6話 虹の子の国作り
虹の双葉が、ふわりと光を放った。
水流に沿って伸びるその光は、細い糸のようになって――
まるで俺と結ばれているかのようだ。
揺らめく光糸は、水に溶けるように泳ぎながら、
やがて地下へと沈んでいった。
先のほうが、ぼんやりと明るくなっている。
その光に引かれるように流れていくと、水流は穏やかになった。
いまでは、足首を撫でるだけの優しい流れだ。
ふと、子どもの頃――友達と水辺でじゃれ合い、くすぐり合って笑った記憶がよみがえる。
その感触に似ていた。
気づけば俺のまわりには、小さな魚たちがくるくると群れていた。
水深は、もう膝ほどしかない。
浅瀬になった水の中では、無数の花が流れにのってゆらゆらと踊っていた。
上半身を起こす。
水面から顔を出しているのは――
ただ一つ、この子だけ。
虹の双葉から伸びる光は、まるで水底へ向かって伸びる“根”のように見えた。
「君は……ここに住むつもりなのか。案内してくれたんだね」
言葉にすると、胸の奥で確信が芽生える。
やっぱり、この子には意思がある。
ただ――何を望んでいるのかまでは、まだ分からない。
だが、急ぐ理由もない。
ゆっくりでいい。
この子がここでどう育っていくのか、見守っていこう――
ここはどこなのか、よくわからない。
立ち上がり、周りを見渡そうとしても、重厚な木々で全く見えなかった。
ただ、ひと筋の道だけ、木々が避けるように開けていた。
「また今度――」
そう口にした。
魚たちに案内されるように帰ることにした。
……気になって振り返った。
そこは“湖沼”なんて呼ぶにはあまりにも小さくて、
子どもの遊び場みたいに浅くて、狭くて、
それでも――水の底いっぱいに、小さな命たちが身を寄せていた。
あの虹色の子も、そっと揺れていた。
木々が身を寄せ合うようにして道を塞ぐ。
まるで「また来いよ」と言われているよう。
あるいは「もう通さないぞ」と言われているようで――
結局のところ、どっちなのかはわからない。
俺は息を吸って、もう一度だけ声を出す。
「……さようなら」
それだけ言って、背を向けた。
思い切って、腹を決めた。
――この子たちの国を作ろう。
この長閑な山々を、俺がこんなにも好きになった理由があるはずだ。
虹の子たちに出会ったことさえ、きっと定められていたんだと――
そんな風に考えてしまうのは、まあ、昔からの習慣だ。
子どもの頃から「勇者だ」「選ばれし者だ」なんて言われていた。
そのたびに“運命”なんてものを押し付けられて育った。
だからだろうな。
何か理由が欲しくなる、こういうときに。
けれど今は、その考えに逆らうつもりはなかった。
勇者としてじゃなくて、ただ俺自身として。
ここが好きで、ここにいる子たちが大事なんだ。
だから――守りたいと思った。
「……よし。やるか」
あの子たちに聞かせるでもなかったが、大きい声を出してみた。
家に戻った途端、畑まわり一面にうごめく――鳥たちが群れていた。
こいつらに食べられることは、しょうがないと思っていた。
だけど、目の前で――
こんな大群に囲まれて食われる光景を見せつけられるとは思わなかった。
羽音がざわざわと重なり、土の上で足がばたつく。
俺は息をするのも忘れた。
一歩、また一歩と固唾を飲みながら近寄るだけだった。
俺が目の前に立っても逃げなかった。
それどころか、俺が来るのを待っていたようだ。
すっと左右へと割れて道を作った。
その奥に――
見慣れたはずの虹の双葉たち。
寄り集まり、またひと回り大きな葉へと育っていた。
「おい、どう言うことだよ」
鳥たちの視線を受けながら、俺はそっとしゃがみこんだ。
土の上で寄り添う双葉たち――いや、もう“双葉”じゃない。
指先でそっと撫でると、柔らかい葉がふるふると震えた。
光を吸い込んだような、淡い虹色の縁取り。
いつのまにか、二枚だった葉は四枚に増えている。
「……四つ葉になったのか。お前ら」
まるで祝福を受けたみたいに、四枚がひらひらと重なり、離れ、また揺れる。
そのたび、ほんの小さな光粒がふっと舞った。
鳥たちは息をひそめるように静まり返り、
俺が触れるのを――まるで儀式でも見守るかのように並んでいた。
胸の奥が少し熱くなる。
ここで芽吹いて、
ここで増えて、
そして、こんな形で成長を見せてくれるなんて。
「……そうか。ここが好きか。俺の畑が」
はっきり口にした途端、四つ葉たちはぱっと光を放った。
その虹色の閃きが、ほんの一瞬、鳥たちの羽を照らした。
俺は思わず笑う。
「よし――じゃあ、ここから一緒に作ろうな。お前たちの国を」
でもそうだな――まずは、この子たちの根っこをほどいてやらないと。
四つ葉たちの根は互いに絡まり合い、小さな塊になっていた。
俺はそっと指を差し入れ、土ごとやさしく持ち上げる。
「よし……痛くないな?」
小声でつぶやきながら、慎重に絡まりをほどいていく。
土の匂い、葉に宿るほんのりしたぬくもり。
それを感じているうちに、あることに気づいた。
――虫が、いない。
いままで必ずついていた、ごくごく小さな虫。
指では取れないほど細かくて、いつも葉の裏に群れていたはずだった。
今日はどこにも見当たらなかった。
俺は顔を上げて、畑を囲む鳥たちを見る。
すると、一羽がとことこと近づいてきて、
四つ葉の裏側をのぞきこむように首をかしげた。
次の瞬間、そのくちばしがちょんと動いた。
……虫を、食べている。
「お前ら……まさか、それで守ってくれてたのか」
鳥は小さく鳴いて、俺の足元に落ちた土をつついた。
まるで“任せろ”と言うように。
「まるでお姫様を守る騎士たちだな」
冗談のつもりでつぶやくと、
すぐそばのカラスが胸を張るように「カァー」と鳴いた。
……ちゃんと返事までしてくれるのか。
思わず笑ってしまう。
すべての根っこをほどき終えると、
四つ葉たちは小さな体をふるふる震わせるようにして、新しい空気を吸っているようだった。
さて――問題はここからだ。
「どこに埋めてやればいいんだろうな、お前たち」
まったく考えてなかった。
家の前の畑か、裏の斜面か、あの泉のそばか……
どれも悪くないが、どれも決め手に欠ける。
腕を組んで悩んでいると、さっきのカラスがまた「カァ」と鳴いた。
え?
言葉にならない声が漏れた。
鳥たちが――
よりにもよって四つ葉をくちばしでそっと咥え上げていた。
引きちぎる訳ではなく、本当に“優しく抱き上げる”ように。
お姫様抱っこ、という表現がこれほど似合うとは思わなかった。
ひと羽、またひと羽と四つ葉を運びあげていき、
そして一斉に羽ばたいた。
「お、おい……」
止める暇もなかった。
というより――止めていいのかすらわからなかった。
風を切る音だけが残り、鳥たちは虹色の葉を抱えたまま、
山の奥へ吸い込まれていく。
畑にはもう誰もいない。
ただ、ほんのかすかに残った四つ葉の温もりだけ。
「……勝手に決めるんだな、お前たち」
呆れたように言ったが、
胸の奥はふしぎと温かかった。




