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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第十章 幕引き

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蠱毒の夜、静かに明けて

前代未聞の上級妃による蠱毒の呪殺事件は、賢妃の死をもって終わりを告げた。


時の皇帝にまで呪いを放ったこの事件は、後の歴史書に刻まれることとなるだろう。


天変地異すら操る呪いの強大な力は、後宮にとどまらず、宮廷や都にまで知らしめられた。


深夜に轟いた不気味な雷鳴は、忘れられていた蠱毒の脅威を再び世に呼び覚ましたのである。 


賢妃の死後、皇帝は快復を果たし、蠱婆の功を讃えた。


これまで後宮の奥深く、ひっそりと暮らしていた蠱婆に対し、位を格上げし、宮廷内の神殿近くに新たな宮殿を築いて移り住んではどうかと打診したという。


しかし、蠱婆はこれを固辞し、早々に華蠱宮へと戻ったのだった。


「……で、私はいつ華蠱宮に戻れるのでしょうか」


仙霞の棟で、手作りの包子を頬張っていた楊胤の動きが石のように止まる。


やけにくつろいだ様子で座る楊胤に対し、仙霞は正座のまままなじりをつり上げて睨みつけた。


ごほごほとわざとらしく咳き込む楊胤に、仙霞が茶を差し出す。


楊胤は黙ってそれを受け取り、美味しそうに飲み干した。


あの壮絶な戦いから、すでに一ヵ月が経過していた。


外はまだ明るく、日も高い。もはや夜中にこっそり会話を交わす必要もなくなり、楊胤は暇さえあれば仙霞の棟に居座っている。


「そう焦らなくてもよいだろう。色々と事後処理で忙しいのだ」


「楊胤様は忙しいかもしれませんが、私は本を読むか包子を作ることくらいしかやることがありません。勝手に帰っていいですか?」


「勝手にはいかんだろう。俺がいなければ後宮にも入れない」


「だから通行許可証を用意してください。そうすれば私ひとりで帰れます」


「許可証を用意するのも手間がかかるのだ。まあ、ゆっくりしておれ」


そう言って、楊胤は悠々と包子を口に運ぶ。


仙霞の目が「ゆっくり食べている暇があるなら許可証を用意してこい」と語っていたが、楊胤は気づかないふりをした。


確かに、楊胤は忙しかった。


あれほどの大惨事の後始末を担わねばならなかったのである。


倒れた武官や宦官、そして宮殿内で気を失っていた女官たちは、幸いにも全員無事に目を覚ました。


しかし、何が起こったのかを報告するのは骨の折れる作業だった。説明のつかないことばかりだったからだ。


鬼と化した喚賢妃の件や、姿を消した梅昭媛のことはもちろん、楊胤や仙霞に起きた不思議な力について、どのように報告すべきか。それが頭の痛い問題だった。


あの遺体が梅昭媛のものではないと判明し、身代わりに命を落とした女官が誰なのかも、結局わからずじまいだった。


遺体の身元が不明な以上、梅昭媛の足取りを追う手立てもなく、真相は藪の中に葬られたのである。


「そうそう、俺たちの力のことは“なかったこと”にして報告しておいたからな」


「どうしてですか? やはり皇族の御力は門外不出なのですか?」


「実を言うと、力が使えたのはあの日が初めてだったのだ。過去に神の力を宿した皇帝の話は聞いていたが、信じていたわけではない。誰もが覚醒する力ではないのだ」


「霊媒体質の家系と同じような原理なのですね。力を受け継ぐ者もいれば、受け継がない者もいる。その強さにも差がある」


「よくは分からぬが、そういうことらしい」


楊胤と仙霞の不思議な力を公にすれば、面倒ごとを招くのは目に見えていた。


特に皇帝には知られたくなかった。楊胤の力を知れば、皇太子に後押ししようと動き出すに違いない。


それに、仙霞に興味を持たれても困る。


快癒した皇帝は力が漲っているのか、早速後宮通いを再開しているという。


(性欲はどうにかならんのか、あの色欲爺め)


いまや皇帝は蠱婆の力にすっかり心酔している。


蠱婆が華蠱宮に戻ってしまった今、蠱師見習いでもいいから手元に置きたいと考えるだろう。


ましてや仙霞の美貌を目にすれば、喜んで手を出すに違いない。


「なんでもいいのですが、早く戻してくださいね」


仙霞は、これみよがしにため息をついて言った。


楊胤は黙って仙霞を見つめる。


(本当は、このまま側に置いておきたいのだが……。此度の功労の褒美として、仙霞を下賜してもらえないだろうか)


後宮の妃を戦の褒美として武官に下賜することは、ままある話だ。


父から息子へ妃を渡すなどという例は滅多に聞かないが、帝が変わっても妃が後宮に残る例は過去にも存在している。


その場合は一時的に出家などの措置が取られることもあるが、結局のところ帝の言は絶対で、何でもありなのだ。


(しかし、俺が仙霞を欲しいと言えば、あの色欲爺のことだ。興味を持って仙霞に会おうとするだろう。そして、下賜する前に“味見”をする可能性がある) 


考えれば考えるほど、あの男ならやりかねないと思えてくる。


妃が無理でも、せめて女官として側に置けないかと案を巡らせてみたが、良い策は浮かばなかった。


(……やはり、手放さなければならないか)


胸の奥が締めつけられる思いに駆られながらも、楊胤は仙霞の気持ちを優先したかった。


仙霞が華蠱宮に戻りたいと願うのなら、それが一番良いのだろう。


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