第22話:創造主の作業机、または放棄されたプロジェクト
黒いゲートを抜けた先に広がっていたのは、光り輝く神の座でも、燃え盛る地獄の業火でもなかった。
そこは、薄暗く散らかった「四畳半の部屋」だった。
壁には『プロジェクト・ファンタジア(仮)設定資料』と走り書きされた付箋が無数に貼られ、床には丸められた失敗案が散乱している。
空間全体がセピア色の寂寥感に包まれていた。だが、俺にはわかる。この紙屑一つ一つが、地上においては巨大な大陸や神話を形成する元データなのだ。
「これが……世界の創世記……?」
ミナが息を呑み、足元の紙屑――かつて竜の雛型としてデザインされ、ボツになったデータ――を拾い上げる。
「ああ。どうやらこの世界は、完璧な神が作った箱庭じゃない。締め切りに追われ、予算に喘ぎ、最終的に『エタった(未完のまま放置された)』開発中のプロジェクトだ」
俺は部屋の中央にある、ちゃぶ台のような作業机に歩み寄った。
そこには、埃を被った古いモニターと、誰かが突っ伏したまま石化したような「影」があった。
セリスが剣の柄に手をかける。
「レイジ、あれが……創造主か?」
「いや、あれは『遺志』だ。開発者がこの世界を見捨てた瞬間の、無念や諦めの感情が焼き付いた残留思念だよ」
俺はコンソールを開き、その影をスキャンした。
【Object: The_Developer (Ghost)】
【Status: AFK (Away From Keyboard) since 10,000 years】
一万年前の最終更新。
それが意味するのは、この世界が一万年の間、管理不在のまま自走し、バグを溜め込み、そして今、限界を迎えて崩壊しようとしているという事実だ。
「おい、起きろよ。開発者」
俺は影の肩を揺さぶろうとした。
HP1の俺が触れれば、システム権限の差で弾け飛ぶかもしれない。だが、同じエンジニアとして、一言文句を言ってやりたかった。
その時。
机の上のモニターが勝手に明滅し、DOS画面のような緑色の文字が走った。
『Why do you struggle? (なぜ抗う)』
『It's a Garbage. (これはゴミだ)』
影が、ゆっくりと顔を上げた。
その顔には目も鼻もなく、ただ真っ黒な虚無(Null)が広がっていた。
「ゴミじゃない。……俺たちの、世界だ!」
エルダが叫ぶ。
影は答えない。ただ、部屋の空気が急速に冷え込み、壁に貼られた「設定資料」が一斉に剥がれ落ちて、鋭利な刃となって俺たちに向けられた。
開発者の諦め(・・・・・・)が、今、明確な殺意となって襲いかかる。




