1話 洞窟に響く声
渡り鳥だろうか。
高い空を群れをなして飛んでいた。
木々のざわめきの奥で、たき火がはぜる音、水が泡立つ音がする。
週に一度でいい――そう言ったはずだった。
どうして、今日もやってきたのだろう。
そんなことを考えていた。
「おはようございます」
トリスの明るい声。
だから、俺はそれを無視した。
「私の母は、行商人が立ち寄るギルドで働いているんです。それで――アーサーさんが向かったネッタン国、いま少し……きな臭いらしくて」
俺はそこまで急いではいなかった。
だけど、トリスは――それを、わざわざ急いで知らせに来たのだろう。
……もしかして、飯を食べたくて来たのかもしれない。
細身の身体のくせに、大食いなやつだ。
まあ、好きなだけ食べればいい。
情報さえあればな。
「具体的には?」
感情を入れない、冷たい言い方をした。
「えっと……小さな規模ですけど、争いが始まっているそうです。でも、それもまだ噂の段階で……」
「それで、アーサーさんは?」
「……行方が、わからなくなってしまいました」
言葉を選んで話すその様子に、不安を煽られた。
これからどうするか、考えなければ。
「飯ぃ」
「あ、はい」
二人で向かい合って朝ご飯を食べる――
そんなこと、するはずがない。
考えもまとまるはずもない。
俺は家の中で、一人で食べた。
折角、魔物が消えたというのに――
“また”争いが起きるのか?
しかも今度は、人同士だと?
何のために、そんなことをしないといけないんだ。
俺が探しに行くか?
……いや、これ以上人に会いたくない。
誰かに見に行かせるか……
思わず、トリスに視線を投げた。
「あ、美味しくなかったですか?」
皿を持ち上げて、一口で食べた。
「……」
「アーサーさんを探してくれ」
「……え?」
そうは言ったが、無理そうだとすぐに分かる。
「お金がないもので――どうにもなりません」
――勘違いをしているようだが――それでいくか。
「金があればいいんだな。ここにいろ」
俺は、黄色い宝石を見つけた山へ向かった。
「よし!」
温泉の中に黄色い宝石を一つ見つけた。
幸先が良い、やはり、集中して探せば見るかるようだ。
――そう、思っていたのは五時間前のことだ。
現実はそう甘くなかった。
マルチツールで壁を掘り、天井も削ったが、出てこない。
蒸気で熱いこの場所では、少しぼうっとしてきた。
吐く息が、まるでドラゴンのようだと思う。
涼しい場所まで戻り、冷たい地面に伏せてみた。
地面の奥に、何か感じる……。
もしかして、これは虹のアイテムの片割れ……だったのか?
赴くままに地面を掘ってみた。
――思った通り、そこに黄色の宝石を見つけた。
ずっと地面に這いつくばっている。
もう宝石を探すのは、さすがに飽きてきた。
十個も見つければ、とりあえず十分だろう。
トリスは待っているだろうか。
思った以上に時間がかかってしまった。
「待ってろ! と言われたので待っていましたけど、三日ですよ! 早く帰りたいです」
あいつに似ない生真面目さだな。
きっと母親譲りだろう。
俺は黄色い宝石をすべて渡した。
アーサー探しを任せるためだ。
それに、特別な土を手に入れるのが目的だから。
もし、あれだけで足りないようなら、また行くしかない。
トリスとの次の約束は、一週間後にした。
俺は、このしばらく虹の種を覗いていなかった。
まだ芽は出ていないだろう。
それでも、楽しみにしてるお弁当箱のふたを開けるように、畑を覗き込んだ。
土がふくらんでいるように見えた。
いや、へこんでいる……?
こんなことでは、気分が安らがない。
トリスももういないようだし、寝ることにした。
次の日、川へ行く前に畑を覗いたが、やはり芽はまだ出ていなかった。
バケツに水を汲み、芽のまわりに注ぐと、まるで喉を潤すように土がたっぷりと吸い込んだ。
これで、今日の仕事は終わりだ、他にやることもない。
仕方なく宝石探しに、また洞窟へ向かうことにした。
俺の探し方は、地面に寝転がって、何かを”感じた”ら掘るだけだ。
そのたびに立つのは面倒なので、移動はゴロゴロと転がって済ませる。
ただ、たまに尖った岩が顔を出す。
乗り越えた後で立ち上がればよかったと、地面で背中を押さえつけられながら思った。
ちょっと困った。
まさか、もう全部掘り起こしてしまったのだろうか?
全然、宝石は出てこない。
せっかくお金になりそうな物を見つけたのに、これで終わりなのだろうか。
――ゴロゴロ。ゴロゴロ。
この場所、砂が多いせいか、まるで寝床で寝転んでいるように心地よい。
天井を見上げ、ゆっくり目を閉じた。
――ぽちゃん。
と、遠くで湯の音がして、時間だけが溶けるように過ぎていった。
《アセル》
はっとして目が覚めた。
寝ていたようだ。
そうか、ここで“感じた”のは声だ。
向こうの方で、誰かが呼んでいる――いや、歌っているのか?
この広間には覚えがある。
雪の精霊が眠っていた場所だ。
あのとき、雪巨人と戦うときに手を貸してもらおうとした。
……それなのに、ここは後回しにした。
それ以来、一度も会いに来なかった。
――そうか。
膝をつき、頭を下げて地面に耳をすませた。
強く、何かを感じる。
埋もれている物を壊してはいけない――そう思い、ゆっくりと掘ってみた。
キーンと澄んだ音がした。
思い出す精霊の声のように透き通った響きだった。
そして、水色の宝石が、精霊のように光を放ち姿を現した。
「これは……売れないか」
そんな、不遜なことを考えていた。
その時。
「当たり前でしょ!私を売る気なの?」
まさか俺が背後を取られるとは、思わなかった。
振り向いた瞬間、きれいな声と共に白い両足が俺の顔に飛んできた。
朝、顔を洗っているように――びしょびしょになった。
ま、まさか――本当に水の精霊がいるだなんて。
「君たちは……魔物たちと一緒に、この世界からいなくなったはずじゃないのか?」
驚いたせいで、言葉が早口になる。
精霊は首をかしげ、小さく笑った。
「え? あなたたちは、私を目覚めさせて……この“虹の雫”を使って、魔王を倒しに行くって聞いていましたよ?」
虹の雫――そんな名前、聞き覚えがない。
そう言うと、水の精霊はぽろぽろと大きな涙をこぼした。
「あの……精霊王様は、どうなされたのですか?」
えづくようにしゃくり上げながら、かすれた声で尋ねてくる。
この小さな精霊は、本来――俺たちと出会う“運命”にあったのだろう。
けれど、もう魔王もいなければ、精霊王もいない。
世界の流れがどこで狂ったのか。
それは、俺にもわからなかった。
昔の記憶をたどりながら、洞窟に響く水の音を聞いた。
あの頃か――精霊のことなど、まるっきり覚えはなかった。




