表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第七章 狙われた妃

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/50

書庫のふたり


翌日、楊胤は約束通り仙霞を内侍書庫へ連れていった。


 木造の建物内には多くの竹簡や絹本、そして巻物が壁際の棚に並べられていた。


高級な紙の書物もたくさんある。  


静まり返った空気の中に、古びた紙と墨の匂いが混ざりあった香りが鼻腔を掠める。


 仙霞は胸の奥が高鳴り、気を抜けば鼻血を出しそうなほど興奮していた。


思わず声を上げて小躍りでもしたら、管理の文官に叩き出されるに違いない。


必死に自制しながら棚を見つめる。


「蠱毒についての書物など、ほとんどないと思っていたが……意外と詳しく記されているな」


 楊胤は、歴史書の頁を繰りながら呟いた。


蠱毒が猛威をふるい、宮廷を震撼させた巫蠱ふこ事件は、そう遠い昔のことではない。


人を呪い殺す手段として蠱毒が用いられた時代は、確かに存在していた。


 猫鬼は猫蠱とも呼ばれ、ただ猫を飼っていただけで罪に問われることもあったという。


蠱師は死刑に処され、一族までも皆殺しとなる。


殲滅されたかに見えた蠱毒は、それでも後宮の奥でひそやかに受け継がれ、民間にも密かに伝わっていたのだろう。


「歴史書に書かれていることに疑問を持つなんて……楊胤様は不思議なお方ですね」


「ほう、それは俺を馬鹿にしているのか?」


「めっそうもございません!」


 仙霞は目を丸くし、慌てて否定した。皇子を嘲るなど、命を投げ出すに等しい。


「仙霞は本が好きなのか」


 楊胤が話題を変えたので、仙霞は胸をなで下ろす。余計なことを言って怒らせてしまったかと不安だったが、どうやら気にしていないらしい。


「はい。私は……知的好奇心が強いのだと思います。とても狭い価値観の中で育ったので、新しいことを知るのが楽しいのです」


 自分で言ってみると、少しばかり自意識過剰に聞こえる気もする。だが事実なのだから仕方がなかった。


「知的好奇心か。俺も勉強は嫌いではないが……気味の悪いものは苦手だ」


「それは興味がどこに向くかの違いでしょうね。私は妃でなければ、死体解剖や人体実験などの職に就きたかったです」


 楊胤は、思わず引くような目で仙霞を見た。


何か妙なことを口にしただろうか。


呪殺に心惹かれるわけではないと伝えたかっただけなのに。


 仙霞は棚から人体解剖図の書物を取り出し、うっとりと眺める。


「人を殺したいと思ったことはあるか?」


 楊胤の問いに、仙霞はしばらく考えてから、言葉を選ぶように答えた。


「……殺したいとは思わなかったですね。ただ、自由になりたいとは思いました」


 その答えに、楊胤は目を丸くした。


「そんなに驚くことですか?」


「……いや。俺も同じことを思ったことがあるから、驚いたのだ」


 仙霞はくすりと笑った。


「正反対のように見えて、案外似ているのかもしれませんね」


 楊胤は雷に打たれたような顔で仙霞を見つめていた。


先ほどから、どうしてそんなに驚いた表情ばかりするのだろう。


仙霞の過去については、まだ何ひとつ語っていないというのに。


「殺したいと思ったことはありませんが、死んでいる動物や虫を解剖することは、よくありますよ」


 楊胤は気味の悪いものでも見るように目を細めた。


「……お前に似ているとは、二度と言われたくないな」


「楊胤様は、私をなんだと思っているのですか」


 仙霞は腹立たしげに問い返す。


蠱師見習いだからといって、加虐趣味があると思われているのだろうか。失礼な話だ。


「さあな。俺が聞きたい」


 楊胤は気だるげに文机へ肘をつき、手の甲に顎を預けた。


妙に切なげな眼差しで仙霞を見つめる。


(俺が聞きたいと言われても……)


 本人が分からないのなら、こちらに分かるはずもない。


「お前は? 俺のことをどう思っている?」


 楊胤の意味ありげな瞳が、仙霞をとらえる。


「…………」


 仙霞はしばし考え、これまでの出来事を思い返した。


「さあ。どうも思っていないと思います」


 その返答に、楊胤は露骨に不機嫌な顔をし、しばらく口をきいてくれなかった。


 仙霞はうろたえる。失礼なことを言ったつもりはないのに、なぜ怒るのだろう。


 思い返せば、彼は悪い人ではない。


下級妃の仙霞にも気を配ってくれ、具合が悪ければ横抱きにして運んでくれたし、高価な冊子を分けてくれたこともある。


仙霞の前では仮面を外し、素の表情を見せてくれているようだ。だが、だからといって「どうも思わない」のも事実だった。


(優しいですね、とか。綺麗なお顔ですね、とか……そういう褒め言葉を言う場面だったのだろうか)


 きっとそうだ。世間一般では社交辞令を述べるべき場面だったに違いない。


(またやってしまった)


 仙霞は慌てて機嫌を直そうと、褒め言葉を絞り出した。


「楊胤様は、いい性格をしていますよね」


「喧嘩を売っているのか?」


 ますます不機嫌になる楊胤に、仙霞の困惑は深まるばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ