呼吸困難!? ミナ、水魔法! 早く!」
「ヒール! ヒールかけるわ! ごめんね、ちょっと量が多かった!?」
店内は一瞬にして野戦病院と化した。
冷水を浴びせられ、回復魔法を連打され、ようやく俺の呼吸は正常に戻った。HPは残り0.3くらいだったと思う。
「……ハァ、ハァ……。死ぬかと、思った……」
カウンターに突っ伏したまま、俺は涙目で呟く。
「もう……驚かせないでよ。本当に死んじゃうかと思ったわ」
エルダが半泣きで俺の背中をさする。
「だから言っただろう……。この世界の『刺激物』は、俺にはデバッガー用の即死トラップと同じなんだ」
俺は震える手で、試作品のカレー鍋を指差した。
「仕様変更だ。その鍋は『激辛マニア向け裏メニュー』として封印しろ。通常メニューは、俺の舌で『美味しい』と感じるレベルまでスパイス率を下げる」
「ええーっ、それじゃ子供用甘口カレーよ?」
ミナが不満げに言う。
「それでいい。……『誰でも食べられる』っていうのは、ユニバーサルデザインの基本だ」
俺が言うと、セリスがふっと笑った。
「まあいい。お前が生きてこその、この店だからな」
◇
数日後。
喫茶『ソースコード』は無事にオープンを迎えた。
看板メニューは二つ。
俺が苦心して再現した、雑味のないハンドドリップコーヒー『管理者の休息』。
そして、野菜の甘みを極限まで引き出し、スパイスを隠し味程度に抑えた『HP1でも食べられるマイルドカレー』。
客入りは上々だった。
冒険者たちは物珍しさに来店し、最初こそ「味が薄い」と文句を言ったが、すぐにその繊細な奥深さに気づき、リピーターになった。
セリスとミナが看板娘として働き、エルダが優しく客の話を聞く。そして俺は、カウンターの奥でそろばんを弾きながら、客たちが落としていく「世界の情報」に耳を傾ける。
「聞いたか? 北の山でまた奇妙な遺跡が見つかったらしいぞ」
「なんでも、古代文字で『404』って刻まれた扉があるとか……」
俺の手が止まる。
「404……Not Found(未検出)か」
どうやら、俺の仕事はまだ終わっていないらしい。
だが、焦る必要はない。今の俺はもう、世界を一人で背負う管理者じゃない。
「いらっしゃいませ!」
ドアベルが鳴り、新しい客が入ってくる。
俺は最高の(HPに優しい)コーヒーを淹れるため、ゆっくりとポットを持ち上げた。
この騒がしくも愛おしい「バグだらけの日常」こそが、俺が勝ち取った最高の報酬なのだから。
【クエスト完了:飲食店の開業】
【報酬:繁盛店、常連客の噂話、激辛耐性の再確認】
【現在HP:1/1 (Healthy)】




