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第20話:禁書庫の絶対防御と、予定されたサームバーダウン

大図書館は、王都の地下深くに根を張る巨大な知識の樹そのものだった。

地上の建物は氷山の一角に過ぎない。俺たちが踏み入れたのは、一般市民には存在すら知らされていない「深層領域」――OSで言えば、一般ユーザー権限ではアクセス不可能なシステムフォルダの階層だ。


湿った空気にはカビの臭いではなく、帯電した金属と冷却ファンのような微かな風切り音が混じっていた。


「……信じられない。王都の地下に、これほどの空間があったなんて」

セリスが松明を掲げ、呆然とつぶやく。


照らされたのは、果てしなく続く本棚の列ではない。空中に浮遊する無数の光る石版タブレットだった。それぞれが複雑な幾何学模様を描きながら明滅し、目に見えない配線で繋がっている。


「本じゃないな。あれは全てデータベースのレコードだ。この世界で起きた事象、生まれた命、死んだ歴史……全てがログとして記録されている」


俺はスーツの内ポケットから、ハンカチを取り出して眼鏡(伊達だが、気合を入れるスイッチだ)を拭いた。

「さて、NARRATOR-NULLが吐き出したポインタによれば、奴らの本拠地はこの奥の『禁止セクション』にあるはずだ」


我々の前には、通路を塞ぐように巨大な扉がそびえ立っていた。

ミスリル合金のような銀色の素材で作られ、表面には目が眩むほど緻密な魔法陣が刻まれている。触れれば炭化するほどの高密度魔力が渦巻いているのが、HP1の俺の肌でも感じ取れた。


ミナが青ざめた顔で言う。

「これが……伝説の『賢者の結界』よ。過去に何人もの大魔導師が挑んで、誰一人として開けられなかったという絶対防御。物理干渉も、魔法干渉も、すべて無効化する」


エルダが震える手で扉に触れようとするが、指先がパチリと弾かれた。

「だめ……拒絶される。アクセス権がない」


「当たり前だ。これは魔術的な防壁である以前に、認証ゲートウェイだからな」

俺は扉の前に進み出た。

右手で空中にコンソールを展開する。


通常の魔法使いなら、魔力をぶつけて破壊しようとするだろう。

だが、SEシステムエンジニアの視点で見れば、この扉はただの「ログイン画面」だ。強固な暗号化が施されているなら、正面から破る必要はない。


「NARRATOR-NULL、LUCID-ADMIN、SILENT-ARCHON……。今まで集めた管理者たちの『署名シグネチャ』。これが何を意味するか分かるか?」


俺はインベントリから、今まで集めたログの断片を展開した。それらをパズルのように組み合わせる。


「彼らはそれぞれが個別のIDを持っていたが、同時に共通の『グループポリシー』に属していた。つまり、この扉を通過するためのセッションキーの一部を、奴らは持っていたんだ」


「つまり……?」セリスが首をかしげる。


「鍵はもう手元にあるってことだ。少し強引な手法クラックだがな」


俺は集めた署名データを結合し、擬似的なマスターキーを生成した。

【Generating Session Token...】

【Spoofing User: ADMN_COUNCIL_MEMBER】


「――認証情報のスプーフィング(なりすまし)。俺は今から、管理者会議の一員として振る舞う」


指先で最後のエンターキーを叩く。


[> Access Request: Forbidden_Section]

[> Auth Token: Valid]


ごうん、と地響きが鳴った。

数百年開くことのなかった絶対防御の扉が、重々しい音を立てて左右にスライドし始める。


「開いた……!?」

ミナが腰を抜かしかけた。「大魔導師たちが一生をかけても無理だったのに、わずか数分で……?」


「ロジックは魔力よりも鋭い。行こう。この奥に、この世界の『仕様書』があるはずだ」


   ◇


扉の向こう側は、無機質な純白の空間だった。

床も壁も天井もなく、ただ白い光の中に、一本の黒いモノリスが鎮座していた。

モノリスの表面には、共通言語ではない、しかし俺には馴染み深い文字列が滝のように流れている。


そう、ソースコードだ。


「ここが……世界のカーネル。管理者コンソールの実体か」


俺は駆け寄り、モノリスに触れた。

指先から情報が流れ込んでくる。HP、重力係数、魔法定数、気象パラメータ……この世界を構成するすべての変数がここにある。


だが、俺の目はある一点の「スケジュールタスク」に釘付けになった。


[System: Project_Phantasia]

[Status: Unstable (Too many bugs/modifications)]

[Action: Scheduled System Format]

[Timer: 00:05:00:00]


「……おい、嘘だろう」

背筋に冷たいものが走った。


「レイジ、どうした? 何が見えているの?」エルダが不安げに尋ねる。


「この世界は……エラーが多すぎるために、廃棄処分が決まっている」

俺は乾いた声で告げた。

「あと5日。5日後に、『システムフォーマット』が実行される。それは文字通り、この世界のリセットだ。俺たちも、王都も、NPCも、すべて削除される」


「削除……? そんな、世界の終わりということか?」

セリスが剣を落としそうになる。


「そうだ。今まで戦ってきた『管理者会議』の連中は、おそらくこの崩壊を止めるために管理しようとしていたのか、あるいは――整然と終わらせるために動いていたのか」


その時、モノリスの背後から空間が割れ、光る人型のシルエットが現れた。

目鼻立ちはない。全身がコードで構成された存在。


【Identified: SYSTEM_DAEMON_ALPHA (System Keeper)】


『警告。不正アクセスを検知。特異点 ID:2995114 カガミ・レイジ』

抑揚のない、だが圧倒的な圧力を伴う機械音声が空間を震わせた。


『貴君の干渉により、世界のエントロピー(バグ)が増大しました。予定されていたフォーマット処理を前倒しする必要があります。即時実行プロトコルを開始しますか? [Y/N]』


セリスとミナが即座に構えるが、相手は物理的な実体を持っていない。


俺は汗を拭い、スーツの襟を正した。

HP1の虚弱な体。だが、目の前にあるのは究極のバグだ。


「バカ言え。納期も守らずにサ終(サービス終了)なんて、ユーザーを舐めるのもいい加減にしろ」


俺は虚空に指を走らせた。

「俺はエンジニアだ。バグがあるなら直せばいい。サーバーを爆破して解決するのは、三流のやることだ」


『抵抗は無意味です。権限(Authority)が不足しています』


「権限がないなら奪うまでだ。……管理者(神)さんよ、ここからは残業時間だ。覚悟しておけ」


コンソールが赤く点滅し、最終フェーズへのカウントダウンが始まった。


【クエスト更新:世界の削除フォーマットを阻止せよ】

【制限時間: 119:59:59 ……加速中】

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