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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第七章 狙われた妃

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蠱師見習い、禿げを案じる


しばらくすると、楊胤はすっかりいつもの様子に戻っていた。


仙霞は胸を撫で下ろし、安心して読書に集中する。


人体解剖図など心を鷲掴みにされる図録もあれば、歴史書や系図といった真面目な書物もあり、つい夢中になって読み進めた。


 仙霞は一日中本を読んでいても飽きない。


どうやら楊胤も同じらしく、互いに黙々と書を繰り、知識を補っていった。


 気づけば日が暮れ、書庫を閉める時間となっていた。


仙霞は名残惜しさを抱えながら、棚を後にする。


「明日も来ますか?」


 仙霞は期待を込めて尋ねた。毎日でも通いたい。


「いや、公務があるからな」


 その答えに、仙霞はしょんぼりする。


仙霞だけでも入れればいいのにと思うが、一介の女官に許されるはずもない。


「それより、色々と分かったことがある。術法を試してみたい」


 楊胤の目は、少年のようにきらきらと輝いていた。


 普段は仙霞を呆れた目で見るくせに、知れば試さずにいられない性分はどうやら同じらしい。


同じ穴のむじなではないかと思ったが……機嫌を損ねると厄介なので、口には出さずにおいた。


「試すのは否定しませんが……おそらく無駄だと思いますよ」


「なぜだ」


「楊胤様には呪力がありません」


「そんなの、やってみないと分からないだろう」


「分かります。これまでに、霊感のようなものを感じたことはありますか?」


 仙霞の問いに、楊胤は口をつぐんだ。


答えを待つまでもない。霊的なものを信じない人間は、たいてい霊感を持たないものだ。


もし不可思議な体験をしていれば、頭ごなしに否定できなくなるからだ。


「……では、仙霞がやれ」


「はい?」


「呪いを防ぐ術はいくつかあることが分かった。放蠱は禁じられているが、身を守るための蟲術なら問題あるまい」


「それは構いませんけど……昨夜も言った通り、相手の蠱術が上なら、跳ね返すことはできませんよ」


「気休めでもいい。やれ」


 珍しく命令口調だった。


仙霞はふと思いつき、確かめるように尋ねる。


「……楊胤様、そんなに蠱術が見たいのですか?」


 まるで子どもだ、と呆れる。


 ところが、楊胤は唖然とした顔で仙霞を見返してきた。


「お前は俺をなんだと思っている」


「皇子様だと思っていますけれど」


「そうじゃなくて……お前って奴は。人が心配してやっているというのに」


(心配だったのか!)


 仙霞は目を見開いた。心配されていたなんて、夢にも思わなかった。


「楊胤様って、やっぱりいい性格をされていますね」


 感動して言うと、楊胤は呆れたように肩を落とす。


「その言い方は、褒め言葉になっていないからな」


 口ぶりはぶっきらぼうだが、どこか満更でもなさそうに見えた。


怒っていないと分かり、仙霞は胸をなで下ろす。


「必要なものを集めてくる。お前は飯を食べて、湯殿に入って、寝る準備をしておけ」


 楊胤は仙霞を棟まで送り届けると、まるで過保護な母親のようなことを言い残し、足早に去っていった。


 忙しい人だな、と仙霞は感心する。


(楊胤様は夕餉を召し上がらないのだろうか)


 昼は一緒に饅頭を食べた。まだ空腹ではないのかもしれない。……いや、もしかして、夕餉を削ってまで仙霞のために動き回るつもりでは?


(ああ見えて世話好きな人なのよね)


 腹黒そうに見えて、意外と優しい。


具合の悪い自分を横抱きにして運んでくれたこともあった。


下級妃にまで気を配っていたら、さぞかし疲れるだろう。


気苦労が絶えない人に違いない。


(禿げないといいけれど)


 そんな失礼な心配が頭をかすめる。


さすがに口にすれば激怒されると分かっているので、胸の内にだけ仕舞っておいた。


(いいこと思いついた)


仙霞は意気揚々と厨房へ足を運ぶ。


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