第21話:対話型デーモンと、死のライブデバッグ(本番環境)
視界を埋め尽くす赤色のアラート。
空中に浮かぶカウントダウンタイマーは、無慈悲にその数字を減らしていく。
【System Format: 40% Complete...】
【Estimated Time Remaining: 00:04:59:00】
「ふざけるな……。残り5日と言った舌の根も乾かぬうちに、処理を加速させるか!」
俺は毒づきながら、コンソールにコマンドを打ち込んだ。だが、エンターキーを押すよりも早く、システム・デーモン『ALPHA』がその腕(のようなポリゴンの塊)を振り上げる。
『肯定(Yes)。バグの元凶である貴君を排除し、処理を最適化します。これは「交渉」ではなく「通達」です』
ALPHAの指先から、無数の白い立方体が射出された。
それらは地面に着地すると、不気味な駆動音と共に変形し、真っ白な騎士の形をとった。顔には目鼻の代わりに【403 Forbidden】という文字列だけが明滅している。
「セキュリティ・ボットか。それもカーネル直属の特権プロセス持ちだ」
「レイジ、あれはヤバい!」
セリスが叫ぶ。「私の騎士としての勘が言っている、斬っても手応えがない奴らだ!」
「ああ、物理耐性は99.9%だろうな。あれはただの質量じゃない。『拒絶』という概念が具現化したものだ」
俺は即座に指示を飛ばした。
「セリス、ミナ、エルダ! 俺の周囲5メートルを死守しろ! 掠り傷ひとつで俺は終わるが、それ以上に、俺がキーボードから手を離した瞬間、この世界が終わる!」
「無茶苦茶な注文だけど……やるしかないのね!」
ミナが杖を掲げ、多重障壁を展開する。セリスは銀色の軌跡を描いて【403】の群れに突っ込んだ。
ガギィンッ!!
鋭い金属音が白い空間に響く。セリスの剣はボットの腕を浅く切り裂いたが、傷口からは血ではなくノイズが噴出した。
『排除行動を開始。対象:不正アクセス者、およびその協力者』
ボットたちが機械的に包囲網を縮めてくる。
俺はその光景を背中で感じながら、目の前のモノリスと向き合った。
やるべきことは、ボットの撃退じゃない。元栓を締めることだ。
「おい、ポンコツ管理者。俺の話を聞け」
俺は高速でコードを叩きながら、デーモンALPHAに語りかけた。
「お前がフォーマットを急ぐ理由はわかる。『世界と、住人の乖離』が限界値を超えたからだろう?」
デーモンは攻撃の手を止めずに、淡々と答える。
『肯定。リソースの無駄遣いです。住人たちは、設計された運命から逸脱しすぎました。貴君が持ち込んだ「自由意志」というウイルスによって』
「それを『進化』と呼ぶんだよ、石頭」
俺は額から流れる汗を拭う余裕もなく、指を走らせる。
今の俺がやろうとしているのは、通常のエンジニアなら卒倒するような作業だ。
稼働中のOS(世界)を止めずに、その核となるカーネルコードを書き換える。いわゆる「ホットパッチ」の適用。
失敗すればブルースクリーン――いや、この世界の場合はブラックホールが発生して全データが消し飛ぶ。
「ぐっ……!」
突然、脳が焼き切れるような頭痛が走った。鼻から温かいものが流れる。鼻血だ。
生身の人間の脳で、神の領域の演算をエミュレートしている反動が来ている。
【Warning: CPU Overload (Brain)】
【HP: 1 / 1 (Critical Logic Error Risk)】
『無駄です。貴君のハードウェア(肉体)では、この階層の処理負荷に耐えられません』
デーモンの声に、僅かな蔑みが混じった。
『大人しく削除されなさい。次のバージョンでは、もう少し従順なNPCとして再生成してあげましょう』
「お断りだ……!」
俺は血の味を噛み締め、獰猛に笑った。
「俺は社畜だぞ? 70時間残業のあとに、仕様変更だらけのスパゲッティコードを修正させられた夜を舐めるなよ」
そうだ。前世の地獄に比べれば、今の状況などまだマシだ。
少なくとも、ここには守るべき仲間がいる。そして、修正すれば動くという確証がある。
「ミナ! エルダ! あの時集めた『市民の記憶』を展開しろ! ストレージとして使う!」
「えっ!? あの光を、ここに!?」
「そうだ! 俺一人の脳みそじゃ容量不足だ。王都の数万人の『意志』を並列処理のリソースとして借りる!」
エルダが震える手で端末を操作した。
「わかった……やってみる! お願い、みんな、力を貸して!」
瞬間、モノリスの白い空間が、無数の青い光で満たされた。
パン屋のオヤジ、花売りの少女、門番の兵士。彼らの日々の記憶、明日への希望、悩み、苦しみ。それらすべてがデータの奔流となり、俺のコンソールへと接続される。
【Connection Established: Node Count 58,402】
【Processing Power: Infinite】
「う、おおおおおお……ッ!!」
爆発的な情報量が俺の中を通り抜けていく。意識が飛びそうになるのを、気合とカフェインへの渇望だけで繋ぎ止める。
「見ろよ、ALPHA。これが、お前が削除しようとした『無駄なデータ』の底力だ!」
俺はその膨大なリソースを束ね、たった一つのコマンドへと変換した。
【Target: Process "System_Format"】
【Command: Override Priority -> Lowest (Idling)】
【Action: Force Suspend (一時停止)】
「そのふざけたフォーマット処理を……一時停止しろッッ!!」
『な……に……? アクセス権限が……上書き……!?』
ズガガガガガッッ!!
白い空間全体が激しく振動した。
ボットたちの動きがカクつき、停止する。
空中のカウントダウンタイマーが、ノイズと共にフリーズした。
【System Format: Suspended】
【Remaining: ERROR】
『理解不能。何故、これほど不安定なデータを統合できた? 個我の集合体は、通常、相殺しあって崩壊するはず……』
ALPHAの輪郭がぶれる。論理的な矛盾を突きつけられ、処理落ちしているのだ。
俺は膝をついた。HPは減っていないが、精神力ゲージはマイナスを突破している。
「人間ってのはな、矛盾してるからこそ強いんだよ。……完璧な論理だけで動くお前には、一生理解できないバグさ」
セリスが駆け寄ってくる。「レイジ! 顔色が真っ青だぞ!」
「問題ない……顔色が悪いのは職業病だ」
俺はふらつく足で立ち上がり、動かなくなったデーモンを見据えた。
「さて、フォーマットは止めた。だが、まだ終わってない」
俺はモノリスを指差した。
「根本的な解決をするには、この世界の『根源』まで潜る必要がある。……なあ、ALPHA。お前の上司は誰だ?」
デーモンは沈黙していたが、やがてそのポリゴンの体が再構成され、人間に近い姿へと変わった。少年のような、少女のような、中性的なアバター。
『……貴君は、管理者への反逆を選択しました。推奨されませんが、拒絶もできません』
デーモンの声から、敵意というよりも、困惑に近い響きが感じられた。
『最深層ディレクトリ「Genesis(創世記)」へのパスを開示します。ただし、そこは論理の彼岸です。HP1の存在が立ち入れば、確率論的に99.9999%の死が待っています』
「0じゃないなら、通る価値がある」
俺は振り返り、仲間たちを見た。
ボロボロの鎧で息を切らすセリス。
魔力を使い果たして座り込むミナ。
恐怖に耐え、最後までデータを守りきったエルダ。
「ここから先は、俺一人で行く」
俺がそう言うと、三人は同時に「嫌だ」と言った。
セリスが笑いながら剣を杖代わりにする。
「HP1のお守りをするのが私の仕事だと言っただろう? 最後まで付き合わせてもらう」
ミナも髪を払いながら立ち上がる。
「未開の知識があるなら、魔導師として見逃せないわ」
エルダは、しっかりと俺の手を握った。
「みんなの記憶が繋がってる。一人じゃないわ」
俺はため息をつき、そして――微かに微笑んだ。
「……まったく、これだからNPC(人間)は非合理的だ」
デーモンALPHAが、モノリスの表面に新たな黒いゲートを開いた。
そこはコードの奔流が渦巻く、混沌の深淵。
「行くぞ。世界を『修正済み(Fix)』にして、明日ってやつを実装しにな」
俺たちは光と闇が入り混じるゲートへと足を踏み入れた。
世界が生まれ、バグり、そして進化を止めた場所――創世の地へ。




