第23話:未定義動作の怪物と、レガシーコードの英雄
「総員、防御態勢!」
俺の叫びと同時に、ミナが展開した光の障壁に、無数の紙屑の刃が突き刺さる。
ただの紙ではない。一枚一枚が「ボツになった設定」だ。
触れた瞬間に、『重力反転』や『酸素消失』といった凶悪な異常ステータスを強制付与してくるバグの嵐だ。
『Delete... All...』
影――『開発者の亡霊』が、机を叩いた。
その衝撃波だけで空間が歪み、俺たちの足元の座標軸(XYZ)がずれる。
「うわっ!?」
セリスがバランスを崩し、天井に向かって「落下」しかけた。重力定数がローカルで書き換えられたのだ。
「座標修正(Fix_Coord)! セリス、右の柱に捕まれ!」
俺は空中でコマンドを入力し、セリスの座標を強制的に固定した。
冷や汗が流れる。相手は「創造主の権限」そのものだ。正面からのハッキングでは、権限レベルの差がありすぎて弾かれる。
「どうすればいい!? 剣が届かない! あいつ、実体があるのか!?」
セリスが天井に張り付いたまま叫ぶ。
「あいつ自体が『未定義動作(Undefined Behavior)』の塊だ! 正攻法の物理攻撃は通じない!」
影が腕を振るうと、空間に黒いノイズの裂け目が走った。そこから漏れ出るのは、何も存在しない「無」。
NARRATOR-NULLが見せた消去とはレベルが違う。これは、世界の記述そのものの破棄だ。
『疲れた……もう、終わらせたい……』
亡霊の声が脳内に響く。それは憎悪ではない。深い疲労と、自分の作品が手に負えなくなった絶望だ。
俺は唇を噛んだ。わかる。痛いほどわかる。
仕様変更の嵐、修正不能なスパゲッティコード、終わらないデスマーチ。
「もう全部消して楽になりたい」と願った夜が、俺にも数え切れないほどあった。
だが。
「逃げるなよ……ッ!!」
俺は一歩踏み出した。HP1の脆弱な体が、プレッシャーできしむ。
「お前が放り投げたコードの中で、必死に生きてる連中がいるんだよ! バグだらけでも、重くても、理不尽でも……!」
俺はインベントリから、一本の剣を取り出した。
第1話で女神から提示され、「要らない」と一蹴した聖剣――ではない。
道中で拾った『鉄屑』と、エルダたちが集めた『人々の記憶』、そして俺がこの旅で解析してきた『世界のログ』。
それらをその場で結合し、一本のプログラムへと昇華させる。
「俺は魔法なんて使えない。剣術もレベル1だ。だがな、腐ったコードを『リファクタリング(再構築)』することにかけてはプロだ!」
俺の手の中で、鉄屑と光が渦を巻き、キーボードのような文様が刻まれた輝く刃へと変わる。
【Unique Item Crafted: Debugger_Blade_v1.0】
【Effect: Ignore Authority (権限無視), Code Injection (コード注入)】
『……Debug……?』
亡霊の動きが止まる。
「ミナ、全魔力を俺の剣へ! セリス、俺の体を担いで突っ込め! エルダ、亡霊に『感謝』を伝えろ!」
「「「了解ッ!!」」」
ミナの杖から膨大な魔力リソースが供給され、俺の処理速度がオーバークロックする。
セリスが天井から床を蹴り、俺の襟首を掴んで弾丸のように加速した。
HP1の俺はGで死にそうになるが、今は演算に全振りだ。
「ありがとう……この世界を作ってくれて!!」
エルダの叫びが、亡霊の「絶望」というパラメータに干渉する。ノイズの壁が揺らぎ、僅かな隙間ができた。
「そこだああああッ!!」
俺はセリスの腕の中から、デバッガー・ブレードを突き出した。
狙うのは亡霊の胸――その奥にある『中核』。
『No... Stop...』
亡霊が無数の「エラーメッセージ」の盾を展開する。
【Fatal Error】 【System Halted】 【Access Denied】
俺は笑った。
「その程度のエラー、日常茶飯事なんだよ!!」
刃がエラーの盾を貫通し、亡霊の胸に突き刺さる。
破壊ではない。注入。
俺が流し込んだのは、攻撃魔法ではない。
たった一行の、しかし最強の修正パッチ。
[> Update Objective: Live]
(更新目標:生きろ)
「思い出せ……! お前が最初に、『Hello World』って打ち込んだ時のワクワクを!!」
閃光が炸裂した。
四畳半の部屋が、セピア色の絶望が、真っ白な光に塗り替えられていく。
亡霊の形が崩れ、光の粒子となって俺の剣へと吸い込まれていく。
そして、古いモニターの画面に、新しい文字列が表示された。
『……Compiling... Success.』
『Thank you, Maintainer (管理者).』
轟音と共に、四畳半の部屋が消滅し、俺たちは真っ白なキャンバスのような新しい空間へと投げ出された。
そこは崩壊の終わる場所であり、新しい何かが始まる場所だった。
俺は地面に大の字に寝転がった。
HPは……辛うじて「1」。
またしても、致命傷スレスレの完全勝利(デバッグ完了)だ。
「……さて、残業時間は終わりか?」
見上げれば、青い空のコードが、美しくレンダリングされ始めていた。




