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なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始める。ゆっくり、最悪へと。  作者: イニシ原
五章 人々ではない無意識の争い

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2話 白溶岩を喰らうツタ

 ああ、こんなにも体が震えて、勝手に踊り出しそうなくらい気分がいいなんて――

 あの時、魔物に催眠術をかけられた時以来じゃないだろうか。


 家に戻って、藁の上にそのまま寝転んだ。

 視線の先には、金属の檻の中にいる “この子《姫》”。

 ただ眺めているだけでよかった。


 姫から力があふれている――そう思っていた。

 だが震えていたのは、俺じゃなかった。


 山だ。

 地面そのものが、ゆっくりうねるように揺れていた。


 檻の隙間から、姫にも日光を浴びさせようとしたので外へ出た。

 空には、今日も小さな一人ぼっちの雲が浮かんでいるだけだった。


 あの嵐の日以来、まとまった雲を見ていない。

 かといって雨が降らないわけでもなく。

 今では俺の水やりのような――

 天気雨だけが、パシャっと落ちてくるのだ。


「あの天まで伸びた子はどうしたのか……」

 どの方角の空にも見当たらなかったので、気にはなっていた。

 そのまま何処かへ飛んで行ってしまったのだろうか。


 空の向こうが見えないものかと――

 ずっと眺めていた。


「あ、アセルさんいたんですか!? 戦士さんの意識が回復したんですよ。何か食べてもらおうと思って見にきたんです」


 トリスの声は相変わらず明るい。


「そうか、トリス。ありがとう。他には何か変わったことは?」


「他にも……と言われても――あっ、そうだ!」

 トリスは自分の足元を見て、少しだけ不安そうに眉を寄せた。


「地震、ありませんでした? 最初は温泉が湧く前みたいな揺れかと思ったんですけど……なんだか違うんですよ。洞窟が共鳴すると言うか……」


 彼の言葉に、さっき感じた山の脈動が頭の奥で重なる。

 ――やっぱり、地震か。


 何かが目覚めるとなると、やっかいだ。

 この山はただでさえ生き物みたいなのに、さらに目を覚ますつもりか。

 ……それか、本当に火山が動き出しているのか。

 あれだけは勘弁してほしい。

 せっかく馴染んできた“いい土地”を、炎で壊されたら困る。

 戦士さんの様子を見つつ、調べて見るか。




「なあ、トリス。ここにいた子は、どうして消えたんだ? 変わったこととは思わなかったのか」


 中腹の洞窟一面を覆っていたはずのツタが、跡形もない。

 俺から見れば大事どころではなく、“緊急事態”だ。


「そう言えば、消えたっていうより……洞窟の奥へ行ったんだと思います」

 トリスはさらりと言い残すと、それより戦士さんに食べさせるほうが大事らしい。

 一人で松明を掲げて奥へ入っていった。


 ……奥へ、か。


 壁に手を当てるだけで、はっきりわかる。

 揺れている。絶えず、脈打つように。


 ――この山が震源だ。


 地面が暴れているんじゃない。

 山そのものが、息をしているような震えだ。

 嫌な予感しかしない。

 “あの姫”が奥へ行った理由も、これで半分わかった気がした。


 戦士さんは目を覚ましてはいたが、まだ横になったままだった。

 俺の顔を見るなり、枯れた声で怒鳴る。

「なに勝手に……死なせておけって……ごほっ、がはっ――」

 言い終わる前にひどく咳き込み、胸を押さえた。


「まあ、落ち着けよ。お前みたいな図体じゃ、そう簡単にくたばらないさ。それに死なれたら後始末が面倒だ。ほら、トリスの飯は美味いんだ。食って力つけてろ」


 トリスは隣で黙々と鍋をかき混ぜている。

 戦士さんに向かうと、「あったまりますよ」と言って器を用意し始めていた。


「ちょっと調べてくる」

 そう告げて、俺は洞窟の奥へと足を向けた。

 揺れの正体――

 まだ見たことのない、ここの姫を探しに。

 そして、ツタが消えた理由を確かめるために。


 少し入り組んでいるが、記憶を頼りに進んでいく。

 そして――すぐわかった。

 ここは俺の知っている場所じゃない。

 “最近になって押し広げられた”みたいに、見覚えのない空間がぽっかり口を開けていた。


 足元から熱気がぶわっと吹き上がってきた。

 この俺でも思わず顔をそむけるほどだ。

 ――あの、息ひとつで石化させてくる牛。

 あいつの体温に近い。


 気合を入れて腕で顔をかばい、さらに奥へ踏み込む。

 岩肌に絡むツタ――いや、もはや血管だ。

 溶岩でも流れているんじゃないかと思うほど、赤い光がどくどく脈を打っている。


 一歩進むごとに、その脈が強くなる。

 その“生きた壁”は、これ以上先へ行くな――

 そう告げているようだった。


 ――地震だ!

 いや、俺は何かに食べられてしまったのか?

 その揺れに合わせるように奥から――

 白い灼熱の溶岩が押し寄せてきた。


 何も考えられなかった。

 ただ本能だけが「走れ」と叫んでいた。


 俺は無我夢中でトリスたちの場所へ駆け戻った。


「噴……火だ……!」

 言葉になっていたかどうかも曖昧だ。


 この山が、ほとんど予兆もなく吼えるなんて。

 嫌な汗が背中を伝う。

 とにかく――全員で脱出しなければならなかった。


 トリスに手伝ってもらい、戦士さんを背負う。

 俺にとっては軽いものだが、なるべく慎重に運んだ。


「アセルさん! 後ろ! 溶岩が、来てる、来てるってば!」

 トリスが半泣きの声で、後ろから迫る光景を実況し続ける。


 俺たちは洞窟を飛び出し、そのまま山肌を駆け下りた。


 だが――


「うそ……こっちも!?」

 トリスの叫び。


 山肌の、まったく予期していなかった地点が、破裂するように弾けた。

 地の底から吹き上がる溶岩が、白く輝きながら唸りをあげる。


 ――雷だ。

 大地の雷が、液体になって暴れ狂っている。


 それはただ流れるだけでなく、襲いかかるように枝分かれし、

 まるで意思をもって俺たちの周囲を取り囲んでいった。


「囲まれた……!?」


 肌が焼ける。

 視界が白む。

 山そのものが怒り狂っているようだった。


 ……。


 灼熱の白光が揺らぎ、見る間に鮮やかな青緑へ変わっていく。

 それは溶岩ではなく、光を帯びたツタだった。


 うねりながら伸び広がり、噴き上がる熱を飲み込む。

 山全体を包むように広がっていく。


「……ツタ、なのか?」


 熱はすっと引き、代わりに湿った風が吹いた。

 あの“子ども”の気配が、確かにそこにあった。

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