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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第八章 皇位継承権

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彼女の秘密

「事実にするな! 女を知らないとはどういう意味だ。男女の営みを言っているなら、お……お前よりは知っている!」


 言わなくてもいいことまで口走ってしまった。吐き出した瞬間、軽く後悔する。


 だが、その直後に続いた仙霞の言葉に、息を呑んだ。


「それはありません。間違いなく私の方が経験豊富です。後宮に入る前の話ですが」


「……は?」


 楊胤は石のように固まった。


 心臓の音が耳の奥で、いやに大きく響いていた。


「あっ! 貞操は守っておりますよ。後宮に入る前の医師の診察も通りましたし、そこに不義はありません」


その言葉に楊胤は少し安堵するが、同時にいくつもの考えが頭を巡った。


「……では、どういう意味だ?」


「私の生まれた土地では、男女の交わりは村全体で行う儀式でした。生まれた子は村みんなの子として育てられます。誰の子か分からないですからね。小さな頃から、そういう儀式を目の当たりにして育ちました」


仙霞は淡々と告げる。あまりにも普通に話すので、本人は気にも留めていないらしい。


楊胤はその風習を聞いて絶句し、胸がざわついた。


――彼女が、ただ特異なだけでなく、深い陰を抱えているように思えたからだ。


確かに、そうした環境で育ったなら、彼女が男女関係について詳しいのも頷ける。


仙霞の年齢に似つかわしくない色気は、そこから滲んでいるのかもしれないと考えると、複雑な気持ちになる。


彼女の奥底にある何かを覗き込んでしまったような気がした。


「……大変な境遇だったのだな」


「その話を聞いて同情してくださるなんて、やっぱり楊胤様は優しいのですね。大丈夫です。私はもう自由になれましたから」


楊胤は、以前彼女に『人を殺したいと思ったことはあるか』と聞いたことを思い出す。


仙霞は『殺したいとは思わなかったですね。ただ、自由になりたいとは思いました』と答えた。


その言葉の重さが、今、現実味を帯びて胸に落ちる。


初めて、彼女が弱く、儚い存在に見えた。


「これからは、俺が守ってやる」


「私は大丈夫ですよ。呪いが失敗したことは、罪人も分かっているでしょう。しばらくは安全だと思います。では、お帰りください」


仙霞は楊胤の背を押し、帰らせようとした。


「まて。話は終わっていない。とりあえず、まずは座ろう」


 強引にいつもの定位置に腰を下ろすと、仙霞も仕方なさそうに端座する。


「お話とはなんでしょう。昨夜お願いした四夫人の出身地について、何か詳しいことが分かったのですか?」


「指示は出したが、報告はまだだ。やけに急くな。……俺がここにいるのは、そんなに嫌か?」


 仙霞の大きな瞳がぱちりと見開かれる。


「まさか。そうではございません。眠いとおっしゃっていたので、早くお帰りになられた方がいいと思ったのです」


「ほう。つまり、俺を心配してくれたのか」


(分かりにくい……嫌われているのかと思った)


 楊胤はふっと笑みを浮かべ、仙霞に柔らかな眼差しを向ける。


「俺は大丈夫だ。本当はここで横になりたいのだが……」


 思わず本音がこぼれた。


先ほど仙霞の過去を聞いたとき、嫌悪どころか、ますます彼女を知りたいと思ってしまったのだ。


「それは大丈夫とは言いません! ささ、今日は早くお帰りください」


 仙霞は楊胤の袖をつかみ、強引に立たせようとする。


「寝ていったらどうだ、と言わないのか」


「楊胤様がここで寝たら、私が寝不足になるじゃないですか」


(……こいつ)


 立ち上がると同時に、仙霞は容赦なく背中を押し、玄関へと追いやる。


(無理やり帰らせるとは。自然体で無礼を働く女だ)


 口をわずかに尖らせながら外に出た楊胤に、仙霞は微笑んで告げた。


「明日は包子を用意してお待ちしております。どうぞごゆっくりお休みくださいませ」


 その一言に、楊胤の胸は跳ね上がる。


(……明日も会いたいという意味か⁉)


 驚きと喜びが一気にこみ上げ、胸が熱くなる。愛おしさが込み上げてならない。


 だが仙霞は、無慈悲なまでに素早く扉を閉めた。


(仙霞は……天然か、それとも計算なのだろうか)


 静まり返った夜の廊下に、ぽつんと取り残された楊胤を、淡い月明かりだけが照らしていた。


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