表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始める。ゆっくり、最悪へと。  作者: イニシ原
五章 人々ではない無意識の争い

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/42

4話 振り向かなかった道

 暗雲が立ち込め、雨が乱れ舞う東の山付近は――

 すでに濁流となった洪水に遮られ、誰も近づけなくなっていた。


 影響を受けたのは、周辺の住民だけではない。

 南方領主司ヴァルター侯爵家も、その領地の半分が水没したと言ってよかった。


 だが、ある時。

 帝都の空気そのものを震わせるほどの、巨大な音が鳴り響いた。

 それは、デーモンロードの地獄から放たれた咆哮のようだった。




「ヘッター王子、大変です! 大変なのです!」

 ノックとほぼ同時に、執務室の扉が開いた。

 大臣は転げ込むように中へ入り、そのまま息を切らしている。


「ボケル大臣、おぬしはいつも、あれほどの晴天を見ただけで、そこまで慌てるのか」

 ヘッター王子はそう言いながらも、窓辺に立っている。

 そのまま、望遠鏡越しに東の山々から視線を外そうとしなかった。


「いえ、そうではありません。何かしらの強大な“音”によって嵐そのものが吹き飛ばされるなど、暗黒時代の記録以来でございますぞ。直ちに、調査におもむかなければなりません」

 せっつくように、一息で言い切る。

 ボケル大臣の声には、隠しきれない焦燥が滲んでいた。


「調査など、勝手に行け」

 いつもなら、そう言って終わりだった。

 だが今は、そうもいかない。


 数日前に、エリザと約束したばかりだ。

 勇者教の者は使えない。

 いまさら、あの不気味な山へ行きたがる者も少ないだろう。


 どうするか。


 しばし思案した末、

 ヘッターは結論に至った。

 前回、あの地へ赴いた者。

 その名を、口にした。




 エレンスは、嵐に覆われた南東部の土地を調査していた。


 水害を受けた農地や畑が、まず気にかかった。

 だが実際に見て回ると、被害らしい被害は見当たらない。

 普段より少し強い雨を受けた、それだけのようにすら見えた。


 あるはずの水は、どこにもない。

 流れ着いたはずの泥や瓦礫も、跡形がなかった。


 それらはすべて、

 あの咆哮とともに、空へ消えていった――

 そんな印象だけが、現地に残されていた。


 その夜は、手紙が届く予定の日だった。

 だからエレンスは、宿舎へ戻っていた。

 軽くブランデーをあおりながら、報告書を書いている。


 ――ガチャ。


 ん?

 配達人が、ベルも鳴らさずに入って来るはずがない。


「誰だ?」

 狭い小屋だ。

 部屋は、隣とここしかない。

 開け放したままの扉の向こうから顔を見せたのは、デルタだった。

「何をしに来た」


「ほら、手紙だ」

 デルタは机の上に、数枚の封書を置いた。


 ……だが。

 デルタが、このためだけに来るはずがない。

 ブランデーを差し出し、何を言い出すのかと、俺は黙って待った。


「また、“あの山”に行くことになった。ははは、運がいいぞ。俺たちは」


「あの不気味な山に登るのが、そんなに嬉しいのか?」


「お前だって、西の争いに行きたいわけじゃないだろう。だからといって、田舎でつまらん仕事をしていたいわけでもない。俺はな、冒険の匂いが好きなんだよ」


「それで、俺を巻き込むつもりか。一人で行ってくればいいだろう」

 エレンスは、あきれたように言った。


「それじゃ、誰が俺の背中を守るんだよ」

 デルタは肩をすくめる。


「とにかく、明日の朝だ。ここは代わりを頼んでおく。準備だけは、しておいてくれ」


 ……。


「なっ、頼んだぞ」

 そう言い残すと、デルタはブランデーのグラスを置き、足早に小屋を出ていった。


 エレンスは、興味がないわけではなかった。

 若い頃には、胸の躍る冒険もした。

 辺境の村だったカルド周辺で、腕を試したこともある。

 だが今は、表立って冒険には出られない世間だ。


 ……まあ、

 あの山にさえ近づかなければ、平気だろう。

 そう考えてしまうのは、酒のせいか――

 それとも、まだ冒険者の血が流れているせいか。


「……寝るか」

 明かりを落とし、ベッドに潜り込む。

 そのまま深い眠りに落ちた。




 朝霧が、まだ晴れない朝早くにデルタはやってきた。

 小屋をで朝霧が、まだ晴れきらない早朝。

 デルタは、すでに小屋の前に来ていた。


 外へ出ると、そこには二頭の馬。

 いい具合に体が温まっているのか、口元から白い息が立ち上っている。


「なんだよ、この荷物の量は。馬まで用意して、どこまで行くつもりだ?」


「とにかく、ついて来てくれ」


 それだけ聞くと、エレンスは鞍にまたがった。

 二人は馬を走らせ、朝霧の残る草原へと駆け出していった。


 しばらく、無言のまま走った。

 どうやら、カルドの町へ向かっているわけではなさそうだ。

 太陽が高くなったところで、馬を休ませるために足を止める。

 それに合わせて、簡単な食事を取った。


 そして、その最中。

 エレンスは、ついに口を開いた。

「で、俺たちはどこへ向かってるんだ」


「お前が山は嫌だって言うもんでな。南を回って、西の紛争地へ行こうと思ってる」

 エレンスの顔も見ず、デルタはパンを頬張りながら、淡々と続けた。


「なんだよ、それは。そんな場所へ行って、どうする気だ」

 訳が分からず、エレンスは声を荒げる。


「お前だって知ってるだろ。今や敵は三か国だ。それでも、わが軍は優勢だ。……なあ、なぜだと思う? まさか、勇者教のおかげってわけじゃないだろう」


「それは、あの女王が凄いんだろ。そう聞いている」


「だとしてもだ。ここまで情報を統制する必要はない」

 デルタは肩をすくめる。


「そういう意味じゃ、勇者教は大したもんだ。犬一匹、通さないんだからな」


「……はあ」

 エレンスは、ため息まじりに言った。

「つまり、山で行方不明になった体で、こっそり見に行くってわけか」


「その実、俺は勇者教で世界が統一されるなんて御免なんだ。魔王のいない世界で戦争をするのも、正直しっくりこない。この世界を自分の目で見るのが、俺たち冒険者だろ。エレンス――来てくれるよな?」


「ああ。十代の頃を思い出したよ。お前は、本当に変わってないな」


「よし、決まりだ。親友は、持つもんだな」


 そうしてエレンスとデルタは、気持ちも装備も整え、西へと向かう。

 その時、もし振り向いていたら――

 山あいの向こうに、青緑の要塞が見えていたはずだ。


 そしてきっと。

 西へ進むと言う選択を、諦めたかもしれなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ