表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始める。ゆっくり、最悪へと。  作者: イニシ原
五章 人々ではない無意識の争い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/42

6話 魔法で半分の虹の種

 家に帰っても、東を向くと――

 まるで「やあ」と、青緑の山が声をかけてくるようだった。


 他の山々の木には、もう葉は残っていない。

 風に鳴る枝ばかりが、冬を先取りしている。

 瑞々しく色を宿しているのは、ミナリーの山だけだ。


 浮いている。

 季節からも、世界からも。


 どうせなら――

 他の山にも、同じ色を与えてみようか。

 そんな考えが、ふと頭をよぎる。


 もちろん、やり方なんて知らない。

 知っていたら、とっくにやっている。


 それでも、山はそこにあって、

 今日も変わらず、こちらを見ている気がした。




 次の朝、起きて顔でも洗いに行こうとした。

 驚いた。

 寝床のすぐ横にあったのは――

 まるで大きな荷物のようだ。


 どうやって届けられたのか――

 それもそうだがさらに驚き、思わず息を呑むことがある。


 ツタの一本一本で、細かな意匠が施されている。

 絡まっているだけではない。

 組まれ、編まれ、形を成している。


 それは、明らかに――箱だった。


 開けてみる。


 そこにあったのは、白い――

 まるで、時間そのものに漂白されたような骨だった。


 バラバラではない。

 今にも、何事もなかったかのように立ち上がりそうな形を保っている。

 もちろん、もう動くはずもない。

 スケルトンだとか、そういう話でもない。


 手に取った瞬間、

 驚きよりも先に、呆れが込み上げた。


 こんな姿になっていても。

 それでも、分かってしまうのか。


 仲間だった者は――

 形を失っても、間違えようがないらしい。


 紛れもなく、この骨は。

 あの魔法使いのじいさんのものだった。




 もしかして、この土地のどこかで、ずっと眠っていたのだろうか。

 俺に、墓を作れと言われている。

 理由は分からないのに、そんな気がした。


 そう言えば――

 じいさんの故郷なんて、俺は知らない。


 ミナリーと遊んでいるところを邪魔するのは気が引けるが――

 トリスに調べに行ってもらうしかないか……。


 ……いや。

 それとも、最初から“ここ”なのか?


 墓を作るくらい、朝飯前だ。

 山だって、もうある。

 考えても仕方ないな。

 とりあえず、

 どこか――よさそうな場所を、探してみよう。


 ふう。

 探してみたが、特別ここだと思える場所は、見つからなかった。


 結局、家の中に置いておくことにした。

 骨を丁寧にまとめ、壁際に寄せる。


「じいさん……懐かしいな」

 思わず、声が漏れた。

「後ろから不意打ちされたときさ、じいさんが死んじゃって……正直、困ったんだ」

 独り言だ。

 返事はない。


 それでも――

 この骨は、わざわざ“碧翠のミナリア”が送ってきたに違いない。

 この土地のどこかに、まだ痕跡があるはずだ。


 今日はこれで終わりにして、明日早く探しにいくか。


「……明日でも、まったく構わないのじゃが」


 ――ん?


 そうか、じいさんか……。

 俺ももう、夢でも見ているのか。

 少し、疲れているしな。


「墓は、もうあるんじゃよ」


「へぇ。それなら、なぜここに来たんだ?」


「わしは無理やり起こされたんじゃて。安らかに眠っておったというのにな」


「はは、起こされたって。骨だけの死体じゃないか」


 自分の笑い声で、アセルは目を覚ました。

 ……やっぱり、寝ていたらしい。

 もう一度寝ようかと、体勢を整え、寝床に横になる。


 そのとき――

 じいさんの骨を入れた箱が、視界の端に入った。


 箱の中に、座っている。

 俺を、じっと見ている。

 そこにいたのは、骨ではなかった。

 半分ほど透けた、じいさんの姿だった。


 息を呑む暇もなく、理解だけが先に来る。

「……俺は」

 喉が、ひくりと鳴る。

「じいさんの幽霊と、話してたのか……」




「じいさんは、いつからゴーストになったんだ?」


「勇者くんよ。人を勝手に魔物にするのは、やめるんじゃ」

 そう言いながら、じいさんは呆れた顔をした。

 身体は半分ほど透けているというのに、その表情だけはやけに存在感がある。

「君は、昔から冗談が下手だったな」


「冗談というより……骨と幽霊が同時にあるってのは、どういう状態なんですか?」


「さてな。細かいことは、あまり覚えておらん」

 じいさんは顎に手を当て、思い出すように続ける。

「ただ、ずいぶん深く、深く眠っていたはずじゃ。それが突然――わしのすべてが粉々になるような、大きな揺れが来てな」

 一拍置いて、付け足す。

「……まあ、実際にバラバラにはなったが」


 つまり。

 “碧翠のミナリア”が、生まれた時か……。

「よく分からないですけど。この骨を、じいさんの墓に連れて行って、もう一度眠ってもらっていいんですね?」


「うむ……それがじゃのう」

 じいさんは、少し言い淀んでから続けた。

「勇者くんは、これを知っているのではないか?」

 その手にあったのは――

 いつの間にか、虹色にきらめく四つ葉だった。


「え?」

 思わず、声が漏れる。

「なんで、それを持ってるんです? いや、それより……どうして、その子まで幽霊みたいになってるんですか?」

 頭が追いつかない。

「余計に、訳が分からない……」


「たぶんじゃがな」

 じいさんは、考え込むように視線を落とした。

「この植物が復活する、その瞬間。わしもすぐそばにおった。そのせいで――復活しきれなかったのではないか? ……そっちの魔法は、専門ではないがの」


 もしかして、と思い。

 俺は姫を手に取ろうとした。

 だが――

 感触はなく、温かみもない。

 そこに“いる”はずなのに、触れられない。


「でも、じいさんもここに運ばれたってことは、俺になんとかしろって言うことなのか……」

 答えは、まだない。

 だが、手掛かりは一つある。

「まずは……じいさんの墓を見れば、何か分かるかもしれない」

 勢いよく戸を開ける。


 ――そのときになって、ようやく気づいた。

 俺は、どうやら、やらかしたらしい。

 振り返った瞬間――

 そこにはもう、誰もいなかった。


 魔法使いのじいさんも。

 虹の四つ葉の姫も。


 朝の光に溶けるように、ただ、消えてしまったあとだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ