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なぜ、最強の勇者は無一文で山に消えたのか? ──世界に忘れられ、ひび割れた心のまま始めたダークスローライフ。 そして、虹の種は静かに育ち始める。ゆっくり、最悪へと。  作者: イニシ原
四章 境界は混ざる誰も知らずに

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5話 変化と見えぬ変化

「勇者くんはさぁ――まぁ、これは何度も言ってきたことだが……」

 戦士の顔は血に染まったいた。

 牙に裂かれたボロボロの体を引きずる。

 そして……折りたたむようにしゃがみ込んだ。

「まったく変わってないよね」


「そうかい? しばらく水に映る自分の顔しか見てないからね」

 俺は泥だらけの手を軽く払う。

 そのまま自分の頬をぐい、と撫でた。

「髭でも生えれば、少しは違うんだろうけど」


「ふ……そうか」

 戦士は老人のように深いため息をついた。


 ……勇者!?

 戦士!?って……。

 二人の会話の中に、トリスが入り込む余地はなかった。

 まるで別の時代の言葉を聞いているように。


「わたしたちのことは知っているだろ? 勇者教を……。あのあと、表向きには冒険者なんてもういなくなった。年を取ったわたしらが、慣れない神聖魔法なんぞ覚えさせられてな」


 誰も相手の顔を見ない。

 弱っていく戦士の声は、地面へ溶けていく独り言のようだった。


「なぜ”あの女”が裏切ったのかは知らない。だが……結局わたしも勇者くんを裏切ってしまったよ。すべては――プリーストの手の内だったのさ」


 腰にある鞘はかっらぽ。

 戦士は、脚に付けてある小型の短刀を、震える腕で取り出した。

「戦士として……いいだろ? 勇者くん」


 今度は、俺のほうが深く息を吐いた。

 振り向いた時、戦士はすでに地面へ倒れていた。

 胸元に触れる。

 心拍は弱い――あと数回打つかどうか。


「……そんな短い剣で、何をするつもりだったんだか」


 俺のつぶやきに、すぐ横でトリスが反応した。


「勇者って……あの勇者? アセルさんがまさか。神――なんですか……?」


「落ち着け。取りあえず温泉に連れて行かないとな」

 何だ昔より痩せたのか、戦士さんよ……いったい何をしていたんだか。




 洞窟に着くと、そこは見たこともない光景になっていた。

 壁のあちこちに、血管のようにツタが這い。

 奥から淡い虹色の光が溢れている。


 トリスは以前見た洞窟との違いに戸惑っていたが、光量は十分らしく、松明はいらなかった。

 俺も初めて見る光景だが――どこかで、あの子が芽吹いている。

 そう思うだけで胸があたたかくなる。


 まず、戦士を温泉へそっと沈めた。

 横でトリスが小さく息をのむ。

 湯が触れたところから、服の汚れがほどけていく。

 それと一緒に、赤い血が温泉の色を変えていった。


「あの、アセルさん。他の兵士たちは……やっぱり……」

 声が揺れている。


「ん? 何の話をしている?」

 訊き返すと、トリスは目を伏せた。

 久しぶりに来た山のはずなのに、どこか沈んだ表情だ。

 本当に今日は、珍しいことばかりが続いている。


 どうせ戦士さんもしばらく目覚めない。

 なら――いまのうちにトリスの話を聞いておくか。




 最初は何を話したいのか、トリスには言葉がまとめられないようだった。

 口を開きかけては閉じる。

 戦士さんの方をチラッと見ると、彼の話をすることにしたようだった。


 この戦士さんが、俺の昔からの知り合いだと言う話。

 まあ、その頃は仲間だが……。


 そして”勇者”の話。

 俺をただの冒険者だと思っていた、だとか――

 まるで世界の裏側を知ってしまった子供みたいに混乱していた。


 そんな話の途中で、突然トリスが慌てだした。

 ――アーサーのことを思い出したのだ。


 洞窟の中は蒸気でむせ返るほど熱い。

 その中でトリスは慌てて早口になっていた。

 温泉にも入らないのに、汗に濡れた服がぴったり貼りついている。


「とりあえず外の雪でも食べてこい」

 このままでは本当に倒れかねない。


「はい……!」

 トリスはふらつきながら外へ向かった。


 ……アーサー。

 やはり勇者教に捕らわれていた……ということなのか。

 それで戦士さんが、ここまで連れて来てくれたのだろうか。


 虹の種はどうにか育ちはじめている。

 あれほど彼が探し求めた“特別な土”も、もしかしたら必要ないのかもしれない。

 ……だが、より早く、より大きく育つのなら――

 手に入るに越したことはない。


 そして何より……アーサーを、少しでも休ませてやりたいものだった。




 雪の塊を片手に持ってトリスが戻ってきた。

「はぁ、この雪でさっぱりしました」

 硬い雪なのか、ガリッ、ボリッと――骨でも噛み砕くような音が響いた。


「トリスはここで戦士さんの様子を見ていてくれ」


 突然の俺の言葉に、トリスは雪を咥えたまま固まった。

「え? え? アセルさん、どこか行くんですか?」


「カルド村――今は発展しているんだろ? ちょっと見に行ってくるよ」

 俺は本当に、何気なく言っただけだった。

 けれどトリスは、両手を妙な角度に持ち上げて、口をぱくぱくさせる。


「お前はまた、ゾンビ―にでもなったのか。……まあ、それでもいいが、頼んだぞ」


 トリスはようやく声を取り戻したようだ。

「は、はい。でも前は、あれほど行きたがらなかったのに……何かあったんですか?」


「別に何もないよ、ただ――あの辺りも”いい山だと”思ってね」

 自分でも理由はよくわからなかった。

 結局、家のある山から見える場所は、俺の領域――そう思っただけかもしれない。


 ……トリス。

 お前も、ずいぶん変わったな。

 あいつに似てきたところもあって、少しだけ驚く。


 戦士さんだって、あの頃とはまるで違う道を歩いてきたんだろう。

 そう思うと――俺も、変わったのかもしれない。


 虹の種に支えられて、やっとここまで来たんだな、って。




 家へ戻ると、畑にはひとつだけ芽吹いている。

 掌にすっぽり収まるような、ミニチュアみたいな四つ葉だ。


 俺の言うことを何でも聞いてくれる。

 最高の、子だ。


 柔らかい金属を細く裂き、指先で綺麗に編み込む。

 その小さな四つ葉を守るための小さな家だ。


 懐の中にしまっておけば持ち運びにも困らないし……

 何より安心なのは――

 この子が勝手にどこかへ行くことは、絶対にない。

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