禁じられた恋の兆し
仙霞が蠱毒に襲われた翌日。
楊胤は言われた通り、四夫人の出身地を調べるよう官吏へ伝令を出した。
(わざわざ調べろということは、内侍書庫では分からなかった何かがあるのだろう)
妃たちについての記録には、仙霞も一通り目を通していた。
公に記されている以外に、隠された事情があるのかもしれない。
最初は蠱毒や仙霞の言葉を半信半疑で受け止めていた楊胤だが、もはや疑う余地はない。
特に仙霞に関しては、信頼を寄せているといっていいほどだった。
知り合って間もないものの、裏のない人柄だということは分かっている。
いや、それ以上に──妙に心を惹かれている自分に気付いていた。
(……手作りの包子は卑怯だろう)
普段は人に関心を示さなそうなのに、不意に女性らしい優しさを見せる。
気遣いなどできなさそうなのに、夕餉を抜いたことに気づき、わざわざ作ってくれた。
(しかも、驚くほど絶品ときた。皮はほのかに甘く、一噛みすると、じゅわっと肉汁が零れ出る。刻んだ野菜が肉の旨味を引きだし、新鮮な歯ごたえを与えている。あんなに上手い包子は初めてだ)
料理など似合わなそうに見えるだけに、その意外性が胸を揺さぶる。
そもそも期待していなかった分、良さが見えた瞬間に印象はぐんと高まるものだ。
きっと、一時的な心の乱れだろう。
──そう言い聞かせてはみるが、手作りの包子に心を揺さぶられるより前から、彼女に肩入れしてしまっている自覚がある。
(なぜだろう、放っておけない)
仙霞が熱を出したとき、ためらわず横抱きにして連れ帰った。
周囲からどう思われるか、何を言われるかは分かっていた。それでも彼女の身の安全を優先したのだ。
下級妃とはいえ、仙霞は帝の妃である。
東宮の女官と勘違いされる分にはまだいい。
だが、素性を知る者が見聞きすれば、どう思うか。
ただでさえ兄弟から疎まれているのに、自ら蹴落とす口実を与えるようなものだ。
とはいえ、相手が蠱師見習いということで、今のところ咎める者はいない。
それでも、仙霞の命が危険にさらされていると知れば、居ても立ってもいられなかった。
どうしてこんなにも不安に駆られるのか。
いつも余計なことばかり言う風変わりな女なのに──いや、だからこそ気になって仕方がないのかもしれない。
蠱師見習いに惹かれるなど、自分の趣味は変なのだろうか。
あるいは、その特殊さゆえに、これまで女性に関心を持てなかったのだろうか。
若干、認めたくない気もする。だが惹かれているのは紛れもない事実だった。
──失いたくない。
(……俺は、仙霞が好きなのだろうか)
この気持ちを恋と呼ぶのは浅はかかもしれない。
だが、他にふさわしい名が思いつかないのも事実だ。
認めたくはない。けれど、仮にこれを恋と仮定したなら──
行き着く先は、なんとも厄介な結末だった。
生まれて初めて恋に落ちた相手は、父の妻。
手をつけられていないとはいえ、帝の妃である。問題が山ほどあるのは明らかだ。
仙霞が父の毒牙にかかるなど想像もしたくない。
だが華蠱宮にいる限りは会う機会も少ないはず。
けれど、もし顔を合わせてしまったら。
あの美貌に、独特の色香。色好みの帝が心を動かされても不思議ではない。
(とはいえ、俺にできることなど限られている)
名ばかりの皇子に、権限などほとんどない。
なのに、気付けば生まれて初めて「力が欲しい」と願っていた。
これまでは権力に関心を持たず、むしろ忌み嫌っていたというのに。
仙霞に出会ってから、胸の奥で眠っていた何かが、確かに目を覚まし始めている。




