3話 柔らか金属
寒さもやわらぎ、山肌には春の光が差していた。
朝、目を覚ます。
魔物の鳴き声で起こされた――
今でも、そんな夢を見る。
襲いにきた魔物の方が、現実より優しい。
家の外で柔らか光を浴び、畑を見回った。
虹の種を植えてからというもの、心のどこかに前向きな気持ちが芽生えた気がする。
昨夜寝るとき、この不細工な小屋をもう少しマシなものにしようと考えていた。
立派な家を建てる自分を、想像していたが――
冷静になってみれば、そんなスキルは自分にはないと気づいた。
木材がダメなら、石材だ。
折れた伝説の剣で岩壁を削り出し、四角く形を整えていく。
いくつも並べていけば、それらは壁となった。
これだけなら、力仕事だけでいけそうだ。
汗をかくのは、久しぶりだった。
そういえば、あの日――魔王を倒した時以来かもしれない。
今にして思えば――木を根っこごと引き抜いて、地面に突き立てる。
それだけでも、一応は“壁”にはなったのかもしれない。
だが、こんなふうに“壁らしい壁”を作ることは、俺には無理だっただろう。
これはこれで、見栄えも悪くない。
そうだ、いまごろ気づいたことがある。
「天井は、どうしたらいいんだ……?」
……問題だ。
この壁間を覆うほどの岩はない。
それほど長い岩は、自重で割れてしまうからだ。
中に柱をいくつも立てれば、たしかに支えられるかもしれない。
だが、それなら最初から狭い家でよかったはずだ。
「岩を組んでみようか……?」
試しに考えてみたが、必要な岩の量は見積もりの五倍。
しかも、どうにも崩れてきそうな気がする。
最後の手段として、木材を並べて天井を作ることもできる。
けれど、できれば――天井にも岩を使って、一体感を出したかった。
……やはり、岩で天井を作りたいという気持ちは消えなかった。
ならば、まずは天井に使えそうな岩を探すところからだ。
条件は三つ――できるだけ平らで、できるだけ薄く、そして自分で持ち上げられること。
勇者だった頃の力はまだ残っている。
だが、それにも限界はある。
いくつもの岩場を回り、軽く岩を削ってみる。
「お、これだ!」
ようやく条件に合う岩を見つけた。
滝のそばで半分あらわになっていたそれは、幅があり、表面もなめらか。
厚みも、ぎりぎり持ち運べそうな程度だ。
まるで「天井にしてくれ」と言わんばかりの形状だった。
「……担ぐか」
滝の音が背中を押すように響く。
水しぶきが岩肌を濡らし、光を反射していた。
岩に指をかけ、ぐっと持ち上げる。
担いだ瞬間、腰が「本当にやるのか?」と鳴った。
重さが、じわりと骨にまとわりつく。
それでも、なんとか肩に乗せることができた。
「……ふぅ。これでいくぞ」
じわりと汗がにじんできた。
滝の音を背に、岩を担いで山道を戻る。
途中、枝に引っかかり、足を滑らせ、何度か「やっぱり無理か」と思った。
それでも、岩は落とさなかった。
この一枚が、理想の家の第一歩になるのだから。
小屋の前に岩を下ろすと、しばらくその形を眺めた。
肩に残る重みが、まだじんわりと残っている。
「……はぁ、はぁ」
腰を落とし、両手で地面を支える。
息の震えが、まだ胸の奥で跳ねていた。
ふと、昔かかった岩の罠を思い出す。
あの時も、潰されるかと思った――
だが、吹き抜けた涼しい風が、その嫌な記憶をさらっていった。
山の空気が、やけに気持ちいい。
さっきまでの重さが、少しずつ抜けていく。
目の前には、壁だけの空間。
作りかけの俺の家。
それでも、少しずつ“家”らしくなってきた気がする。
岩は、そこにある。
天井にするには、やや大きい。
けれど、今の自分には、これが最善だ。
「よし……乗せるか」
立ち上がり、再び岩に手をかける。
慣れたのか、軽く持ち上げ、そっと滑らせるように乗せる。
ぐらつきはない。
岩は、しっかりとそこに収まった。
「……よし」
これまでの小屋より、ずっと広い立派な”家”と言っていいだろう。
暗く、静かで、何ひとつ置かれていない空間。
それでも――自分の手で作ったという満足があった。
作り始めてから、十日は経っているだろうか。
「つかれたぁ……」
地面に座り込み、天井を見上げる。
どんな内装にしようか――そんなことを考えていた。
その時だった。
「ピキィ」
音のくせに、俺の心臓に冷たく刺さってきた。
同時に耳を疑う。
天井の岩に走った細い線が、光を差し込み静かに広がった。
……この岩は横向きでは、耐えられなかったらしい。
「……あ」
岩が示し合わせたように音を立て、天井の岩が粉々に砕け散った。
その勢いで、壁の岩も数枚を残して外側に倒れ込む。
中には、真っ二つに折れたものもあった。
残ったのは瓦礫と、少しの転がる石の音だけだった。
「あ、これ、魔王城の天井と同じ崩れ方だ」
崩れた岩の中でつぶやいたアセルは、かろうじて軽い傷を負っただけだった。
瓦礫を押しのけ、上半身を外へ出す。
「なるほど……世の中には“岩匠”なんて職人がいるはずだな」
そう反省しながら、岩に埋もれた下半身を掘り出した。
その時、瓦礫の間に何かが光った。
「ん? これは?」
ひんやりする平たいものを拾い上げると、金属のような光沢があった。
端は千切れていたが、紙のように薄く、驚くほど軽い。
「これが……もっと大きければなぁ」
アセルは苦笑いを浮かべた。
「もう岩を運ぶのはごめんだしな」
立ち上がり、滝の方へと視線を向ける。
もう一度、あの滝へ行ってみるか――
そう呟いて、アセルは足を踏み出した。
「……霧が濃いな」
探すとすぐ、それは滝の裏の岩に挟まっていた。
手を伸ばして引っ張ってみるが、裂けることも、切れることもない。
まるで金属のように強いのに、驚くほど軽い。
大きな一枚は見つからなかった。
だけど、掘り出すうちに、何枚もの薄い破片を集めることができた。
指先で曲げても折れず、刃物がなくても形を整えられる。
「……これなら、壁に使えるかもしれない」
軽くて丈夫、しかも加工が簡単。
岩では無理だった“理想の家”を、この素材なら作れる気がした。
アセルは濡れた手を払い、拾い集めた金属片をすべて背負って家へ帰った。
これは、簡単なパズルのようだ。
引き延ばすと千切れてしまうが、折り曲げるのは容易い。
端を重ねて折り曲げれば、一枚の壁ができあがった。
同じ要領で天井を作れば、今日は満足だ。
少し疲れたようだ。
乾いた草を敷いて、ここで眠るとしよう。
……また明日、家づくりの続きをするのが楽しみだ。
◇【あとがき】
ああ、続きが気になる方は勇者にコメントを書いてあげてください。
そうすれば――しばらくの間、毎日勇者のことがわかると思います。




