表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
終章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/50

答えは、橙の空に

 仙霞はその言葉の意味を考える。


(そこまで私の能力を買ってくださっていたのだろうか?)


 だが、蠱毒以外のことで役に立った覚えはない。


 それに、呪殺のような出来事がそう頻繁に起こるはずもない。


 側に置いておく理由などないはずだ。


そんな簡単な理屈を、聡明な楊胤様が分からないはずはないのに。


「ああ、包子のことですか」


「は?」


 えらくお気に入りの様子だった。毎日、特に用事もないのに仙霞の棟を訪れては、包子を頬張っていたのだ。


(楊胤様は、見かけによらず食いしん坊だったのね)


「すみません、まさか楊胤様がいらっしゃるとは思っていなかったので、今日は用意していません」


「いや、そういうことではなくて……。ああ、もういい。そういうことにしておけ!」


 楊胤は乱暴に前髪をかき上げた。


 額が露わになったその面立ちは、妙に艶めいて見えた。


 そういうことにしておけとはどういう意味なのか気になったが、深く考えるのも面倒なので、仙霞は素直にそういうことにしておくことにした。


「俺は皇子だが、何の権力もない。これまではそれで良かった。だが、今は違う。──欲しいものができたからだ」


 楊胤は、言葉に力を込めながら静かに語り出した。


「力が欲しければ、皇太子になれば良かったのでは?」


 少々身も蓋もない言い方になってしまったが、それが仙霞の率直な疑問だった。


 楊胤が皇帝となれば、きっと良き為政者になるだろう。本人が望まなくとも、国のためにはその方が良いはずだ。


「そうじゃない。……皇帝になってしまったら、手に入らないものがあるんだ。いや、手に入れることはできるかもしれないが──望む形ではなくなる」


 まるで謎かけのような言葉だった。なかなか難しい言い方をする。


仙霞が小首を傾げていると、楊胤がそっと彼女の肩を両手で掴んだ。


「必ず迎えに来る。だから、待っていてくれ」


 力強くそう告げると、楊胤はゆっくりと腕を離した。


(迎えに来る……?)


 何が言いたいのだろうか。回りくどい言い方で、いまひとつ要領を得ない。


「私、華蠱宮から出るつもりはありませんけど……」


「それも含めて考えている!」


 なぜか叱られた。


 よく分からないが、真剣さだけはひしひしと伝わってくる。


 これ以上余計なことを言って、さらに怒らせても面倒なので、仙霞は黙っておくことにした。


「いいか、また来るからな。俺のことを忘れるなよ!」


 念を押すように言い残し、楊胤は仙霞に背を向けた。


(……別れの挨拶をしに来たのではなかったのだろうか)


 突風のように現れて、夕焼けのように消えていく。


 小さくなっていく背中を見つめながら、仙霞はそんなことを思った。


そして、楊胤の謎めいた言葉と行動を思い返すうちに、ふと腑に落ちる。


(……包子を作っておけ、という意味だったのかもしれない)


 あの時の流れや、切実な表情を思い出せば思い出すほど、そうとしか思えなくなってくる。


 しかし、それが正しいという確信までは持てなかった。


 西の空を染めていた橙の光は、すでに山の端に触れ、輪郭をぼんやりと溶かしていく。


 やがて、柔らかな雲だけを残して陽は沈み、彼だけが知る答えは──夕焼けの向こうへと消えていったのだった。



【完】




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ