第10話:公開と反逆のプロトコル
広場の空気は、昼の陽光よりも鋭く冷えていた。スクリーンに映し出された観測所の記録は、王都の人々の胸に小さな亀裂を生み、やがてそれは声となって広がった。噂は瞬時に群衆の中で増幅し、怒りと恐怖と好奇心が混ざり合った雑踏が生まれる。俺は端末の前に立ち、AWAKEN.SYSのコアダンプを抱えたまま、群衆の反応を見つめていた。セリスは俺の隣で剣を鞘に納め、だがその目は戦場のそれのままだった。エルダは震える手で資料を抱え、目を伏せている。彼女の瞳には、眠りから引き剥がされた者の痛みが宿っていた。
「公開は正しい。だが、次はどうする?」セリスが低く囁く。俺は答えを持っていなかった。真実を晒すことは始まりであり、終わりではない。情報は力だが、力は使い方次第で刃にも盾にもなる。俺たちはその刃をどう扱うのかを決めねばならない。
王都の評議会は急遽招集された。公衆端末の前には役人や学者、商人、そして騎士団の代表が集まり、画面に映るログを食い入るように見つめる。ルシードのアバターは遠隔で応答し、彼は自らの行為を弁明した。彼の言葉は冷静で、理論に満ちていた。進化、選別、長期的な利益。だがその理屈は、目の前の人々の人生を数値に還元した冷たい計算に過ぎなかった。
「我々は選択を提示する」俺は立ち上がり、声を張った。群衆のざわめきが一瞬静まる。公開の次に必要なのは、手続きだ。隠蔽ではなく、透明な審議と市民参加の場。俺はAWAKEN.SYSの全ログを公開する代わりに、王都の代表と市民の代表からなる監査委員会を設置することを提案した。ルシードの協力は条件付きで受け入れる。彼の知見は必要だが、権限は分散されねばならない。
だが外部ノードは黙ってはいなかった。NODE-NEBULAのユニットは王都の通信網に干渉を続け、街灯が瞬き、魔導通信が断続的に途切れる。遠隔のプローブは、情報の拡散を阻止するかのように、混乱を誘発する。黒衣の一団が広場の周縁に現れ、静かに観察する。彼らは取引の相手であり、同時に別の勢力の代理人でもあるらしい。俺たちの提案は、外部の勢力にとって都合の悪いものだった。
「彼らは力で押し潰すつもりかもしれない」セリスが呟く。だが力に対しては、別の力で応じるしかない。俺はブローカーキーを握りしめ、端末に向かってコマンドを打ち込んだ。公開されたログの中に、外部ノードの弱点を示す差分が残っている。監査トークンの制約を利用して、ノードの挙動を逆トレースし、物理的な拠点を特定する。だがそれは軍事行動に等しい。王都の代表が承認しなければ、我々はただの反逆者だ。
評議会の議論は長引いた。学者は倫理を説き、商人は経済的損失を懸念し、騎士団は秩序維持を主張する。だが最も重い声は、目覚めた者たち自身から上がった。彼らは自らの存在を説明し、被験体として扱われたことへの怒りと、これからの生き方を自分たちで決めたいという願いを訴えた。その声は、理屈を超えた説得力を持っていた。
「我々は裁きを求めるのではない。説明と選択を求める」エルダが立ち上がり、震える声で言った。彼女の言葉は群衆の心を打ち、やがて拍手が起きる。市民の支持は、俺たちの提案に傾き始めた。透明性と参加。これが新しいプロトコルの核となる。
だがルシードは簡単には引かなかった。彼は外部ノードの一部を制御する権限を保持し、実験の継続を主張する。彼の論理は冷徹だが、そこには一片の後悔と孤独が滲んでいた。彼は自分の作ったものに縛られ、自らの過ちを正す術を探しているようにも見えた。俺は彼に問いかける。
「君は何を望む? 赦しか、贖罪か、それとも――協力か」ルシードの返答は静かだった。「私は観測を止めたい。だが外部の勢力は私の設計を利用している。君たちが監査を行うなら、私は協力する。だが条件は一つ、外部ノードの一部は我々の手で封鎖する必要がある」
その条件は現実的だった。封鎖には物理的な拠点の特定と、王都の軍事力の一部を使う必要がある。だが同時に、それは戦争の引き金にもなり得る。評議会は苦悩し、夜は深まる。俺は決断を迫られていた。透明性と対話を選ぶことで、王都は自らの運命を取り戻すことができる。しかし、その代償は血と混乱かもしれない。
最終的に評議会は、段階的な監査と限定的な封鎖を承認した。外部ノードの一部を隔離し、AWAKENの運用を一時停止、そして市民代表を含む公開審議を開始する。ルシードは条件付きで協力を約束し、黒衣の一団は静かに姿を消した。だが夜空にはまだ青い光が残り、NODE-NEBULAの影は消えていない。
広場を後にする時、俺は群衆の顔を一つ一つ見た。恐れ、怒り、希望、疲労。人々の表情は複雑だが、確かな変化の兆しがあった。俺たちは小さな勝利を得たが、真の戦いはこれからだ。コードと政治、倫理と力が交差する場所で、誰が裁きを下すのかはまだ決まっていない。だが一つだけ確かなことがある。王都はもう、外部の観測者だけの実験場ではない。市民たちが自らの物語を取り戻すために立ち上がったのだ。
夜が明ける頃、俺はブローカーキーを握りしめ、セリスとエルダに向かって言った。「これからは監査だ。だが同時に、守るべきものを守る戦いでもある」彼女たちは頷き、三人はそれぞれの覚悟を胸に新たな一日へと歩き出した。外部の光はまだ遠く、だが王都の声は確かに届き始めている。




