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第17話:失われた断片と、語り手の影

移送の混乱から数日、王都は疲弊と警戒の二重奏を奏でていた。失われた鍵の断片は依然として行方不明で、評議会は公開と封鎖の両輪を回し続けている。だが市民の目は鋭く、噂は刃のように広がる。俺たちは傷を癒す暇もなく、次の手を打たねばならなかった。外部勢力は沈黙しているようでいて、実際には再編を進め、我々の隙を窺っている。


「断片はどこへ行った?」セリスが問いかける。彼女の声は冷たいが、そこに揺らぎがある。エルダは被害者たちの名簿を抱え、夜ごとに支援の調整をしている。ミナは鍵の残りを厳重に守りながら、解析を続けている。俺はハニーポットのログを再解析し、爆発の瞬間に残された微かなパケットを追った。そこに浮かび上がったのは、予想外の経路だった――王都の外縁ではなく、内側の「語り手」のネットワークだ。


語り手。誰もが物語を語る権利を持つと信じていたが、ここでは「語り手」が情報を選び、編集し、再配布する役割を担っていた。ARCHIVE-STEWARDやSILENT-ARCHON、CORE-ADMIN――彼らは単なる管理者ではなく、誰の記憶が保存され、誰の物語が消されるかを決める編集者でもあった。失われた断片は、外部の物理拠点ではなく、王都の内部に潜む語り手の手に渡された可能性が出てきた。


「内部の編集者か」ミナが低く呟く。彼女は鍵の筒を胸に抱え、目を伏せる。裏切りの連鎖は外側だけでなく、内側にも広がっている。評議会の一部、学者や役人の中に、情報の流れを操作して利益を得ようとする者がいるのかもしれない。だが証拠は薄く、告発は慎重を要する。無闇に暴けば、正義は別の暴力に変わる。


我々はまず小さな調査班を編成した。公的な手続きと並行して、非公式に内部の通信を監査する。方法は単純だが危険だ。公開リポジトリの注釈と市民の投稿をクロスリファレンスし、語り手が差し替えた痕跡を探す。夜を徹して解析を続けるうち、ある一連の投稿が浮かび上がった。表向きは市民の証言だが、メタデータには同一の編集署名が残っている。署名は微妙に変形しており、外部のハンドルとは異なる。内部の誰かが、自らの手で物語を編んでいる。


「ここだ」エルダが指差す。投稿の一つに、失われた断片の所在を示唆する暗号的な一節が埋め込まれていた。だがそれは誘いでもある。語り手は我々を試し、反応を観察している。罠か、あるいは助けの手か。選択はいつも二重に見える。


我々は慎重に動いた。公開の場での告発は最後の手段とし、まずは内部の小さな会合を設けることにした。評議会の一部と、信頼できる市民代表を招き、匿名で情報の流れを議論する場だ。目的は単純だ。語り手の存在を明らかにし、彼らが何を編集しているのかを可視化すること。透明性を以てしてのみ、語りの独占は砕ける。


会合の夜、空気は張り詰めていた。匿名の証言が次々と提示され、編集署名のパターンが可視化される。驚くべきことに、署名の一部は評議会の外郭に近い人物のものと一致した。だが同時に、別の署名が市民の間で自発的に生まれていることも示された。語り手は単一の存在ではなく、分散したネットワークであり、その中には善意の編集者もいれば、利害で動く者もいる。


「我々は語りを取り戻す必要がある」エルダが静かに言った。彼女の言葉は会場に染み渡る。語り手の支配は、単に情報の操作ではない。人々の記憶と尊厳を奪う行為だ。失われた断片は、誰かの物語を消すために使われるかもしれない。俺たちはそれを許せない。


会合の結論は二つだった。第一に、公開リポジトリの注釈制度を強化し、編集履歴を不可逆に保存すること。第二に、失われた断片の行方を追うための市民参加型の捜索を開始すること。市民自身が語りを守る主体となれば、語り手の独占は崩れる。だが実行には時間と信頼が必要だ。


その夜、俺は一人で広場を歩いた。群衆のざわめきは静まり、端末の光だけが点々と揺れている。ポケットの中の空虚はまだ冷たいが、代わりに何かが芽生えている感覚があった。権限を失った代償は消えないが、失った分だけ人々の信頼を得ることができるなら、それは別の価値だ。


翌朝、ハニーポットが新たなシグナルを拾った。断片の一つが、王都の古い劇場の地下に隠されている可能性があるという。劇場は物語の場所だ。語り手がそこに断片を置くのは象徴的だが、同時に巧妙でもある。我々はすぐに向かうことにした。失われた断片を取り戻すため、そして語りを取り戻すために。


扉を開けると、埃と古い紙の匂いが鼻を突いた。舞台の裏には、かつての演者たちの名簿や脚本が積まれている。そこに、微かに光る金属の筒が埋もれていた。手を伸ばすと、冷たさが指先に伝わる。筒には小さな刻印があり、それは見覚えのある編集署名と一致した。


だがその瞬間、背後で床板が軋み、影が動いた。語り手は我々を待っていたのか、それとも別の誰かが先に来ていたのか。剣の柄が冷たく、端末の画面が震える。物語は再び動き出す。失われた断片は見つかった。だがそれを巡る争いは、まだ終わらない。誰が語り手となり、誰が語られる者となるのか――その答えは、これからの議論と行動の中で決まるのだ。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。とても楽しく読ませていただきました。
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