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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第八章 皇位継承権

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皇子、父の間へ


こうして楊胤は仙霞と共に、久方ぶりに華蠱宮へ赴くことになった。


 仙霞はどこか浮き立つ様子だ。まるで実家に帰るかのような表情である。


 華蠱宮は以前と変わらず、ひっそりと佇んでいた。


蠱婆の離れを訪ねると、蠱婆はあの日と同じ場所、同じ姿で二人を迎えた。


 ただ、今回は昼間だったため、前に感じたほどの不気味さはない。


「……結局、わしが行かねばならぬのかい」


 蠱婆は大きくため息をついた。


どうやら気乗りしないらしい。当然といえば当然だが。


「今回は罪人探しとはわけが違う。蠱毒にあたったのは皇帝だ。いかに蠱婆といえど、これは断れぬ案件だ」


 楊胤は鋭い目で蠱婆を見据えた。


 帝を救いたいからではない。仙霞を皇帝に会わせたくない――その思いのほうが強かった。


「そうよ。罪人探しは大変だったのよ? 四夫人の宮に行ったり、墓を掘り返したりもしたんだから」


 仙霞も一生懸命に口添えする。


 帝の呪いを自分だけで跳ね返す自信は、やはりないのだろう。


「分かっておる。宮廷に放蠱された場合、その呪いを退けるために、わしらは存在するのだからな。それに、古代の帝と後宮の蠱師との間には契約術がある。足が痛いから行けぬ、とは言えん」


 思いのほかあっさり承諾してくれたので、楊胤は胸を撫で下ろした。


「ただ、輿は用意してくれ」


「すでに手配してある。輿が入れぬ道は、武官に背負ってもらうことになる」


「……準備のいいことだ」


 蠱婆は観念したように重い腰を上げた。


よろめく体を、仙霞が慌てて支える。


 蠱術の道具を大きな布包みに詰め、蠱婆は華蠱宮を後にした。


 巨体の蠱婆を宦官が支えきれるはずもない。


そこで特別に許可を取りつけ、屈強な武官が後宮に足を踏み入れることになった。


輿が通れぬ狭道では、武官の背におぶられることになった。


蠱婆は意外にも頬を染め、満更でもない様子である。


「……息子がいたら、こんなかんじかのう」


 乙女のような声音に、仙霞は思わず目を瞬いた。


 そうして蠱婆は、帝の寝室がある大内殿へと辿り着いた。


 言い伝えや神話のようにしか語られなかった存在が、目の前に現れたことで、周囲はざわつく。


 侍医は訝しげな目を向けながら立ち会っていたが――蠱婆が術を施すと、帝の苦痛の叫びはぴたりと止み、全身に浮かんでいた青痣もすうっと消えていった。


もはや疑いようはなかった。


 蠱婆は寝所に麝香を焚き、一晩中読経を続けた。


 それでも完解には至らず、呪いとの戦いは長期戦になりそうだという。


しかし――さすがは本物の呪術師というべきか。


 一晩のうちに帝は食事を取り、言葉を交わせるまでに回復していた。


あれほど苦痛に叫び悶えていたのが嘘のようで、その回復ぶりは驚異的としか言いようがない。


 そして、声を取り戻した帝が最初に呼び寄せたのは、楊胤だった。


(……帝と直接話すのは初めてかもしれない)


 これまでは皇子の一人として、儀式や会議で顔を合わせるのみ。


血は繋がっていても、肉親と感じたことは一度もない。


 抱かれた記憶もなければ、一緒に遊んだこともなく、親子らしい会話など交わしたことさえなかった。


(何の用だ……。考えられるとすれば、あの件か)


 胸の奥がきしむように強張り、楊胤は珍しく緊張を覚えていた。


 侍医の許可を得て部屋へと進む。


 侍中が扉を押し開き、中へ入るよう促した。


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