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6話 出会う一人

 背を向いたままだが、若い男のようだ。

 そうか――地面に置いてある荷物を見れば、一目でわかる。

 大きな背嚢には、雑貨や食料など葉や根がはみ出ている。

 つまり――彼は、行商人だ。


 もちろん危険はないだろうが、どこか気になる。

 無意識に足音を消し、少しだけ距離を詰めた。

 彼は休んでいるのか、空を見上げている。

 いくら待っても、こちらに気づく様子はない。


 ……このままでは、気が重い。

 まさか寝てるんじゃないだろうな……いや、立ったまま寝る奴は戦士くらいだろ。


 仕方なく、俺は声をかけた。

「なにか、用かな?」


 若者は、ゆっくりと振り向いた。

「あ、どうも初めまして。アーサーさんから言伝を預かっています。トリスといいます」

 名前を告げる声は、どうやら緊張しているようだ。


(ま、まさか……あいつの……)


「アーサーさんは、もうしばらく仕事で、こちらには来られないそうです。ですから、私が代わりに伺う予定です」

「そう……」

「あ、アセルさんは無口な方だと聞いているので、この辺りにしておきます」


(そんな理由じゃない……)


 トリスは力を込め、大きな荷物を背負った。

 それだけで、姿がほとんど隠れてしまうほどだ。


「今日は帰り道でしたので、すぐ失礼します。次は近いうちに食料をお届けしますね」


 じっと見ているだけの俺に、頭を垂れると、トリスは道なき道を歩き出した。


「あ、そうだ」

 突然、足を止めて振り向く。


「アセルさんって、妖精なんですか?」


 俺は、ほんのり笑って首を横にふった。


「……俺に羽は生えてないよ」


「ですよね……すいません。では、また」


 トリスの背が、木々の間に消えていく。

 ……あの時の背中を思い出す。


「こんな偶然、あるかよ……」

 声にならない声で、必死に訴えていた。

 今さら、あの時の真実を見つけろと言うのか?

 それは――無理だろ。


 あの若者は、盗賊の血筋で間違いない。

 きっと、息子だ。

 勇者にひかれし者か……

 まだ、俺にそんな力が残っているのか。


 ……無意味だな。


 翌日、朝の霧がまだ残る頃だった。

 それでも、もう一時間は経っているだろうか。

 昨日、「また来ます」と言っていたトリスが、どうやら本当に来ている。

 まだ挨拶はしていない。

 それでも、家の中にいてもわかる。

 美味しそうな朝飯を作っている音と匂いがした。


 外に出ると、すぐに声が飛んできた。

「おはようございます!」

 俺は軽くうなずくだけだった。


 種に水をやろうと思ったが、すでにバケツに水が汲んである。

 ……気が利く、というより、落ち着かない。

 必要はなかったのに。

 仕方なく、顔を洗いに川へ向かった。


「近いうちに」と言うのが、まさか次の日のことだとは思っていなかった。

 胃が痛むとは、こういうことか。

 ……まさか、毎日来るわけじゃないよな?

 俺はほとんど食べなくても平気なのに。

 いったい、なんと言えばいいんだ。

 まったく、顔を洗った気がしなかった。


「なぁ、アーサーさんからはなんて言われているんだ?」

 川から戻った俺がいきなり聞いたのか、トリスは思わず固まった。


「あ、その……えっと、本当に、歳を取らないんですか……?」

「ん?」

 トリスは俺の顔をじっと見つめ、目を瞬かせる。


「見かけとは違うって……アーサーさんが言っていたので」

 そのことか……。

 確かに年は取らないようだが、こんな若い容姿でなくてもよかったのにな。


「あとは?」

「あと……えっと、食べる物を運べ、と言われたのですが」

「週に一度でいい。俺はそんなに食べない」

「え? もう買い込んでしまいました」


 もしかして……そこの大きな背嚢の中身、全部食料か。

「お前が食べたらいい」

 トリスは嬉しそうに荷物を抱えなおした。

 そんなトリスを、俺はほっといて虹の種に水をまいた。


 種の世話をしていると、いい香りが漂ってきた。

 肉もスープも、たき火を使った料理は久しぶりだ。

 気が付けば、いつもの十倍は食べたかもしれない。


 トリスの作った、そこいらの草ではないお茶を啜り、一息つく。

 アーサーがどこまで俺のことを話したのかはわからないが、さて……お金はどうするんだ?

 俺は思い切って、トリスに聞いてみた。


「それは……」

 トリスは、どこか困ったように言葉を詰まらせる。

「アーサーさんは“あとで”払うと言っていたんですが、どうやら帰ってくるのが遅れるらしくて……実は困っています」


 俺は財布もお金も持っていない。

 それに、アーサーはいったいどこへ行ってしまったのだろうか。

 トリスに尋ねてみた。


「母なら、詳しいことがわかるかもしれません」

 それなら、次に来るまでに他の人にも聞いておいてほしかった。

「はい、わかりました」

 トリスはそう言うと、帰り支度を始めた。

 やっと帰るのか。まだ朝だというのに、ひどく疲れた気がする。


 帰り際、俺は黄色い宝石をトリスに投げて渡した。

「これは?」

 そう声をかけられる前に、俺は背を向けた。

 鍵すらない家の扉を開けて、中へ入る。


 家の中に入ると、少し落ち着いて考えられる。

 背中に感じていたトリスの視線はもうない。

 宝石を渡したことで、一応のやり取りは終わった。


 ……だけど、知ってしまったあいつの存在が、心の奥に残る。

「いったい、どう付き合えばいいんだ?」

 呟いたところで何もわからない。


 できれば、ずっと一人でいたい。


 虹の種を育てるだけが理想だったのに。

 それが間違いだったのか?

 でも、どうしても育った芽を見てみたい。

 他のことを多少犠牲にしても――だ。


 俺だけのもの。

 今は、これだけでいい。

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