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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第九章 蟲毒の禍

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守るための罪

──そのとき、仙霞の脳裏に映像が流れ込んできた。


 予知夢とは違う。まるで、走馬灯を見ているかのようだった。


 声を上げてはしゃぐ二人の少女。


 あどけない笑顔を浮かべているひとりは、幼い頃の喚賢妃だろう。


では、その隣で一緒に遊んでいる子が、梅昭媛なのかもしれない。二人の面差しはどこか似ていた。


 十にも満たない少女たち。まるで姉妹のように遊ぶ姿は、見ているだけで胸が温かくなる。


 やがて映像は切り替わり、喚賢妃は十五、六歳ほどに成長していた。


あどけなさを残しながらも、女性らしい体つきとなり、美しくなっている。


 彼女は泣きながら、両親に何かを訴えていた。


声は聞こえないのに、喚賢妃の感情がそのまま仙霞の中へ流れ込んでくる。


 どうやら、後宮に入ることが決まったらしい。


喚賢妃は泣いて嫌がるが、両親は目を逸らし、訴えを聞こうとしない。


 やがて母親が何かを語ると、喚賢妃の顔色が変わった。そして静かに頷き、覚悟を決めたように見える。


 何を言われたのだろう。映像だけでは分からない。


 しかし、その疑問は次の映像で解けた。


 喚賢妃は遠くから、無邪気に笑う梅昭媛を見つめていた。


梅昭媛はまだ幼く、あどけなさが残っている。


 喚賢妃の感情が伝わってくる──この子を守るのよ、と。


 おそらく、喚賢妃が後宮入りしなければ、代わりに梅昭媛が入宮することになっていたのだろう。


 この先の未来を知る仙霞の胸は、重く沈んでいった。


映像が切り替わると、赤い花嫁衣裳をまとった喚賢妃が寝台に座っていた。


そこへ、顔や手に深い皺を刻んだ皇帝が、薄気味悪い笑みを浮かべながら歩み寄ってくる。


 それはまるで、愛の欠片もないまま、喚賢妃の清らかな心を何度も刃で突き刺すような行為だった。


 喚賢妃が嫌がれば嫌がるほど、帝は高笑いして悦に入る。


 その絶望と恐怖が否応なく仙霞の脳内に流れ込み、目を背けたくなるほどだった。


 しかし、流れ込んでくる映像から逃れるすべはなく、仙霞は喚賢妃の生涯を見せられていく。


 やがて喚賢妃は身籠り、子を産んだ。


 彼女の心にわずかな穏やかさが戻る。子の誕生が、後宮で生きていく覚悟を与えたのだろう。


 喚賢妃がわが子を深く愛していることが、痛いほど伝わってきた。


 だが、次の映像で再び喚賢妃の心はかき乱される。


 梅昭媛が入宮してきたのだ。彼女を守るために後宮入りを決意したのに、なぜ――喚賢妃の心は混乱した。


 梅昭媛が喚賢妃を見つけ、話しかけようとする。しかし喚賢妃はそれを無視した。


 梅昭媛は悲しげに俯いたが、そのときの喚賢妃の心が仙霞には伝わってきた。


 喚賢妃と梅昭媛が親戚であることを帝に知られれば、好色な皇帝の興味を引くかもしれない。そして、夜伽を命じる可能性もある。


 あんな恐ろしい目に、あの子を遭わせたくはない。


 梅昭媛を守るために、喚賢妃は親戚であることを隠したのだった。


しかしその後、梅昭媛が身籠ったという知らせを聞く。


 喚賢妃はその場に崩れ落ち、胸の奥から帝への憎悪が込み上げた。


 望まぬ形で後宮に入れられた恨み。梅昭媛を守るために決断したというのに、それが踏みにじられた悔しさ。


 自らの体を弄ばれ、愛も労りもなく、ただ拷問のような行為を強いられた屈辱。


 積もり積もった怨嗟は、もはや抑えきれなかった。


 そして喚賢妃は、梅昭媛に蟲毒を使って身代わりの死体を作り、後宮から抜け出す案を持ちかけた。


 二人は蟲毒を生み出し、計画を実行に移した。


 すべては順調に進んだ。蟲毒に冒されたのが梅昭媛ではないと、誰にも気づかれなかったのだ。


 だが、呪殺の影響は次第に喚賢妃自身を蝕んでいった。


 あれほど愛おしかった娘が、憎くてたまらない。帝の面影を宿す顔を見るたびに、嫌悪が込み上げる。


 喚賢妃の感情は乱高下し、娘の頬を叩いたかと思えば、はっと我に返り、泣きながら抱きしめて許しを請う姿が映し出された。


 そして、喚賢妃は毎夜、幽鬼のようにふらふらと宮を抜け出し、墓地へと向かった。


 己が呪殺した女官の墓に花を手向け、涙を流しながら夜空を見上げている。


(ああ、そうか。あの墓に供えられていた花は、喚賢妃が置いたものだったのか)


 そこから先は、喚賢妃の意識が途切れ途切れになっていく。


 仙霞を呪い、帝を呪い――どこまでが喚賢妃自身の意思で、どこからが呪いの影響なのか、もはや判別がつかない。


 そして映像が、ぷつりと途絶えた。


 仙霞の脳裏に流れ込んでいた走馬灯が、終わりを告げた。


静かな夜闇の下、喚賢妃は地面に仰向けとなり、息絶えようとしていた。


『明羅だけは助けて……』


 最期に残したその言葉に、楊胤は何も返さなかった。


 白く美しかった喚賢妃の体は、まるで焼かれたように黒く焦げ、灰となっていく。やがて木乃伊ミイラのように成り果て、完全に息絶えた。


 楊胤は無言のまま、串刺しになっていた長剣を静かに引き抜く。


 振り返ると、仙霞が肩に猫鬼を乗せたまま、涙を流していた。


「なぜお前が泣いている」


 楊胤は信じられないものを見るような目で言った。


「さあ……分かりません」


 仙霞は手の甲で乱暴に涙を拭い、いつもの無表情に戻った。


 楊胤はしばらく言葉を失っていたが、仙霞の落ち着いた様子に、ようやく安堵の色を見せた。


「終わりましたね」


 仙霞が静かに告げると、楊胤も低く応じた。


「ああ、終わった」


 しかしその声には、勝利の余韻など微塵もなかった。


 全てが終わったはずなのに、胸のつかえは取れないどころか、さらに重くのしかかってくるようだった。

 



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