表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第六章 墓掘

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/50

蟲毒の心臓


「お前も手伝え。さっさと終わらせるぞ」


 仙霞も迷いなく鍬を振り下ろす。


豪快そのものだ。躊躇する気配など一抹もなかった。


あっという間に、木棺が姿を現した。


ひのき造りの箱は思いのほか小さく、子どもや赤子を納めるためのものだろう。


 両手で持ち上げられるほどの大きさで、土の中から引き上げ、地面に置く。


「それでは、開けますよ。心の準備はよろしいですか?」


「ああ……頼む」


 鼓動が脈打つ。なんて不道徳なことをしているのか──罪悪感に胸が締めつけられる。


それでも、ただ後ろめたいだけではなかった。


ついに蠱毒か病死か、真相が明らかになる。高鳴る胸は期待にも似ていた。


 蓋の留め具は簡素な造りで、すぐに外れた。


 現れたのは、黒く焼け焦げた塊。


虫に食い荒らされたように無数の穴が空いている。


話に聞いた通りの異様な姿だった。


「……これは何の臓器だ」


「心臓でしょうね」


 楊胤は思わず距離を取ったが、仙霞は顔を近づけ、食い入るように見つめる。


「心臓だけが焼け残ったというのか」


「そのようです」


「そんな不可解なことが……」


「はい。ですから、これは蠱毒による呪殺です」


 あっさり断定され、楊胤は深く嘆息をついた。


呪いや怨霊など信じない楊胤でさえ、これは認めざるを得なかった。


突然現れた猫鬼、心臓だけが焼け残っているという事実──目の前の現実が、否定の余地を残さず突きつけられたのだ。


根拠のない否定はもう通用しない。


「俺は、とんでもなく厄介なことに巻き込まれてしまったようだ」


 楊胤は前髪をかき上げ、低く呟く。


すると、無数の穴の開いた心臓に向けて見入っていた仙霞が振り返った。


「厄介なんて可愛い話ではありませんよ。これは命懸けの戦いになります。正直、これを見るまでは舐めていました──とんでもない呪術量です」


 仙霞の瞳孔が揺れ、よく見ると体が小刻みに震えているのが分かった。


「お前でも恐怖で震えるのか?」


 楊胤は、まるで信じられないものを見つめるように呟いた。


突然現れた猫鬼や、見るに堪えない心臓の光景よりも、その震えが何より衝撃的だった。


「死ぬかもしれません、私」


「なっ──!」


 冗談を言う性格ではないだけに、その言葉の重みが胸にのしかかる。


 どうしてか、指先が震えていた。


これから訪れる未知の出来事への恐怖か。それとも、目の前の女を失うかもしれない怖れからか。


『なゃあ』


 猫鬼が仙霞に身を寄せ、まるで励ますように鳴いた。


 仙霞は猫鬼を抱き上げ、ふらつきながらも立ち上がる。


「閉めてください。……この呪力は、私には強すぎます」


 暗がりで気づかなかったが、その顔は蒼白に染まり、額からは汗が滲み出ていた。


今にも倒れそうなほどに憔悴している。


「分かった。あとは俺に任せろ。お前は休んでいろ」


 楊胤は急いで棺の蓋を閉じ、掘り返したことが悟られぬよう丁寧に土を戻す。


記憶力の良さを生かし、花も元の位置に違わず置き直した。


 周囲を一巡して抜かりがないか確認すると、仙霞のもとへ戻る。


「大丈夫か」


「……猫鬼を抱いているので、なんとか。禍々しい力が体に入り込まないよう、防いでくれているようです」


「そうなのか。俺はなんともないが」


「楊胤様は霊的に鈍感体質だからでしょう」


 それは褒め言葉なのか、それとも貶し言葉なのか。


だが、平気でいられるのは確かに有り難い。


 楊胤は仙霞の鍬を持ち、足早に歩き出す。


夜陰に紛れているうちに戻らなければならない。


 猫鬼を抱いた仙霞と並び、急ぎ墓地を後にする。


 下弦の月が弓なりの光を落としていた。


その白さは、まるで屍が這い伸ばす冷たい爪のように見える。


 静けさの底に潜む不穏な予感が、じわじわと胸の奥を這い上がってきていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ