猫鬼の鳴く夜
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次の日も、そのまた次の日も、楊胤は仙霞の棟を訪れた。……包子を食べに。
(俺は一体、何をしている)
仙霞の作る包子は、毎回具材が変えられていて、飽きることがない。
口に運ぶたび、新鮮な驚きがあるのだ。
今夜の包子は、皮に蓬を練り込んだ淡い緑色。
中には豚ひき肉に加え、海老やイカなどの海鮮が入っていた。
芳醇な旨味がじわりと広がり、あとから蓬の香りがすっと抜けて、口の中をさっぱりと整えてくれる。
(美味すぎる。仙霞にこんな才能があったとは)
無言で頬張りながら、多幸感にひたる。
(まさか俺が、こんな風変わりな女に胃袋を掴まれるとはな)
料理というものはおそろしい。
仙霞のずれた言動も、不思議と気にならなくなってしまうのだから。
「今度は、いつ書庫に行くのですか?」
そわそわした様子で仙霞がたずねる。
「公務が忙しいから、なかなか時間を取れぬ。……代わりに本を持ってこよう」
その言葉に、仙霞の目がぱっと輝いた。
うっかり可愛いと思ってしまった気持ちを押し殺す。
「ありがとうございます。これで日中、女官たちに変な目で見られずに済みます」
楊胤は思わず横目で仙霞を見やる。
「……日中は、何をしているのだ?」
聞かない方がいいような気がしたが、知りたい欲に負けた。
「はい、死んだ虫を集めて解剖し、体の部位ごとに標本にしております」
仙霞は白い頬を上気させ、嬉々とした表情で答える。
……やはり聞くのではなかった。
「至急、本を持ってこさせよう」
明日の朝には届けねばと楊胤は思う。
「では、できれば人体解剖図鑑などありますと嬉しいです」
楊胤は半眼になった。
仙霞のずれた言動は可愛く思えてきたが、この趣味ばかりはどうしても理解できない。
そのとき、闇に溶けた壁の隙間から、猫鬼がぬっと姿を現した。
『なゃあ』
妙に含みのある鳴き声。
「どうしたの、猫鬼」
仙霞が抱き上げようとすると、猫鬼はするりとかわし、外を見つめる。
次の瞬間、それまで静まり返っていた外が騒がしくなり、暗闇のあちこちに篝火が灯り始めた。
「何事だ?」
楊胤の顔が険しくなる。
明らかに、ただ事ではない。
「様子を見てくる」
仙霞の顔には不安が滲んでいた。
猫鬼がこの瞬間に現れたことに、何か意味があるのかもしれない。
嫌な胸騒ぎを覚えながら、楊胤は仙霞を残し、宮廷へと急いだ。




