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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
終章

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49/50

お前を手放したくなかった


──そして。楊胤と別れてから、一週間が経過していた。


 日が暮れはじめ、あたり一面が茜色に染まっていく。


 この景色を、どこかで見たような気がした。


 予知の映像だろうか。いや、違う。


 初めて楊胤と出会ったときの、あの空の色とよく似ているのだ。


 風が吹き抜け、仙霞の髪をやわらかく揺らす。


 山間に沈みかけた夕陽を眺めていると、背後から声がかかった。


「仙霞」


 暗闇を照らす燭台の灯のように、穏やかで心をほっとさせる声だった。


 振り返ると、そこには目を細め、温和な笑みを浮かべて立つ楊胤の姿があった。


 少し離れた背後には、付き従う宦官の敬宋の姿も見える。


 ちょうど楊胤のことを思い出していたところだったので、仙霞は驚きを隠せなかった。


「どうされたのですか? また何か新たな呪いでも起こったのですか?」


 仙霞の問いに、楊胤は小さく首を振りながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「いや、そうではない。ちゃんとした別れの挨拶ができなかったからだ」


 なるほど。楊胤もそれが心残りだったのか。やはり真面目な人だと、仙霞は思う。


 腕を伸ばせば触れられるほどの距離まで楊胤が近づき、そこで足を止めた。


「何を集めているのだ?」


 楊胤の視線が、仙霞の抱える小さな竹籠に向けられる。


「毒草です。このあたり一帯は毒草地帯なのです」


「毒草か。今までで一番ましだな」


 楊胤は口元に微笑を浮かべた。


ましとはどういう意味だろう。


 思い返せば、これまでは蛙だの虫だのを持ち歩いていたことも多かった。そう思えば確かにましなのかもしれない。


「毒草は護符にもなるのですよ。枯れる前に集めておこうと思いまして」


「ほう、熱心だな」


 短い会話のあと、ふと沈黙が落ちた。


 別れの挨拶に来ただけなら、もう帰るのだろう。忙しい人だ。これ以上、世間話に付き合わせるのも気が引ける。


「では、これで。これまでありがとうございました」


 仙霞が軽く会釈して立ち去ろうとしたそのとき、腕を掴まれた。


「待て、まだ話は終わっていない」


 話があったのか。それならそうと、先に言ってくれればよかったのに。


 仙霞は楊胤の方へ向き直り、まっすぐにその瞳を見つめた。


「なんでしょう?」


 すると楊胤は、気まずそうに目を泳がせた。何か言いにくい話題なのだろうか。お付きの敬宋は少し離れたところに立ち、ぼんやりと空を眺めている。気を利かせてなのか、たんに興味がないだけなのかは分からない。


「実は、帝から皇太子に任命された」


 ああ、そのことか。ついにきたかと仙霞は思った。


「驚かないのか?」


「驚いていますよ」


「表情が変わっていないが」


「心の中では驚いています」


 それは嘘ではない。仙霞が予想するよりも早い段階だったなと驚いている。


「おめでとうございます」


 とりあえず仙霞は一揖(いちゆう)してみせた。すると楊胤は眉を寄せて口を開く。


「断った」


「え?」


「辞退したのだ」


 これには仙霞も驚いた。仙霞の予知では楊胤は皇帝になるはずである。未来が変わったのだろうか。


「どうしてですか?」


「言っただろう。人でありたいからだ。……危うく、その場で首を斬られそうになったがな」


 楊胤は朗らかに笑った。


笑いごとではない、と仙霞は心の中で呟く。


「それは、いつの話ですか?」


「お前が華蠱宮に戻る前日のことだ」


 そうだったのか。どうりで、あの日の様子がどこかおかしかったわけだ。


「終始無言で落ち込んでいたのは、そのせいだったのですね」


 あれほどの出来事があったあとなら、心中はさぞ複雑だったに違いない。


「いや、それは関係ない」


 あっさりと否定され、仙霞は思わず面食らう。


「では……他にも気がかりなことがあったのですか?」


 仙霞の問いに、楊胤は短く息を呑み、一拍の沈黙を置いたのち、まっすぐに仙霞を見つめた。


「……お前を、手放したくなかったからだ」


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