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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第六章 墓掘

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月下に眠る真実

(あいつといると、どうも調子が狂う)


 漆黒の闇の中、楊胤は寝台からそろりと身を起こし、心内でひとりごちた。


 あいつとは──蠱師見習いの仙霞のことだ。


 なぜ自分は、死者の墓を暴くなどという不届きな真似をしようとしているのか。蠱毒かどうかを見極めたいとはいえ、やりすぎではないか。そう思わなくもない。


 けれども、ここまで来て引き下がれるものか。乗りかかった船、突き詰めるしかあるまい。


 東宮に戻り、夜更けに再び後宮の大門を抜けるのはさすがに怪しまれる。


そこで、使われていない棟を一夜の宿とした。


仙霞は華蠱宮出身であることを隠し、楊胤付きの女官という体でいる。


 この棟で眠っているのは、仙霞と楊胤、そして敬宋だけ。


墓暴きに敬宋を巻き込むのは忍びなく、置いて行くつもりだった。


 手燭に火を灯し、仙霞の寝室へ足を運ぶ。


(起きているはずだ)


 いや、そもそも起きていろと命じたのだ。眠っているわけが──


 扉を軽く叩く。返事はない。


もう一度、強めに叩いたが、音も気配も返ってこない。


 苛立ちを覚え、勝手に扉を押し開ける。


寝台の側にいき、手燭で灯りをかざすと、仙霞の顔が浮かび上がった。


(熟睡している)


 桃色の唇から、規則正しい寝息が零れていた。


 呆れを通り越し、怒りさえこみ上げてくる。


(墓を暴けと言い出したのはお前だろう)


 白い餅のような頬を摘んでやろうかと、指を近づけ──間際で止まった。


 灯りに照らされた寝顔が、思いのほか綺麗に見えたのだ。


 長い睫毛。ほんのり開いた桃色の唇。


 寝顔は清楚で可憐な少女そのものだが、ときに垣間見せる妖艶な面差しは、十八とは思えぬほど艶めいている。


悪魔の囁きのように悪事へ誘う様を思い出し、鳥肌が立つほどの艶美に、楊胤は息を呑んだ。


 年上であるはずの自分が、酸いも甘いも知る女に翻弄されているようで──思わず頬が熱くなる。


 けれど同じ彼女には、思ったことをそのまま口にする短絡的さがあり、唇を尖らせて怒る様子など、幼子のようでもあるのだ。


知的好奇心が行き過ぎていて、気味の悪いことも平気でやってのける。こんな女、今まで見たことがない。


 掴みどころのない魅力に、気づけば翻弄されていた。


 人を簡単には信じない楊胤だったが、仙霞に嘘はないことは早々に分かっていた。


頭が切れるくせに処世術には欠け、苛立たせることも多いが──それでも信頼に足る人物だ。


 頭の良さゆえ周囲から「変わり者」と見られる者は科挙の同士にも少なからずいた。


楊胤は天才肌ではなく努力型。


だからこそ、自分にないものを持つ仙霞に心惹かれるのかもしれない。


 不慮の事故で押し倒してしまったあのとき。


心臓が不意に跳ね、時がひと呼吸だけ止まった。


鼓動が嘘のように騒ぎ、呼吸の仕方さえ忘れた。


なぜか、仙霞の力強い眼差しに吸い寄せられるようで──


(一体どうしたというのだ、俺は)


 あの感覚を思い出し、頬に伸ばしかけた手を引っ込める。


触れたら、もう引き返せない気がしたからだ。


 そのとき、気配に気づいたのか、仙霞の瞼がぴくりと動いた。長い睫毛が上を向き、目が合う。


 本来なら、寝室に男が立っていれば悲鳴を上げる場面だろう。だが仙霞は大きなあくびをして、眠たげな瞳を向けてきた。


 緊張感のかけらもない様子に、呆れるばかりだ。


こんな奇妙な女に惹かれるのは、未知の生物への好奇心のようなもの──そうに違いない。


 もし女性として興味を持っているのだとしたら、自分の女の好みを疑うしかない。


「おい、仙霞。行くぞ」


「はい」


 仙霞はすっと身を起こし、黒の長衣を頭から羽織った。


その姿はまるで魔術師のようだ。大きな瞳に、不敵な笑みを浮かべた唇が映え、妖しさがすっかり板についている。


「楽しみですねぇ」


「楽しみにしていたなら、寝るな」


 楊胤も同じく黒の長衣を被り、夜の闇に身を溶かした。


手には農具用のくわを握りしめる。


二人は後宮の奥、ひっそりとした墓地へと向かった。


 本来なら妃の墓は皇帝の陵墓りょうぼに近く葬られる。


だが梅昭媛は蠱毒による呪殺の疑いをかけられ、そこに眠ることは許されなかった。


実家すら受け取りを拒み、後宮の墓地に密やかに埋葬されている。


 悪女であれば情も湧かなかったかもしれない。


だがそうではなかったからこそ、楊胤は不憫さを覚える。


 下弦の月が冷たく照らし出す墓地は、ひどく静まり返っていた。


そこは不気味なほど静かで冷たい場所だった。


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