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蠱毒の後宮妃  作者: 及川 桜
第五章 後宮の四夫人

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揺淑妃の宮

 先ほど話に出ていた妃か。


「四夫人の中で最も気位が高い方だ。李貴妃はまだ分別をわきまえているが……淑妃は今回のようにはいかないぞ」


「あれで分別をわきまえているのですか?」


「……李貴妃も、お前に言われたくはないだろうな」


 楊胤が冷ややかに目を細め、仙霞を見やる。


 気まずくなった仙霞は、慌てて視線を逸らし、話題を変えた。


「それで、淑妃にはお子様が何人いらっしゃるのですか?」


「流したな……まあいい。淑妃の長子が、先ほど話に出た武羅様。そして娘のこう様は二十二歳、すでに他国の皇妃となっている」


 娘は皇妃か。


淑妃自身が果たせなかった宿願を、娘が代わりに叶えたというわけだろう。


だが趙羅国は大国。


皇妃とはいえ他国の后妃より、趙羅国の淑妃の方が実際の立場は上かもしれない。


「お子様はお二人だけなのですね」


「……もう子供と呼ぶ年齢ではないがな」


 たしかに、立派な成人だ。


そういえば──楊胤自身は何歳なのだろう。


気軽に聞いてよいのか、それとも「余計なことを聞くな」と一蹴されるのか。


 一瞬迷ったが、口は勝手に動いていた。


「楊胤様は……何歳なのですか?」


「俺は二十一歳だ」


「もういい歳ですよね。ご結婚はされないのですか?」


「余計なお世話だ」


 予想通り、叱られてしまった。仙霞は口を閉ざす。


 淑妃の宮殿に辿り着いた。


門の上部には屋根があり、曲線を描く歇山式けっさんしきの豪華な建築だった。


 煌びやかな衣装と、額の中央に花鈿かでんをあしらった化粧を施した宮女が数人待機していた。


なかなか物々しいお出迎えである。


李貴妃の宮殿も華麗だったが、揺淑妃は実家の財力を誇るかのように贅を尽くしている。


 仙霞から見れば、ただの無駄遣いである。


宮女の数も、そこまで必要ないだろうというくらい従えている。


庭園には池や噴水があり、蓮の葉が池を満たしている。


さらに、薔薇の花が咲き乱れ、この世のものとは思えないほど絢爛豪華な風景だ。


 宮殿内に入ると、高価そうな陶器や、絵画が飾られ、壁には金銀装飾が施されている。


(信じられない)


 装飾がほとんどない華蠱宮に住んでいた仙霞にとっては衝撃的だった。


手入れが大変そうで高価なものばかりを集めたがるのは、迷惑極まりない。


掃除をする方の身になってほしい。


 客間に通されると、煌びやかすぎて目が痛いくらいだった。


壁や天井は金の装飾で埋めつくされ、飾られた装飾品もやたら光っている。


仙霞にとっては悪趣味のように見える柄が派手な長椅子にゆったりと座り、羽毛で作られた(おうぎ)で口元を隠しているのが、揺淑妃だろう。


李貴妃よりも若いが、それでも三十代後半くらいだ。


美しい面立ちをしているが、頭の装飾が大きすぎて顔よりもそちらに目がいってしまう。


楊胤がまた長々と賛辞を述べる。


楊胤がまた、儀礼の賛辞を長々と述べ始める。


仙霞にとっては、ただ早く本題に入ってほしいと願うばかりの退屈な時間だ。


形式ばった褒め言葉のやり取りが一通り済むと、揺淑妃はゆるやかに扇を動かしながら、突如仙霞を指さした。


「こやつは何者じゃ」


 李貴妃からは空気のように扱われていたので、まさか仙霞のことを問われるとは思いもよらず、肝が冷えた。


「この者は、私の宮に仕える女官でございまして……」


 楊胤の答えを、揺淑妃が苛立たしげに遮る。


「東宮の女官をわざわざ後宮に入れるのは、何か理由があるのであろう。何者だ」


 仙霞は顔を伏せるように拱手の礼をとり、固唾をのんで待つ。


楊胤がどう答えるのか──緊張が走る。


「さすがは揺淑妃様でございます。この者は、華蠱宮に仕えていた妃でございました。わけあって、今は私の宮で務めさせております」


(真実を話した!)


 華蠱宮の者と知れれば、気味悪がられて退室させられるかもしれない。


だが揺淑妃は怖じることなく、むしろ納得したようにうなずいた。


そして侍女が差し出した茶器を取り上げ、ためらいなく口をつける。


(……お茶を飲んだ。蠱師の前で口にするのは危険だと知らないのかしら? それとも、私が蠱毒を使えないと承知しているから?)


 もし知っているのだとしたら、それはなぜ?


 疑念が仙霞の胸に広がる。


 李貴妃の侍女たちは蠱毒の話を聞いただけで震えあがったのに、揺淑妃も、その侍女たちも顔色ひとつ変えない。


蠱毒の知識があるからこそ平然なのか、あるいはまったく無知ゆえに怖がらないのか。


仙霞は神経を研ぎ澄まし、相手の一挙一動に注意を向けた。


「蠱毒など馬鹿馬鹿しい。梅昭媛は重い病を患っただけだろう。蠱師などという胡散臭い術師に頼るより、我が灯亜とうあ国から医師を派遣して原因を探った方が、よほど懸命じゃ」


 なるほど──信じていないから怯えないのか。


 だが、信じていないように見せているだけ、という可能性もある。


 それにしても言葉遣いがどこか古めかしい。


他国の公主であったため、言葉を教えた者が年老いていて、そのまま身についてしまったのだろうか。


揺淑妃の放つ貫禄と相まって、妙に板についている。


「灯亜国の文明は、誠に栄えておりますからね」


「そうじゃろう。お主は勉学に長けているだけあって、よく分かっておる」


「医術においても、灯亜国は抜きんでております」


「そうなのじゃ。ほれ、この果物は灯亜国で採れたものじゃ。食べてみよ」


 勧められるままに、楊胤は紅い実を口にした。


「……甘くて美味でございます。やはり土壌が良いのでしょうな」


 揺淑妃は満足げに扇を揺らし、すっかりご機嫌になった。


灯亜国は、たしかに趙羅国に次ぐ大国だ。


揺淑妃には誇りがあるのだろう。


それだけに、皇后に据えられなかった悔しさも人一倍なのかもしれない。


 結局のところ、揺淑妃を持ち上げるばかりで懇談は終わった。


楊胤は絶妙な合間を狙って梅昭媛や蠱毒について尋ねようとしたが、揺淑妃は興味を示さず、会話はすぐ途切れてしまう。


「揺淑妃をどう見た?」


 宮殿をあとにしたところで、楊胤が問いかけた。


「怪しいと思えば怪しいですし、潔白そうにも見えますし……底が見えない、不気味さはありますね」


「では、李貴妃よりも怪しいと?」


「そうとも言い切れません。ただ、観察力や洞察力は李貴妃よりも勝る気がします」


 揺淑妃は仙霞の存在にいち早く気づいた。


しかも怪異を疑う冷静な思考力も持ち合わせている。


「演技の可能性もあるな」


「女性は演技が上手いですからね」


 仙霞がぼそりと言うと、楊胤はじっと彼女を見つめた。


「お前も演技をしているのか?」


「そう見えますか?」


「いや、まったく」


 演技などできるほど器用ではない。だが、ここまで断言されると、複雑な気分になる。


「女に見えないと言われているような気がするのですが」


 楊胤はわずかに目を逸らした。


 ──それでは、肯定しているのと同じではないか。


 まあ、いい。仙霞と呼んだり「お前」と呼んだり、呼称を統一する気配もない。


楊胤にとって仙霞は、どうでもいい存在にすぎないのだろう。……別に構わないが。


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