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2話 にじのたね

「答えは――そんなもの、最初からなかった」


「へぇ、まさかアセル君が勇者だとはね……」


 彼は、行商人のアーサー。

 もう、長い付き合いになる。


 “勇者だった”俺には、“勇者”以外の名がなかった。

 だから、アーサーがくれた「アセル」という名は、俺にとって初めての名前だった。


「アセル君よ、ワシも勇者の話は聞いたが、まさか君がその本人だとはね。すまんな、この“虹の種”から煎じた茶には不思議な力があると聞いて、つい試してみたんじゃが……まさか、こんなことになるとは。それにしても、なぜワシには効いていないんだろうな?」


 彼は本当に不思議に思ったようだ。


「もう二十年は姿が変わらないアセルさんが勇者……そんなことがあるんだな」

 目を見開き、湯気の消えた茶を飲み干して、ぽつりと呟いた。

「……こんな山奥に一人で住んでるから、てっきり妖精か何かだと思ってたんだ、ははっ」


 そんな冗談を言うアーサーは、何度もこの山を訪れてくれた。

 彼を“友”だと思えるのは、それ以上、俺の昔の話を聞こうとしないからだった。


 ただ穏やかに笑ってくれる、その姿勢が、俺には救いだった。

 静かなこの時間と、彼の存在に、俺は心から感謝していた。


 お礼というわけではなかったが、“虹の種”の話をした。


「これは、イベントアイテムだからなんですよ」


 ……俺にとって唯一の友だった。

 アーサーは、なぞなぞでも出されたかのように頭をかしげた。


「特別な運命を背負った者にだけ作用する――魔法みたいなものです」


「ああ、なるほど...って、アセル君は落ち着いているね」


 それにしても、この“虹の種”というものは、俺も初めて見た。

 虹色に輝くものの多くは、かつて俺が扱っていたアイテムに似ている。


「アーサーさん、この種は……どこで手に入れたんですか?」


「ああ、この虹の種はな――」


 虹の種は、その珍しい輝きから、長らく珍重されてきた。

 だが、いくら水を与えても、芽は出なかった。


 中には、水だけでなく、酒やミルク――

 ありとあらゆる液体を試した者もいたようだ。

 それでも、結果は同じだった。

 芽は、一度も出なかった。


 お茶のように煮出すと、不思議な味がすることがわかった。

 その見た目の美しさも手伝い、虹の種はさまざまな商人の手を渡っていった。


 だが、いつしか、奇妙な噂が立った。

 ――この革袋の中からだけ、種を出しても、決して数が減らない、と。


 誰が最初に、その袋へ種を入れたのか――

 もう、誰も知らない。


 けれど、袋に入れておかねば、種はいつの間にか消えてしまう。

 そんな言い伝えが、いつの間にか“決まりごと”になっていた。


 その話が広まるほどに、虹の種は、ますます価値を増していった。


「……そんな話を聞いて、面白そうだと思ってな。いや、それも、もう二十年になるのか……」

 アーサーは遠くを見るように言った。

「そろそろ引退を考えていたのだが、最後に――ちょっとアセル君と一緒に飲んでみたくなったんだ」


 アーサーは目の前のテーブルに置いてある革袋をアセルの方へと滑らせた。

「どうだろ? アセル君なら、この種を育てることができるんじゃないか?」


 俺は、革袋の中を見た。

 アーサーには、この輝きは見えないだろう。

 とても懐かしい輝きだ。

 ――かつて、幾度となく目にした、世界を変える“始まり”の光。


「……預かります」


 そう言うと、アーサーは少しだけ満足そうにうなずいた。

「芽が出たら、見せてくれよ。ワシの代わりに、この種の行く末を」


 外では、山の風が枝を揺らしていた。

 俺は、革袋をそっと手に取り、胸の前で握りしめた。

 今では、これが唯一、過去と繋がる“モノ”だった。


「ではお暇するよ、元気でな」

 そう言うとアーサーは笑い出した。

「アセル君に“元気でな”は、ないか。ワシのほうが気をつけないとな」


 俺もつられて、少しだけ笑った。

 アーサーはいつも通り、大きい荷物を背負い、ゆっくり帰っていった。

 風が吹き抜け、木々の間にその姿が溶けていく。


 残されたテーブルの上には、革袋と、微かに光を宿した“虹の種”だけが残っていた。


 それから数日後――山の朝は、まだ冷たい。

 けれど、雪解け水が、土を潤し始めていた。


 アセルは、小さな庭に出て、革袋から“虹の種”を一粒取り出す。

 手のひらで転がすたび、七色の光が、霧のように揺れた。


「さて、育て方は……まあ、俺も水でやってみよう」


 独り言をつぶやきながら、土を掘った。

 伝説の剣は、折れて刃先が短くなっていた。

 けれど、ちょうどスコップのように、土をすくうのにぴったりだった。


「……ま、魔王もいない今なら、これで十分か」


 軽く息をつき、アセルは土に手を入れる。

 冷たい感触が、少しだけ心を落ち着かせた。


 土を耕したあと、表面を手のひらでならし、指先で小さな穴をつくる。

 そこへ、“虹の種”をそっと落とした。


 とりあえず、七つほど植えてみた。


 川から水を汲もうかと思ったが、水を入れられそうなものは、コップしかなかった。

 何度か往復すればいいか――そうも考えたが、

 それより、今すぐ少しだけやってみたくなった。


 指先から、ぽたり、ぽたりと雫を落とす。

 その瞬間、土の中で光がふっと膨らんだように見えた。


 ……けれど、それだけだった。

◇【あとがき】 

ああ、続きが気になる方は勇者にコメントを書いてあげてください。

そうすれば――しばらくの間、毎日勇者のことがわかると思います。

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