5話 再構築が得意な彼女は
炎が燃え盛る音。
水が弾け合う音。
風が巻き上がる音。
そして、人の叫び。
悲鳴。
それらすべてが、
光だけが乱立する砂煙の中にあった。
何が燃え、
何が濡れ、
何が吹き飛ばされているのか。
「あれは……戦争じゃないな」
二人は、何が起きているのか分からなかった。
「ああ。悲鳴しか聞こえない戦争なんて、聞いたことがない」
何をすればいいのか――
デルタは迷いがひとつ溶け、声を出した。
もう、自分がどの立場で見ているのかも定かではなかった。
「ロロリー……さま。
あの中には、エリザさましかいない。そう考えていいんですか?」
「当たり前だよ」
即答だった。
「ママが言ってたもん。ひとりは、楽よねって」
ロロリーは、ケケラと笑った。
「そろそろ、起こしてあげなきゃ。お馬さんに乗ってるんでしょう? だから、あなたたちが開けに行ってくれる?」
つまりそれは、
勇者教の兵たちが“戦う”ときだった。
デルタは、これも戦場ではよくある光景なのだと、勝手に思い込んだ。
そう考えた途端、胸の奥が軽くなり、楽しくなってしまった。
彼は、誰よりも早く馬を走らせる。
「おい……そんなことで、何を楽しんでどうする」
エレンスも近くにいたくない、ロロリーから離れるため。
そして、門の向こうにいる奇妙な兵を見たくて。
エレンスも馬腹を蹴り、門へと向かった。
命令が飛び交い、慌ただしく兵たちが起き出す――
デルタは、そうなるものだと思っていた。
だが、その考えは裏切られる。
兵たちは、寝かされていた姿のまま、起き上がった。
立ち上がるでもなく、身支度をするでもない。
ただ、その形のまま。
そして、号令もなく、走り出す。
乱れはない。
どうやら、“テント”は七つあったらしい。
デルタの前に四つ。
エレンスの側に三つ。
万に近い兵士たちが、静かに隊列を組んで進む。
だが、馬上から見下ろしても、それはもう行軍ではなかった。
目的も、意味も、読み取れない。
二人は、さらに奇妙な光景に息を呑む。
“テント”が、規則正しく崩れていく。
折れるでも、砕けるでもない。
形を畳むように、構造そのものが解かれていき――
最後には、
立方体の金属になった。
それだけでは終わらない。
大人一人が抱えるだけでも骨が折れそうな大きさの金属塊。
誰かが持ち運んでいる。
軽々と、頭の上に載せて走っていた。
ロロリーだった。
エレンスとデルタは、今日何度目になるか分からない視線で合図を交わす。
見た目だけで分かる。
あれは軽いはずがない。
――それなのに。
ロロリーの動きは、あまりにも軽かった。
地面を蹴るたび、兎が跳ねるような、無駄のない弾み。
二人は馬の首を撫で、落ち着かせてから追いかけた。
後ろからその姿をよく見て、ようやく分かる。
常識で考えれば、むしろ当然のことだった――
ロロリーが怪力なのではない。
彼女が運んでいるのは、
たくさんの綿を抱えているようなものだった。
それが、あの金属の正体だった。
「どこへ行かれるのですか?」
デルタは、手を貸すべきか迷っていた。
「これは、僕のお仕事だからね」
そう言われてしまえば、もう見ているしかなかった。
辿り着いた場所で、二人は改めて足を止める。
「……魔法戦闘とはいえ、凄まじいな」
気が付けば、争いはすでに終わったのか。
先ほどまでの音は聞こえない。
頷きかけたエレンスは、その途中で気づいた。
勇者教の者たちは、敵の死体を一か所に集めている。
墓を作ろうとしているわけではない。
弔う気配もない。
もう何だったのか分からないほどの肉片まで、残さず、同じ場所へ。
「……焼却するのか」
戦場に残され、獣に食われるよりは、まだましなのかもしれない。
そう考えてしまう自分に、エレンスは小さく苛立った。
これもまた、今まで一度も見たことのない戦場の在り方だった。
「……こいつらの仕事は、このためなのか?」
白かった装備は、いつの間にか赤く染まっている。
兵たちは無表情ではない。
誰一人、声は発していないのに、頬は紅潮し、目は冴え、見るからに高揚していた。
興奮している。それだけは、はっきりと分かった。
山と化した死体を覆い隠すように、金属の“テント”が立ち上がっていく。
それは、先ほどロロリーが運んでいた金属が、形を変えたものだった。
もう、何が何だか分からない。
「……俺さ。生きて王都に帰れたら……勇者教に入信しちまうかもしれん」
突然のデルタの一言に――
エレンスは、無言のまま彼の横腹に拳を叩き込んだ。
「ぐっ……! じょ、冗談に決まってるだろ……」
「そうは、聞こえなかったんでな……」
“テント”が完成すると、
誰からともなく、歌声が広がっていった。
合図はない。
だが、兵たちは同時に動き、道を作るように左右へと分かれる。
「……エリザさまだ」
デルタの声は、ほとんど祈りに近かった。
向こうに、小さく見えるだけなのに、分かる。
そこには、輪郭ではなく、体で感じる神々しさがあった。
エレンスとデルタは、馬から降りた。
礼儀だからではない。
そうしなければならない、と体が理解していた。
エレンスは、ふと思い出す。
――アセルと出会った、あの時のことを。
剣を見ずとも、肩書きを聞くこともない。
言葉にすれば安っぽくなる。
自然と背筋が伸び、足が止まった瞬間。
真の冒険者に、出会ってしまったときの感覚を。
《魔王殺し・エリザ》
間違いなく、彼女こそが平和をもたらした者――
しかし、今は……。
視線が二人へ向けられた。
それも一瞬だけだ。
次には、何事もなかったかのように、その視線は“テント”へと吸い込まれていく。
大きな声の歌ではない。
しかし、”テント”で眠る者たちが、空高く広く届くように。
「おじさんたち、どうしたの?」
いつの間にか、ロロリーがうつむく二人の前に立っていた。
「俺は……こんな儀式、初めてなんだ」
デルタの言葉は、もう説明ではなく、胸に染み込んだ感覚そのものだった。
「中で何が行われているのかは分からないが……冥福は、祈らせてもらうよ」
エレンスの声は、まだ冷静だった。
祈りという形に、どうにか収めようとしている。
ロロリーが、きょとんとした顔で何かを言おうとした、その時――
“テント”が、歌い出した。
……いや、違う。
強烈な光が体の内側を突き抜けてくる。
目を閉じても、なお眩しい。
瞼の裏が白く焼けつき、視界という感覚そのものが壊れていく。
腕で顔を覆い、それでも、耐えられるかどうかという光だった。
視界が、ゆっくりと元に戻る。
ロロリーは、もうこちらを振り返らない。
何事もなかったように、エリザの元へと歩いていく。
勇者教の兵たち――
赤く染まっていたはずの装備は、いつの間にか、雪のように白い輝きを取り戻している。
……“テント”が、ない。
あの肉の山も、金属の塊も、跡形もなく消え失せていた。
そこに立っていたのは、エリザだった。
そして、彼女に跪く、数千の敵兵だった。
誰一人、武器を構えない。
傷一つない肌。
虚ろだが、歓喜に満ちた瞳。
エリザが、すべての魂を呼び戻したのだ。
人の理屈では、もはや到達できない領域。
それは――神のみに許された、「蘇生」という名の再構築だった。




