答えは、橙の空に
仙霞はその言葉の意味を考える。
(そこまで私の能力を買ってくださっていたのだろうか?)
だが、蠱毒以外のことで役に立った覚えはない。
それに、呪殺のような出来事がそう頻繁に起こるはずもない。
側に置いておく理由などないはずだ。
そんな簡単な理屈を、聡明な楊胤様が分からないはずはないのに。
「ああ、包子のことですか」
「は?」
えらくお気に入りの様子だった。毎日、特に用事もないのに仙霞の棟を訪れては、包子を頬張っていたのだ。
(楊胤様は、見かけによらず食いしん坊だったのね)
「すみません、まさか楊胤様がいらっしゃるとは思っていなかったので、今日は用意していません」
「いや、そういうことではなくて……。ああ、もういい。そういうことにしておけ!」
楊胤は乱暴に前髪をかき上げた。
額が露わになったその面立ちは、妙に艶めいて見えた。
そういうことにしておけとはどういう意味なのか気になったが、深く考えるのも面倒なので、仙霞は素直にそういうことにしておくことにした。
「俺は皇子だが、何の権力もない。これまではそれで良かった。だが、今は違う。──欲しいものができたからだ」
楊胤は、言葉に力を込めながら静かに語り出した。
「力が欲しければ、皇太子になれば良かったのでは?」
少々身も蓋もない言い方になってしまったが、それが仙霞の率直な疑問だった。
楊胤が皇帝となれば、きっと良き為政者になるだろう。本人が望まなくとも、国のためにはその方が良いはずだ。
「そうじゃない。……皇帝になってしまったら、手に入らないものがあるんだ。いや、手に入れることはできるかもしれないが──望む形ではなくなる」
まるで謎かけのような言葉だった。なかなか難しい言い方をする。
仙霞が小首を傾げていると、楊胤がそっと彼女の肩を両手で掴んだ。
「必ず迎えに来る。だから、待っていてくれ」
力強くそう告げると、楊胤はゆっくりと腕を離した。
(迎えに来る……?)
何が言いたいのだろうか。回りくどい言い方で、いまひとつ要領を得ない。
「私、華蠱宮から出るつもりはありませんけど……」
「それも含めて考えている!」
なぜか叱られた。
よく分からないが、真剣さだけはひしひしと伝わってくる。
これ以上余計なことを言って、さらに怒らせても面倒なので、仙霞は黙っておくことにした。
「いいか、また来るからな。俺のことを忘れるなよ!」
念を押すように言い残し、楊胤は仙霞に背を向けた。
(……別れの挨拶をしに来たのではなかったのだろうか)
突風のように現れて、夕焼けのように消えていく。
小さくなっていく背中を見つめながら、仙霞はそんなことを思った。
そして、楊胤の謎めいた言葉と行動を思い返すうちに、ふと腑に落ちる。
(……包子を作っておけ、という意味だったのかもしれない)
あの時の流れや、切実な表情を思い出せば思い出すほど、そうとしか思えなくなってくる。
しかし、それが正しいという確信までは持てなかった。
西の空を染めていた橙の光は、すでに山の端に触れ、輪郭をぼんやりと溶かしていく。
やがて、柔らかな雲だけを残して陽は沈み、彼だけが知る答えは──夕焼けの向こうへと消えていったのだった。
【完】




